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2009-09-22(Tue)

精華大講師・院生展を見にいく

9月22日(火)

朝は5時過ぎに目が醒めてしまったので、そのまま強引に寝ようとしたがダメだった。結局6時ころ起きて朝のことを一通り済ませ、テレビをつけるとソファでうとうとしてしまう。ユキは俺の枕元…というかクッションの頭のところに来て、一緒に寝ていた。

今日は精華大のマンガ学部・ストーリー分野の「講師・院生展」の初日で、「明青」の渡辺さんご夫妻とギャラリーへ行く約束だった。
11時半に近くで待ち合わせをしていたので着替えて出かける。東大路の待ち合わせ場所に着いたのでおかあさんに電話すると「向かってます」と言われ、すぐにこちらへ歩いて来るご夫婦が見えた。合流してタクシーで展示のある御池東洞院のギャラリーへ向かう。(東洞院は「ひがしのとういん」と読みます)

運転手さんに「東洞院は下がれましたっけ」と聞くと「下がれますよ」と言うので、御池通りを左折=下がってもらうと、道路工事中だった。タクシーがその脇を徐行するとすぐ、左に展覧会の立て看板が見えたので、結局御池を下がってすぐだった。
通りからは少し奥まったところに入口がある、目立たないギャラリーだった。入口を入るとすぐ右手に受付の女の子が二人おり、「こんにちは」と挨拶をして入る。思っていたよりギャラリーは小さく、展示も少なかった。
やまだの展示
講師&院生展なのだが、講師つまり教授などの先生の展示も控えめで、院生の展示の方が数も多く、どちらかというと「院生展」という印象だ。院生はほとんどが韓国からの留学生だったのが印象的だった。
三津子、いや「やまだ紫先生」の展示は精華大に寄贈した20号の油彩と、油彩の説明用に俺が作った写真とユキちゃんのポストカードを収めたパネル、さらに先日展示用に送った「COM」に連載していた詩画を彼女が自分でスケッチブックに切り貼りしたもの。
展示前に、簡単な説明パネルをA5判程度の大きさで作ると聞いていたので、俺が彼女のものをIllustratorで作ってデータを送ったのだが、結局全ての展示の説明にそれがフォーマットとして使用され、統一されることになった。やまだのパネルには黒い、弔意をあらわすリボンが添えてあった。
事前に見た展覧会の宣伝サイトには彼女の「そう太」のイラストが入っていたので、てっきり水彩画は先に渡してあったか何かしたのを展示するのだと思っていた。なので、説明文にはそう書いたのだが、実際は油彩画のプレートに俺が彼女の写真とプロフィールと一緒に収めた、ユキちゃんをモチーフにした水彩画「青い瞳」のポストカードだった。
もう直す時間もないし、まあいいか…と思いそのままにする。

受付をしている学生に記帳する時、
「やまだの身内なんですが写真撮っていいですか?」と聞くと「どうぞ」というので、展示の箇所を何枚かデジカメで撮影した。
それから渡辺さんご夫婦と学生の展示などもゆっくり見る。おかあさんは「奥さんはこういう線(COM時代のもの)も描けば、こういう油絵も描かはるんやねえ」と感心していた。
俺もついつい調子に乗って講釈してしまう。
「結局ホンモノそっくりに絵を描くと、普通の人はうまい、上手だって思っちゃうんですけど、漫画はそういう細密画とか写実から、そこからどうやって線を省略していくか、というところでその人の個性が出るわけですよ」とか話す。
油彩画「かわいいもの」
20分ほどゆっくり見たか、ギャラリーを出て路上でおかあさんに「どうしましょ、何か食べたいものあります?」と聞かれたので「いえ、別に何でもいいですよ」というと、「じゃあいっそのこと飲んじゃいますか?」と言われて、ビヤホールへ行くことにした。
アサヒビールのビヤホールが河原町三条をちょい下がったところにあるのは知っていたのだが、これまで入ったことはなかった。なぜかというと飲む時はいつも夫婦二人だったし、三津子はビールではなく日本酒のひとなので、ビヤホールには入れなかったのだ。

つらつらと寺町のアーケード街を抜け、三条から河原町を下がって、ビヤホールへ向かう。道々、やはり連休のせいか観光客も多く、何てこたぁない蕎麦屋には並びの待ちが出来てたりする。まあちょうど時間はお昼どきで、しかもこの辺の立地で客が入らないようならおしまいなのだが。
ビヤホールに着くと、1階は満席だった。渡辺さんのご主人も「こんなの初めてやわ〜」と驚いていた。禁煙席を希望すると地下の4人掛けに通された。そこで今日は中ジョッキが半額と聞いて、とりあえず生を3つ頼み、乾杯。半額というと一杯たった300円で生ビールのジョッキが飲めるなんて嬉しい。
「ここはつまみの量が多いんですよ、3人くらいで頼むのがちょうどええわー」とおかあさんが言う。その通りで、生ハムサラダ、ジャーマンポテト、スペアリブをさらにベーコンで巻いて焼いたようなものを頼んだが、なるほど、どれも量が多い。
ビヤホールはだいたい一人で来るところじゃないし、そもそもこういう機会でも作ってもらえないと、普段は買い物をして帰宅するだけという引きこもり状態。こうしてワイワイビールを飲むのは楽しい。
だいたいこのあたり…河原町三条に来るのなど、三津子のために仏具店で木彫りの千手観音像と遺品を整理する小ダンスを買って以来(「一人で河原町へ」)だから、3ヶ月以上来ていなかった。
前は週に一度は必ず、このあたりは夫婦で歩いていたものだが、一人で目的もなく雑踏をぶらぶらする気にはならない。

それにしても、たまにはこうして外へ連れ出してもらって、なんだかんだおしゃべりをして飲むのは楽しいものだ。お二人は俺が引きこもっているので敢えて連れ出して下さっているのだろう、有り難いと感謝。感謝とか言いつつ調子にのってビールをガンガン飲んでしまった。
3時半ころ「少し歩いてから帰ります」というお二人と別れ、河原町をちょい上がったところからタクシーで帰宅、家に着くと4時近く。3時間以上ビールを飲んでいたが、楽しかった。特に昼間から飲むビールはうまい。うまいが効く。
その後ソファで相撲を見ようとテレビをつけたら寝てしまい、気付いたら3時間くらい経っていたので自分でもびっくり。
夜は三津子にはお酒とお茶を替えて卵豆腐を添え、俺は飲まずにウーロン茶だけにした。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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