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2009-10-29(Thu)

疱疹の治り遅く死にそう。

10月29日(木)

6時ころ目が醒める。
寝ている間に痛み止めが切れたせいか、疱疹部分がひどく痛い。この「痛み」を説明するのは難しいが、要するに指の先にやけどをして水ぶくれが出来たりすると痛いだろう、あれが背中から足の付け根にかけて、数十〜百数十出来ていると思えば遠くないかも知れない。

かといって左を下にするのは、白血病で肥大した脾臓を押し潰すようで嫌だ。だが、そうしないと寝られない。8時ころまで寝たような寝ないようなで横になっていたが、結局そのまま起きた。
トイレへ行き疱疹を見てみると、背中にはプクッと膨らんだ水泡がいくつか、そこから幅15cmか広いところでは20cm近い幅で帯状に、左下腹部へ疱疹の群れが伸びている。全体的にとにかくひたすらに重傷の火傷のごとくに痛いが、ところどころ水疱があって、そこが特にひどい痛みだ。
歩くのでさえようやく、ふらふらになりつつ、猫の水とご飯、仏様のお茶と水、花の水替え、線香と三津子やご先祖様へのお勤めを終えるともう限界。食欲などあろうはずもなく、鎮痛剤のロキソニンを飲もうとペットボトルのコーヒー牛乳で流し込み、軟膏を痛い痛いと思いつつ擦り込み、そしてぐったりと横になる。
8時半からはBSでいよいよワールドシリーズだが、もう痛くて気もそぞろ。それでも小一時間ほどでようやく痛みが薄らいできた。

11時ころ、下のI先生から電話があった。「どんな具合ですか」と聞いて下さり、「水疱が痛くて…」と話すと、やはり治りが遅すぎるという。普通はもうとっくに水疱の時期は過ぎて、かさぶたになって快方へ向かっている段階だというので、「免疫が落ちてるからでしょうか」と伝えると、「そうですねえ、普通やったらバルトレックス一週間飲んだら終わりなんですけど、追加でといっても強い薬やし内臓に副作用とか出るとあかんし、ゾビラックスという別な薬を出しますからまた飲んで下さい、一日5回のやつなんですけど。あと軟膏も、ステロイド系やったら白取さんの場合どうなんか、点滴も考えなあかんかも知れませんしね、とにかくいっぺん京大の先生に聞いてみますわ」と言って下さる。
「水疱が潰れてそこから雑菌が入って化膿するのは一番怖いですね」と言うと「ガーゼに軟膏塗ってもらって、軽くあてるようにしてもらったらいいですよ」とのこと。
いったん電話を切り、ここ数日風呂がおろかシャワーさえ浴びられないので、下着を替え、滅菌ガーゼを探す。我が家は病人夫婦だったので、割合感冒薬や抗生物質系の軟膏やら傷薬、消毒薬、ガーゼ類は常備してある。薬箱をひっかきまわすと、新品の滅菌ガーゼが一箱見つかった。しかしそれは5cm角程度に折りたたんだ小さいものが10梱包くらいのもので、普通眼帯にあてたり小さな傷にあてるような大きさのもの。
とにかく疱疹があまりに広範囲なので、そのガーゼを薄く大きく広げ、軟膏をガーゼに伸ばすように塗る。それを一枚ずつ4,5枚使ってようやく全体を覆える程度。軟膏は一回で一本が無くなった。
それをテープでゆるく固定し、腹帯をその上からやはりゆるめに巻いていると、電話が鳴って切れた。I先生からで、慌てて折り返す。
京大病院で俺の白血病を見ていただいている、血液腫瘍内科のI先生と色々相談していただいたそうで、やはり元の病気=白血病のせいで免疫が落ちているので、回復が遅いのでしょうということ。それからステロイド系の軟膏は、と訊くと「うーん」ということで、京大のI先生は「とにかく一度患部を見せて下さい」ということになったそう。なので明日の午前中、京大病院へ行かねばならない。直接血液腫瘍内科の受付へ行けばいいとのこと。ていうか俺外へ行けるだろうか。

それから下のI先生はうちのマンションの並びにあるいつもの調剤薬局にも電話していただいて、処方の会計と薬とを一度に済ませて貰えるように頼んでいただいた。
何から何まで、本当にありがたいことです。
その後すぐにいつもの調剤薬局から電話があり、指示されたもう一つの抗ウィルス剤=ゾビラックスは在庫がなく、近隣の薬局から手配をするということ、それからガーゼとサージカルテープがあるか聞かれたので、それも一緒にお願いする。あと軟膏も追加で出してもらい、それらが揃ったら直接届けて頂けることになった。会計も病院の分とあわせて、その時でいいということ。
ああ、皆さん本当に助かります。ていうか室内移動でようやくギリギリというのが正直なところ。とても着替えて外へ出るという状況ではない。それでも明日の京大病院は死ぬ気で行くしかないだろうが、今のところもう大人しくしているしかない。
その後痛み止めのお陰か、動かなければ少しはマシなので、ひたすら横になっている。タイミングを見計らい、うどん玉を茹でてカレーうどんの元を暖めたのとで、昼は済ませた。
テレビはワイドショーの類しかないが、もう仕方が無い、気を紛らわす。

4時ころ、薬局の人が玄関口まで薬を届けてくれた。病院の処方箋出しの分もあわせて会計をしていただき、助かった。新たな抗ウィルス剤、切れた軟膏と大判の滅菌ガーゼ、サージカルテープの予備も含めて一万円弱。
すぐに腹帯を外し、午前中に小さいガーゼを広げて貼っておいたのをはがす。幸い剥がすときの痛みはさほど無かった。
それからが大変。大判のガーゼ、折りたたんであるのを2枚開いて20cm×10cm大の大きさにテープでつなぐ。それをさらにもう1枚、つまりガーゼを4枚使ってようやく患部ほぼ全体を覆えるくらいの大きさだ。そこへ軟膏を薄く塗って、患部に貼る。それでもまだはみ出る疱疹があるので、そこは家にあった小さいガーゼを足して、つぎはぎのようにテープを貼り、患部を覆った。これで軟膏が一度で2本無くなった。それほど患部が広いというわけだ。これらの作業を当たり前ながらたった一人でやらねばならないので、つくづく一人の不便さが身に沁みる。
背中の水疱は知らないうちに破けた気配があるが、もう仕方が無い、何もこれ以上出来ないし、そもそも背中ならどうしようもなく、さらに今晩どうせ寝ている間に破けただろう。明日は病院だ。
それから新しい抗ウィルス剤ゾビラックスを2錠飲んだ。あと寝る前にもう一度飲もう。痛み止めも。

その後、お袋が送ってくれ、昼間届いていたのを冷蔵庫に入れたままだった梱包を開けてみる。
凄い。
マグロの大トロから赤身までの部位が7、8cmくらいの幅の柵になっているもの。柵は5つくらいに別れていて、綺麗なグラデーションになっている。
こないだ電話で話したときに「近くにいい魚屋があって、いいマグロが入ると連絡をくれる」と聞いたので、「へえ、じゃあこっちにも送ってよ」と言ったら本当に送ってくれたのだった。
はいずるように電話機の子機で実家へ電話。「マグロが届いた、ありがとう、高かったでしょ」というと、「9000円くらいだった」という。た、高え。
戸井(故郷の函館の近く)というところであがったマグロで、あれが大間で上がればかの有名な「大間のマグロ」となり、トンデモない値段がつくものだ。当然同じマグロなのだが、こちらの方が断然安い。日本人のブランド信仰はつくづく愚かで知性が足らん、と笑い、しばし痛みを忘れる。
疱疹の水泡が痛いが、まぐろをさっそく赤身と中トロのところを少し切って、三津子にも陰膳をして、一杯だけビールを飲む。
う、うまい。
ていうか絶品だ。
こんなの東京とか普通に料亭でこの品質・鮮度でこの量だったら、数十倍はするだろう。
ありがたく合掌して、しばし苦痛を忘れた。

ひとり、病と向き合うということは辛いことだ。

まして自分のような死病となると、ともすれば心が折れそうになる、正直を言えば。
誰のために生きるのか、何で自分はこんな目に逢うのか・・・。
思わず「辛いな、生きるって面倒くせえな・・・」と痛みのあまり口に出して三津子の遺影を見て、何気なくテレビに視線を落とすと5:55、間もなくその下のデジタル時計が5:55:55。
「GOGOGO、か」。生きろ、ということなのか。
連れ合いを失い、これほどまでに辛い苦行のような日々を、しかも病と共に、それでも生きねばならないのか。
確かに三津子は全身全霊で俺を愛してくれ、一日も長く二人で暮らすことを願い祈ってくれた。俺もそうだった。毎晩寝る前にそのことを祈り、朝起きればそれを願った。しかしそれは叶わなかった、であれば・・・と思う気持ちが、どうしても抑えきれない。特にこうした辛い日々は。
だがしかしここで俺が心折れて生きることを投げ出してしまえば、もっとも悲しむのは誰か。
そう考えれば、ふらふらと激痛に耐えながらも、一人生きるしかない、今は。
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帯状疱疹

もう峠は越したようですが、帯状疱疹と判明してからもう一ヶ月。悪化するとこれほどひどい事になるのかと、今さらながら呆然という感じです。
あれほど早く発見して対処したのに何で?というか。
それほどまでに自分の体が弱っているとは知りませんでした・・・

こんばんは。初めまして。

以前、やまだ紫さんを検索して、書き込みしたつもりが、
入っていなかったかも…
「お気に入り」に入れてあり、整理していて、
たまたま、また来ました。
「帯状疱疹」ですか…
お大事にしてください。

ありがとうございます。

調子に乗ってPCに記録を打ち込んだ後、とつぜん経験したことのない激痛で「死」を本気で意識させられました。
まだおとなしく養生してろ、といいうことでしょうか。また寝たきりに逆戻りです。

お見舞申し上げます。

近所の本屋さんに、「性悪猫」置いてなかったので、注文して来ました。
届くのを首を長くして待っています。

同僚も「帯状疱疹」やりましたが、1週間ほどで復帰しました。
よっぽど症状がひどいものと心配しております。
ゆっくりお休みくださいね。

ありがとうございます!

昨日から何とか両手で小型のウルトラモバイルPCが打てるようになりました。
Twitterにも書きましたが、昨日は病室の窓から綺麗な虹のアーチを見ました。「あなた、頑張って」という彼女の声が確かに、心の中で聞こえました。
だから頑張ります。

心配です。

ずっと状況を拝読していて、症状が劇症化しているという印象で、とても心配してました。
普通のお身体じゃないので、普通の対処では不十分だったのでしょうか。。。?
Twitterで入院されたとの報を知ってホッとしましたが、お辛いことと思います。過労、ストレス、免疫力低下、悪性腫瘍。。。帯状疱疹の主たる発症原因の全てにあてはまっていたのですね。やまだ先生の作品を遺すという使命感で頑張って来られて、まさしく一冊目の復刊のさなか。
ご無理されてたのでしょう。今はとにかくゆっくりご養生なさってください。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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