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2009-11-20(Fri)

やまだ紫 復刊第二弾「しんきらり」発売!

しんきらり広告画像

皆さん、お待たせいたしました。10月の『性悪猫』に続いて、いよいよ11月22日『しんきらり』が発売されます!
<11/20>
★Amazonさんから購入可能になりました。
しんきらり
やまだ 紫
小学館クリエイティブ

このアイテムの詳細を見る



著者:やまだ紫
書名:しんきらり
発行:株式会社小学館クリエイティブ 発売:小学館
定価:本体1,800 円+税
ISBN978-4-7780-3130-5 C0079 1800E

判型はA5判並製で、総ページ数は352ページ、うち巻頭20Pが2色です。
解説は齋藤愼爾さんです。
解説ページには、「しんきらり」執筆当時のやまだ紫の写真を掲載しております。うち一点は貴重な、吉祥寺・ぐゎらん堂での個展の際、「ガロ三人娘」が映った写真です。
収録作品はもちろん、「性悪猫」連載終了後に「ガロ」に続けて連載された「しんきらり」全話を一挙収録となっております。
本作は、1982年に青林堂版「しんきらり」、1984年「続しんきらり」の2冊で刊行され、のちに1988年ちくま文庫版「しんきらり(全)」〜1992年筑摩書房「やまだ紫作品集2巻」として単行本化されています。
今回はその全編を、青林堂版以来の「A5版」という大きいサイズで一挙にご覧いただけるようになっております。

今回解説をご執筆いただいた齋藤愼爾さんは、やまだが「しんきらり」連載開始直後、『アサヒグラフ』誌「新進マンガ家・やまだ紫の世界」(1982年4月23日号)という特集に、インタビュー記事をご寄稿されています。
今回の復刊にあたり、白取が原稿や掲載誌を整理していた際、ほんとうに偶然、その『アサヒグラフ』が発見されました。小学館クリエイティブの担当・川村さんと相談させていただいた結果、このインタビュー記事を改めて改稿の上、復刊に掲載させていただくこととなりました。齋藤さんと川村さんがその直前に偶然お会いしていたという不思議なご縁から、お話はスムースに決まったのです。
★(そのくだりはここに記述させていただいております「神の見えざる手」



白取より、僭越の極みながらひとこと。
これまで、特に「ガロ」時代、自分は彼女の「夫」という「私的な立場」と、「公」的にはたかが「編集」という立場をわきまえ、彼女の作品について言及するという行為をほとんどしてきませんでしたので、あしからずご容赦下さい。

このたび復刊される「しんきらり」は、前作「性悪猫」で素晴らしい詩とマンガの高度な融合を成し遂げ、一躍注目を浴びたやまだ紫が、「ガロ」誌上で自身初の長期連載に挑戦した代表作です。長期連載といっても一話一話が完結する短編となっており、平凡な夫婦、親子、家庭のどこにでもある「日常」が、全体で一つの大きなお話を構成しています。

団地に暮らす夫婦と子供二人の四人家族。この平凡な家庭の日常こそが、この作品の全てであり、そして本質でもあります。なんと言うこともない日々だけれども、その陰にはそれぞれの抱える思い、感情があり、揺れ動いている。ゆえに、そうした日常もすなわちドラマなのである、と。
いや、無自覚に生きていれば、流していけば、それらはそれこそ単なる退屈な日常です。家庭、夫婦、親子、ご近所…ともすれば流され通り過ぎていくそれらありふれた「平凡な日常」を、やまだはその鋭い感性で鮮やかに切り取り、ドラマにして見せてくれます。
時にスリリングに、時にほっこりと、笑わされ、泣かされ、気づかされ、ハッとさせられ、時にゾクリとさせられる。
あり得ないエピソードや過度な「演出」を排し、それでいてキラリと輝く何かを毎回見せてくれる、日常を見事にドラマに昇華させた漫画史に残る作品だと思います。
彼女は生前
「もしこれを描いていたのがガロじゃなかったら、たぶん編集からもっとこうしろ、ああしろと言われたと思う。だからああいう作品は描けなかった」と語っていました。
また、この「しんきらり」があったからこそ、後に「ゆらりうす色」(コミックモーニング)、「BlueSky」(婦人公論)が自由に描かせてもらえたのだろう、とも。

あり得ない「非日常」を描くのではなく、敢えて「日常」をドラマとして描きだす。簡単なようで、実はとても難しいことです。
ここにまさしくストーリーテラーとしてのやまだ紫の真骨頂と言えるのですが、逆に、その淡々とした「リアリズム」があたかも彼女の「現実」であるという誤解を受け、以後彼女はしばらくの間「私小説漫画家」「私(わたし)マンガ家」などという珍妙なレッテル(私小説「風」ならば解らないことはないが)を貼られることとなります。
「何でも『ありそうなこと』を描くと、すぐそれを現実だとしか受け止められない人がいる」と、やまだは苦笑していました。面倒なので、そういう思考の人には「おっしゃる通りです」と言うことにしていた、と。

やまだ紫はプロの漫画家です。エッセイストや日記漫画家ではありません。(もちろんエッセイや日記風マンガも多く描いていますが、だから「しんきらり」もそうだ、ということではありません)
もちろん、読み手が勝手にそう想像すること、自分の思いを作家に重ねることは何ら問題ないことであり自由なのですが、つまりこの作品は、そしてやまだ紫という作家は、それだけのリアリティをもって作品を紡いでいったのだ…という、本物の放つ輝きを再認識すべきでしょう。

本作を描いていた当時、現実のやまだ紫…山田三津子の結婚生活は事実上破綻しており、実質的に離婚状態にありました。登場人物の家族構成、高層団地での猫との生活などのディテールなどは現実から取られてはいますし、ちょっとしたエピソードも実話が挿入されたりはしています。しかし作品に描かれている、鈍感だけれども愛すべき、どこにでもいそうな「夫」像は、現実とは大きくかけ離れていました。
彼女はまさに生皮をはがす思いで血を流しながら、誰の手も借りずに離婚を「決行」し、その後も二人の子どもを必死で育て、守り、家庭を支えてきたのです。(ちなみに、ナントカ手当だの公的な扶助だのは、一切受け取っていなかった)
そんな状態にあった彼女が、どういう思いで、この作品を紡いでいったのか。

自分は近年、特に彼女を失った今、もうそろそろ紋切り型の図式で作家とその作品を安易に「片付ける」のはやめた方がいいと考えています。
浅学非才の極みである自分ごとき小物が語るのは、本当に僭越を通り越して生き恥でさえあると思いつつも、それでも、敢えて声を大にして言いたいのです。
やまだ紫という才能がいなかったら、間違いなく日本の女性作家の系譜は違ったものになっていただろうし、表現の幅も狭いものになっていた、と。
またこれも忘れられがちですが、本作が描かれた80年代初頭という時代性、つまり「働く女性」「主婦」「離婚」「片親」などなどが、今とは全く違う視点で見られていたこと、語られていたことを、今一度想起すべきだと思います。
その時、彼女の描いたこの「しんきらり」という作品の凄さがはっきりと理解できるでしょうし、彼女がこの作品で描こうとしたことが、四半世紀を経過しても全く古びないどころか、むしろ今の若い夫婦や親たち、そしてこれからそういう立場になる若い人たちに読まれるべきだと、強く思うのです。


お近くの書店さんに無い場合は、上記の書名、版元名を言っていただければ注文することが出来ます。書店さんでお受け取りになれば、送料もかかりません。
皆さん、やまだ紫の素晴らしい作品を、これからもよろしくお願いいたします。

◆11/20追記
今回、復刊ということで部数が少ないため、本来ならば謹呈せねばならない方すべてにお送りすることが出来ません、申し訳ありません。
この名作との「新たなる出会い」を優先させていただきたく、ご容赦願えれば幸甚に存じます。
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コメント

いつもどうも

龍さんどうもです。
あの忌まわしい出来事から今まで、何だかよく一人で平静に過ごして来られたな、と自分で感心しています。
いや、平静でなかったかも知れません。
それに一人ではなかったですね。

今回の帯状疱疹、というより帯状疱疹の「信じられないほどの悪化」による入院は、色々なことを考えさせてくれました。
こんなカスみたいな人間のクソみたいな人生でも、それでも愛してくれる人がいて、生きろと言ってくれる人がいることに感謝しなければなりません。
自分など、彼女の作品を遺すこと、彼女の偉業を伝えることが出来ればどうなっても構わないと思ってきました。
思えば、そのこと自体が不遜な考えであると、痛烈に教えられたような気もするんです。
頑張るなと言われても、そうせずには乗り越えられなかった、泣くなと言われても泣かねば生きて来られませんでした。
こんな人生の終わり方ってあるのかと、正直天を恨んだりしました。その天からの鉄槌でしょう。それほど、今回は辛く苦しく、そして痛みが尋常ではありませんでしたよ。(まだ痛いですが)

それでもまだ、自分には「気付き」が足りないのだと思います。

予約しました。

退院までもう少しですね、今回は長かったし、お辛かったでしょう。たった一人で全てをやらねばならず、入院生活に耐え、痛みに耐え・・・。
これまでやまだ先生を亡くされた悲しみに耐え、ひたすら先生の作品を将来に遺すことを目標に無理に無理を重ねてこられた結果が帯状疱疹での入院だなんて、本当に月並みですが、自分で良かったら変わってあげたかった。
「性悪猫」は「復刊」というより、やまだ先生を愛する人たちが丁寧に作って下さった、「決定版」のような一冊でした。
今回の「しんきらり」はおっしゃるように、ひさびさに大きな画面で一気に読める待望の復刊です。
そして「ガロ三人娘」の写真も楽しみですし、カバーの著者近影(この場合は近影ではないのでしょうか?)も楽しみです。

白取さんの言われること、つくづく良く、ほんとうに、良く解ります。教育や躾の崩壊とか少子化で我が子を愛玩動物のように扱う親の出現とか、良く言われる「DQN親」「モンスターペアレント」問題などなど、とにかくいま、やまだ先生の「しんきらり」を若い親たちにも読んでもらって、真剣に子育てとか夫婦や家庭について考えてもらいたいですね。
自分も青林堂版で初めて読ませていただいてから、結婚して、やまだ作品に触れられていて良かったと思ったことが何度もあります。
やまだ先生の作品との出会いは、「性悪猫」もそうだったように、そう、出会った人の人生を豊かに変えてくれるのです。
早く届かないか、楽しみに待っています。
白取さんは寒いようなので風邪など召さぬように!!良くなったからって頑張っちゃわないように気をつけて下さいよ!
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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