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2009-10-26(Mon)

無理矢理買い物へ出る

10月26日(月)

夕べは痛み止め&眠剤を飲んで、寝室へ上がって横になるとすぐ、11時ころ寝た。
今朝はそのせいか早朝から何度も目が醒めた。暗いうちから外でぴちゃぴちゃと音がするので何だろうと思っていたら、明るくなってみたら雨だった。起きたのは8時半ころ。

起きると帯状疱疹の部分が痛い。毎朝、起き抜けが一番痛い、カーッと熱を持ったようになっていて、寝る前より痛みが強いのだ。おかしいな、抗ウィルス剤は一週間飲み続ければそれで問題ないはず。その後は皮膚症状が治まっていき、かさぶたになり、脱落していけば治癒のはず…。
トイレへ行き、例によってそっと下着をこすらないようにズラしてみると、疱疹部分というか、ケロイドのようになって右の背中から腹部に20cmくらいの幅で赤黒くなっている。明らかに前より広範囲。
朝のことを済ませ、とりあえず買ってあったサンドイッチを食べ、ザイロリック、ロキソニンを飲む。ロキソニンが効き始めれば、とりあえず動かないでいると内部からの疼痛は治まる。
ただ、疱疹部分があまりに広範囲なため、最初に処方していただいた抗ウィルス剤入りの軟膏(アラセナA3%)2gチューブ2本はもう使い切ってしまった。何せ朝と夕方2度で、ほぼ1本使い切るのだ。
これはいかんと思って12時前まで安静にした後、I内科に電話して「軟膏を処方していただきたい」旨を連絡すると、ちょうど今患者さんが居ないとのこと。すぐに着替えて下に降りる。

お昼の休診時間直前だったせいか、I先生の奥さんや事務の女性、看護婦さんら全員が揃っていて、皆さんで口々に「大丈夫ですか?」と心配される。何か申し訳ないです。
すぐ診察室へ通されて、先生に疱疹部を見ていただくと、I先生も「うわあ、これはひどいなあ。こんなに広い範囲に…」とビックリしたように言われる。パンツもグイと下げられたので、一瞬「ウホッ」と思ったが先生は冷静に「でもところどころ、かさぶたにはなって来てるんやね…」とじっくり見られて、俺が「軟膏が無くなったんで…」とお伝えすると「これだけ大きいと…すぐ無くなりますよねえ。」と苦笑。
「だいたい一日2回塗るので一本弱使う感じなんです」と言うと、「じゃあ10日分くらい出しときましょうか」とのこと。
あとやっぱり通常より治りが遅いようなので、メチコバール錠も処方していただいた。これは以前左腕の尺骨あたりのリンパ節が腫れて、左手小指が軽い麻痺を起こした時(このあたり)も処方されたことがある。神経の回復を促すビタミン剤だ。

診察室を出て会計をし、皆さんに「お大事に…」と見送られて、並びの薬局へ。午前中が一番しんどい、腰を押さえつつ右足を動かすと鈍く痛いので、庇うように歩く。薬局では軟膏が1本しかないそうなので、とりあえずビタミン剤と痛み止めのロキソニン、軟膏1本を受け取って、軟膏の残りはまた下のポストに入れておいて貰うようにした。
雨がまたパラついてきたのでコンビニは諦め、すぐマンションに戻る。着替えてすぐに軟膏を擦り込むが、範囲が広いから大変だ。それに軟膏は皮膚に擦り込むわけで、つまりは塗るときが一番痛い。一人でひいひい言いながら塗り終え、ぐったりとソファに転がる。
その後は新聞を読んで大人しくしていた。テレビではちょうどNYY−LAA第6戦をやっていたのでそのまま試合終了まで見る。
ヤンクス、ワールドシリーズ進出を決め、シャンパンファイト。松井は今日は「ゴロキング」で無安打。ポストシーズン後半に来てまた調子が今一つなので、ワールドシリーズで活躍しないと厳しい評価になりそうだ。

今日は夫婦で出かけていた頃のご近所さんから「知り合いの炭火焼きのお店へ行きましょう」と誘われていた日。お誘いをいただいたのは一週間くらい前だったので、「来週の月曜くらいには治ってますよ」と言ったのだが、こんな状態じゃとうてい無理。何せ痛み止めが切れると家の中でも動くたびに「あううう」とどこかで体を支えながらゆっくり移動しているの状態だ。とても外出して酒を飲んで…という体調ではないし、お気遣いやご迷惑もおかけするだろうから、携帯のメールでお断りを入れる。
ああ畜生、たまには外でうまいもの食ってビール飲みたかったよう!!

その後は黙々と仕事。ヤケクソ気味で集中。
途中からしんどくなったので、やっぱり自分は病人だからと自覚。今度は休み休み、仕事部屋ではなくリビングのテレビにPC画面を出力して、ゆっくりやる。

夕方になって何を食うか、また何もないし、何より三津子の花がもう無いのがどうにも我慢ならない。痛みも収まっていて、雨も上がった、ベルトをせずジーンズをゆるく履いて、買い物に出た。自転車を押してそこに荷物を積んで押して戻ろうと思ったが、試しに漕いでみると行けそうだった。
自転車乗るの何日ぶりか、とにかく近所の小さい方のスーパーへ向かう。幸いペダルを踏んでも、何とか大丈夫だった。
スーパーで「生もの」が食べたいので、野菜サラダやトマト、あとは旬のさんま刺しが安かったので買う。あとは明日の総菜などと、最後にレジの脇にいつもある花を買った。すかし百合と菊、ピンクのカーネーション。それらを前籠に入れて、すぐ戻る。帰り道は薄暗く、ライトをつけるととたんにペダルが重くなり、これはしんどかった。運動不足もあるだろうが、力を入れて漕ぐとやっぱり右足の付け根の疱疹部分が痛い。

何とか部屋に戻ると、ユキが奥の部屋で「うわあ!うわあああ!」と大声で鳴いていた。学習しないやつだなあ。着替えて買って来たものを冷蔵庫にしまったりすると、このところ引きこもっていたせいか体力が落ちているようで、心臓がバクバクいってキツかった。
すぐに花も活けて、6時過ぎからサラダとさんま刺しで夕飯にする。レトルトやインスタントではなく、生の野菜や刺身はうまい!
夕方のニュースではのりPの初公判のニュース。ネット上では法廷内スケッチによる似顔絵の余りのヘタさで盛り上がっている。コチラはその後K−1を見て、寝る前に痛み止めを飲み、軟膏を擦り込んでから寝室へ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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