--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2009-10-15(Thu)

調子悪し

10月15日(木)

どうもこの所調子が悪い。
といっても何がどうしたとはっきりしているわけではなく、巨大化した脾臓が疼くのはいつも通り、あと右の足の付け根から脇腹にかけて鈍痛があって、チリチリと痛い。また右足の太ももの上側が腫れたように感じて、触るとちょっとだけ痛いような…というはっきりとしないもの。

自分の場合、元の病気が病気だし、ここ数日こんな調子なので、昨日は遺言状ではないが「自分がもし急死した場合」の指示その他を午後ずっと書面にしていた。まだまだしておかねばならないことは山積しているので、死ぬわけにはいかないのだけど、万が一その前に死んでしまった場合は、色々あとに残った人に迷惑をかけることになる。
「しょせん人間死ぬ時は一人」「死んだらおしまい」「死んだあとのことを気にして生きてられるか」と言う人も多いが、そんなものではないのだよ。
死んだ人の「あとのこと」を、たくさんの人が大変な手間をかけて行ってくれるのに、そんな傲慢なことを言ってはいけない。自分が死ねば身内にせよ他人にせよ、誰かしら複数の人に、必ず手数をかける。これだけは間違いないことだ。
自分の場合は京都という親戚や身内のいないところに居るので、もし突然ブッ倒れた場合、まずは京都でお世話になった知り合い=つまり「他人」に迷惑をかけてしまう。それを最小限にとどめるため、身内の連絡先や、これはこうして、ああして、ということを整理して書き残しておくのだ。
さらに、夫婦二人だったからこそ必要だったもの、例えばたくさんのDVDや本などは、いずれ処分せねばならない。やまだ紫の原稿と彼女の著作、そして彼女が大切にしていた遺品以外、俺のものなんか何にも価値のないものだ。俺の死後、そんなもの残されたところで結局は保管に困り処分するのだから、その手間は俺が生きているうちにやれるならそれに越したことはない。
彼女の画稿など貴重なものは、次女のゆうちゃんが守ると言ってくれた。その時になるべく他の手間を省いてあげるようにしておきたい。

夕べは気が付いたらやっぱり缶ビールを数本飲んでしまう。どうも一人だとつまらないので、ただグビグビと飲んでしまう。寝たのは1時前、今朝は朝方4時に目が醒め、それからはほとんど寝られずに結局7時前に起きてしまう。
寝られないのは本当にしんどい。薬は同じものを同じ量、同じタイミングで飲んでいるのだが、タイミングとか色々あるのだろう、不思議だ。
フラフラと下に降りてまだもうちょっと寝たいな…と思いソファに横になるが、なぜかしきりにユキがにゃあにゃあとつきまとう。気が付いてご飯と水を換え、結局そのまま勢いで洗顔や花の水換え、お茶とお水と線香など朝のことを一通り済ませてた。シャワーも浴びようとしたが調子が悪く、そこまでの勢いは出ず。
かといってそのまま寝られるわけもなく、ぐだぐだと午前中を過ごす。食欲もない。そういえばここのところ買い物もしてなかったので、これはいかんと思いつつ着替えて昼前に自転車でスーパーへ。

先に昨日届いていた小学館クリエイティブさんからの出版契約書をポストに投函し、それからスーパーへ。昼近くなるとぐんぐん気温も上がってきて、陽射しも強い。日陰に入ると涼しいのだが、日があたると暑い。
スーパーはやけに混んでいた。
今日明日の総菜、レトルトのご飯のおかず的なものなどのほか、三津子の花も買う。それからすぐに戻ってくるとポストに三津子宛の東京都からの封筒。固定資産税の納付書だ。あんなマンションでも税金取られるのだ。溜息が出る。
それにしてもどうにも、調子があがらない。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。