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2009-09-15(Tue)

書きすぎで結構

9月15日(火)

朝5時ころ目が醒めた。また何やら夢を見ては醒め、起きると8時。小雨が降りそうなどんよりした天気だが、比叡山の山頂はよく見えた。
午後仕事をしていると、精華大のマンガ学部の院生という子から電話があった。「ギャラリーおいけ」で22日からはじまる講師・院生展に出品するために俺が発送したやまだ紫のスケッチブックを受け取った、という連絡。
あと他の出品者は展示に添えるのは作品の簡単な解説だけなのだが、やまだ先生については5月に亡くなられたということで、そのことについての説明を展示に加えたいという。こちらはスケッチブックの展示方法については昨日すでに学部長の竹宮先生にメールをしておいたことと、説明文などもこちらで作成したデータを添付してあると伝える。院生は竹宮さんと会うのは明日の予定だとかで聞いておらず、明日聞いてみますとのこと。

その後「性悪猫」の刊行作業中の、小学館クリエイティブの川村さん(これまでKさんと表記してきたが、中野晴行さんがブログ「南区大宝寺町西之丁21番地」でお名前を出しておられるので、ならう)からも電話がある。
中野さんがブログで「性悪猫」のカバー案を見た、とのことだったので、「こちらも見せて欲しい」とメールしたところ、電話で「まだラフが何点かあがってきた段階で…」と申し訳なさそうに言われる。特段注文をつけるつもりも文句を言うつもりもなく、純粋に早く見たかっただけ。
今回の一連のやまだ紫作品の「復刊」は、とにかく作品を後世にかたちとして伝え、残して行くことが目的だ。ゆえに自分が編集などに出しゃばるつもりは毛頭ないし、実際「何かお書きになりませんか」と川村さんに言っていただいたのも、固辞させていただいた。
連れ合いとしての「三津子」の夫として、彼女を失った慟哭の底から何度も何度も転げ落ちながら這い上がりつつある、そのことはこのブログで「書きすぎだ」という誹りを承知の上で、公表している。心ない中傷があることも、ちゃんと知っている。
そんなことはもう97年のあの事件以来慣れっこだし、人の心を踏みにじり、あざ嗤い、不幸を肴に酒を飲む連中のことも漏れ聞こえてくる。善人ヅラをして世間にいくらイイ人ぶっていても、いずれ、必ず裁きを受けることになろう。その時にきっと後悔することになるだろう。俺は宗教家でも何でもないが、そのことを知っているから、何を言われても平気だ。

このブログを見て「何もそこまで書かなくても」という人も確かに、いる。
だが、そうしなければ、彼女が倒れてから、そして亡くなってしまってから、俺自身が生きられなかった。
俺が生きられなければ、お互いに毎日心の中で祈った、「相手に一日でも長く生きて欲しい」という思いを裏切ることになる。だから「自分が生きるため」に必死で書き綴った。今も、そうしている。

個人的なことなら思い出はいくらでも、それこそ溢れるほどある。
けれど本という「かたち」として残る作家「やまだ紫」の作品に、自分のようなチンケで何の才能もない小物が何か口を出す、モノを言う立場にはない。個人的なファンとしての思い、誰でもそうだろうが、大好きで敬愛する作家への滾る思いはある。だがそれは個人的なものだ、「論」ではない。

朝、コンビニで昼飯用に買った弁当は仕事に集中していたら夕方5時をまわり、結局夕飯がそれという情けないことになる。
自分はいいのだが、三津子の陰膳がコンビニ弁当の余りではショボくて申し訳ない気がする。陰膳は毎日盛りつけや好みを考えてちゃんとしようと思っている。毎日、彼女のお酒と簡単なつまみを用意するのが今は唯一の楽しみでもある。
ここ数日
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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