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2009-12-01(Tue)

血液内科の診察日

12月1日(火)

夕べはソファでうとうとしまい、夜中に目を醒まし慌てて寝室へ上がった。
今朝は明け方から何度か目を醒まし、夢を途切れ途切れに見ながら8時過ぎに起床。起きがけ最後の夢は、なぜかプロ野球の試合でサードを守っており、ショートの外人選手と目配せをしてサードランナーを隠し球でアウトにし、ベンチに下がるというもの。アウトにした相手ランナーは球団マスコットの着ぐるみで、俺はちょこちょこっと外人に話しかけてハイタッチをしながら戻るのだが、ベンチに戻ると俺が英語を解すると勘違いした外人選手が流ちょうに話しかけてきて聞き取れず困っている…というところで目が醒めた。わけわからん。

今朝は快晴の京都。その分少し寒いが、この分なら気温は上がっていくだろう。
朝のことを済ませて、三津子にも淹れた熱いほうじ茶を飲む。朝はどうしようか考えたが、食欲がない。今日は病院なので、外で何か食べようかと逡巡。
疱疹部分は相変わらず、全体が痛い。痛み止めのおかげで動かなければまあそれほど気にならないが、体を起こしたり、ひねったりすると痛い。一番痛いのは、まだホンの少しだが傷が残っている、背中のあたり。
シャワーをし、大きいガーゼを長方形にたたみ直したのを用意してから、鏡を見つつ体をひねって背中の該当部分に軟膏を塗る。それから畳んだガーゼを被うようにして、テープで止める。
上皮化の済んだ脇から腹部、鼠蹊部にかけてはもう巻かなくていいのだろうが、むき出しでいるのはいくら何でも無理だ。ズボンのちょうど腰の部分が触れることになるので、何か緩衝材がないと擦れて痛い。
ケロイド後は全体の皮膚が茶色く、上皮化といっても薄皮のような敏感さで触ると「ウッ」と声が出るほど。そしてそれら全体がぼうっと痛み、一番その痛みが強いのが脊髄のあたりという案配だ。
外は相変わらず青空にぽっかり雲が浮かんだいい天気。
今日はかかりつけの血液内科の主治医であるI先生の診察日なので、支度をして11時半ころ出かける。やはり外は暖かくなってきた。

タクシーで京大病院正面玄関まで行き、まず郵便物をポストに投函。それからドトールを見ると混み始める気配があったので、先に3、4人の行列に並ぶ。ラテとレタスドッグを頼んで中央のテーブルでゆっくり食べる。出来たてはパンがサクッとしていてこの上なく美味…と前にも同じことを書いたような気がするがまあいい。
昼前なので案の定混みはじめてきた。白衣を着た病院の人も並んでテイクアウトを待っていたり、入って来た患者がまっすぐこちらへ向かって来たり、はたまた受診を終えた人が帰りがけに寄ったり。危ないところだった。
ゆっくり食べ終えて、持って来た薬を飲んでから、自動受付機にカードを入れる。血液内科予約時間は13時10分。呼び出し端末を受け取ってそのまま2階の採血へ。424番、しかし中へ入っていい番号は434となっているので、まっすぐ行けばいいわけか。今日は空いているようだ。
中へ入ってバッグを置き上着を脱いで腕まくりをしたら、ちょうど呼ばれたのでカウンタへ。今日は試験管4本。「アルコール大丈夫ですか」「血が止まりにくいということは言われていますか」といつも聞かれていずれも「ハイ」と答えるが、そういうのを示す記号とかアイコンを患者名と一緒に表示させるようなシステムは開発できんのだろうか、とちょっと考える。
全てをICチップのようなものか、あるいは腕輪でもいいが、患者の受診番号、氏名・生年月日・血液型などの基本情報に、例えばアルコール消毒の可・不可、採血時の注意、あるいはその他のアレルギー情報などをコンパクトに表示させたり、番号札に名前を印字する際に付加するのって、そんなに難しいことじゃないと思うのだが。
採血を終えて、止血のテープを抑えつつ血液内科の外待合に座り、携帯の音楽プレーヤでなぜかRainbowを聞く。この時間に「Tarot woman」なんか聞いてるの、日本全国で俺くらいなもんじゃないのか。

1時ころうとうとしかかると、端末がブーと鳴っていきなり「診察室へ」というので、慌てて上着やら荷物を持ってイヤホンを外しながら移動。
診察室へ入ると、I先生が「どうですかその後?」と言われるので、これこれこうですとお伝えする。ガーゼ交換も一人で出来たが、まだ患部が痛いということと、そのために腹巻きじゃないがガーゼを巻くように宛てていることなど。
I先生は先日の皮膚科の帰りと、今日の採血で特に変化はなく、落ち着いているとのこと。要するに帯状疱疹は順調に治癒へと向かいつつあり、既往症の「慢性リンパ性白血病」に大きな進行はない、ということだ。
採血の結果を見ると、炎症があると大きく上昇するCRPが正常値に戻っている。肝機能も落ち着いてきた。これはどの薬の副作用だったのか、今となっては不明。モルヒネは一日一回に減ったせいか、それとも吐き気止めを飲まないせいか、あるいは…と考えても仕方が無い。結果オーライ。
次回は15日が以前から予定に入っていたのを、「これなら1月で大丈夫でしょう」ということで、新年明け5日になった。次回はもう来年である。
先生に御礼を言って診察室を出て、会計へまっすぐ向かう。会計の行列も今日は短い。サクサク進行し、受付を終えて端末に金額が出るまでも5、6分と早かった。
会計を終えて病院を出ると1時半くらい。

タクシーで自宅近くのスーパー前へつけてもらい、肌着のコーナーへ上がって腹巻きを買った。いちいち大きなガーゼを巻くのは不経済なので、今後背中が治ったらしばらく保護のために巻くため。
それから食品売り場で簡単な買い物と、最後に三津子に白い花を買って戻る。途中調剤薬局に処方箋を渡して、すぐ取りに来ると言っていったん部屋へ上がって荷物を冷蔵庫に入れたり。それからすぐ下へ降りて、薬局で薬を受け取るが、抗ウィルス剤だけ今在庫がなく、今日中に届くというので、ポストでいいですということに。
調剤薬局の薬剤師の女性は俺が帯状疱疹の一番ひどい時にガーゼやらを買いに来てるのを見ているので、「どうですか、だいぶ良くなりました?」と言われる。俺も「まだモルヒネ飲んでるんですが、痛いのは痛いんですよね…」とこれまでの経緯を簡単に話した。ここまで重症化してしまったのはやはり免疫力が普通の人では考えられないくらい低下していたからで、恐ろしい、ひどい目に逢いましたと話す。
部屋に戻ってくるとピーピーと何かの警告音がしている。「?」と思ったら冷蔵庫が開いていた。「オーマイガッ」と言いながら閉めたが、無意識に「オーマイガッ」と言った自分が妙におかしかった。

花とお膳それから花を活け、三津子に「綺麗だね」と見せる。
花の好きな人だった。花の似合う人だった。でも俺は生前ほとんど花をあげたことはなかった。だから花を絶やしたくない。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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