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2009-10-27(Tue)

疱疹、依然痛む

10月27日(火)

夕べは12時過ぎに寝る。今朝は朝方からずっと長い続き物の夢を見て、目が醒めたら8時だった。今日は曇り、比叡山の山頂は雲に覆われていた。
起き抜け、帯状疱疹がやけに痛い。熱くほてるような痛みで、動くたびに「ううー」と思わず声が出る。そのまま右足を引きずるようにして動く。
朝のことをそのまま、ずりずりと動きながら何とか済ませて、とりあえずすぐ下のポストへ降りた。朝、疱疹に塗るための軟膏がもうないのだ。ポストには昨日足りなかった分の軟膏がちゃんと5本入っていて、ホッとする。
すぐ上に戻って部屋で疱疹に軟膏を擦り込むが、これがもうホンッッッットに一番痛い。脊髄から右側、背中の中央から腰にかけてという広い幅で、それがそのまま腹部へ帯状に赤くケロイドのようになり、所々が黒くかさぶたになっている。足の付け根、鼠蹊部のあたりの集団は一番治りが遅い感じだ。あんなに早く気付いて薬飲んだってのに、明らかに範囲は数倍に広がっている。
疱疹部もこんなん本当に元に戻るのか、というほどひどいただれようだ。「つうう」とか「いててて」とか言いながら軟膏を塗り終わるが、終わってぐったり。とても食欲なし。尿酸値を下げるザイロリックと痛み止めのロキソニン、神経再生のメチコバールを飲まねばならないので、とりあえずペットボトルのカフェオレだけ。

昨日寝る前にいろいろこなした仕事の続きをして、夕方は昨日スーパーで買っておいたハモの天ぷらを温め、冷やしトマト、もずく酢などで陰膳を作る。
それにしても異常に疱疹部分が痛い。もう歩けないほど痛い。陰膳の用意も何も、いちいち足を引きずり「つー」とか「いてて」とか言いながら、まるで拷問のようだ。そこでハタと気付いたが、そういえばちゃんぽんを食べた時、つまり昼に痛み止めを昼に飲むのを忘れていた。何やってんだかと思いつつ、ロキソニンを頓服で飲む。
その後しばらくすると痛みが和らいできだので、三津子の陰膳と軽く一杯やりながらCX「ビューティ・コロシアム」を見る。何だか「人間外見じゃないよ、中身だよ」という価値観を真っ向から一刀両断に切り捨てて「人間外見に決まってんじゃん!」という内容ではあるが、実際にすがって来る人たちの容姿による苦悩と術後の「変貌ぶり」に伴う気持ちの変化を見ると、まあやりたい人はやればいいし、それで人生が楽になる人がいるのなら文句を言う筋合いはないな、とも思う。

8時半ころ、以前夫婦でよく伺っていた割烹の女将さんから、「下に居ます」と電話。部屋までおかずを届けてくれるというが、悪いので下へ「性悪猫」を一冊持って降りる。一番下のY君が一緒におり、紙袋でおかずとおにぎり、りんごなどを戴いた。うう、有り難いっす。
実はちょっと前に、月曜に女将さんの友人と炭火焼きへ行こうと誘われていたのだけど、こんな調子で行けなかった。女将さんは「どうなんですか?」と言わはるので、「ちょっと子どもさんにはキツいですが」と言いつつチラッと疱疹部分を見せると「ひえー!」驚愕していた。いやー人に見せるもんじゃないっすねマジで。化学兵器にでも逢ったのかという案配だ。幸い痛み止めがきいているので笑っていられるが、切れると地獄のように痛むのだ。
いただいたおにぎりはまだ暖かく、ありがたく頂戴して、Y君にも手を振って見送る。部屋に戻ってさっそくいただくが、全体にごまがまぶしてあり、梅が入っていて美味。暖かいおにぎりは何ヶ月ぶりか? という感じ。人の人情が本当に、有り難いです。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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