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2005-01-12(Wed)

REBECCAとNokkoのころ

2005年1月記

 REBECCAを最初に聞いたのは十代後半だったかと思う。
 確か、高校卒業直後に上京して、一年ほどの間に慌しく三度目の引越しをした頃だったと思う。引越の原因は上の部屋の騒音で、次に引っ越したところは学生の間に出版社でバイトを始めたので、片道90分の通勤がしんどい、という理由だった。

 1980年代半ば、巣鴨というあまり若者が住みたがらない街の、それも今風に「ラブホ」と呼べるようなものではない、つまり「連れ込み宿」というひなびた建物群を抜けるとすぐに住宅街が密接しているという、変な一角にある「マンション」に住んでいた。
 当時はまだ学生と小さな貧乏出版社勤務という、二足の草鞋を履いていた。
 漫画家になりたかった若い俺は、ほとんど肉体労働の合間の編集というハードな仕事を終えて帰宅すると、へとへとだった。でも、そこから深夜まで好きな音楽を聞いたり楽器を弾いたりするのが息抜きと娯楽だった。
 TVはあまり観ていなかったと思う。

 1984年の暮れだったと記憶している。
 もう名前も忘れてしまった友人の一人が、何かの雑談の際だったかに「レベッカっていうバンド、いいよ」と教えてくれた。最初に聞いた当時は「レベッカ」というともちろん映画の方を連想したのだが、その友人はどちらかというと歌謡曲が好きだったような記憶があって、意外だった。
 自分は高校時代からバンドをやっていて、その頃はハードロックを主に聴いていたので、「ふぅん」という程度の感想しか持たなかった。その友人には申し訳ないが、もし、そいつが自分が一目置くような「音楽聴き」であったら、きっとすぐに「聞いてみようかな」と思ったかも知れない。まあ、生意気な頃である。
 「レベッカ」というバンドの名前が自分の頭にインプットされてから、間もなくやたらとその名を耳にするようになった。注意してみると、レコード店でも2枚のアルバムが売られていたし(もちろんアナログ盤である)、ラジオでも実力派のライヴバンドとして紹介され始めたりもしていた。

 レコード屋(一定以上の年齢の人はこう言う)で、初めてレベッカのレコードを手に取った時の印象は、特にいいものではなかった。音楽とは、つくづく「聴いてみなけりゃ解らない」モノだ。
 「ああ、女の子のバンドなのね…」と思い、そのまま手に取ったLP盤を棚に戻した。聞きもせず、バカにしていた。まあ、生意気な頃である。勝手に歌謡曲の延長だろうとか、アイドルに毛の生えたようなとか、その程度の認識で排除してしまうところだった。
 ところが、その直後、本当に偶然に、その店でレベッカがかかったのだ。
 その時はそれがレベッカだとは知らない。もちろん曲も後で知ったのだが、「VIRGINITY」だった。言わずと知れた初期レベッカの名曲なのだ。Nokkoの伸びやかで少女のような、それでいて「艶」のある歌声が、切ないような悲しげなような曲に乗って流れてきた。
 店員がかけていたのか、それとも有線か、あるいはラジオだったのかは知らない。普段自分は絶対にそういうことはしないのに、店員に「今かかってる曲、誰のですか」と聞いた。店員のねーちゃんは「知らないの?」という風情で「レベッカですよ」と即答した。語尾の「ですよ」が「まるで念を押すような口調だった」と当時の日記には書いてある(笑)。
 こういうことって「偶然」じゃないんだよな、と思う性質なので、もう一回アルバムのところへ戻って、アルバムを手に取った。幸い懐具合が許したので、「VOICE PRINT」と「NOTHING TO LOSE」をすぐに買って帰った。

 Nokkoのヴォーカルをじっくり聞いた印象としては、やはり「いい声だなあ」というものである。
 「声帯は楽器である」というのは、生意気ながらずっと自分の持論でもある。関係ないかも知れないが、自分はアイドル歌手が大嫌いだった。子供の頃から、次から次へと現れる歌の歌えない「歌手」を軽蔑し、それにウツツを抜かす級友たちをも蔑んでいた。まあ、生意気な頃である(笑)。
 母親が商売をやっていたので、シャンソン系からビートルズ、カーペンターズやアンディ・ウィリアムスを聞いていた。そこへ兄貴がオフコース、さだまさしから甲斐バンド、ボストンまで持ち込んできた。さらに従兄弟がクイーンやスコーピオンズまで教えてくれたもんだから、我が家では早くからフォークから洋楽まで、幅広く聴いていた。
 今意味もなく邦楽を蔑み洋楽を偉いと言うのを「中二病」と言うらしいが、言い得て妙と思う反面、「中二でそれじゃ遅すぎるだろ」とも思う。カレン・カーペンターは今でも最も好きな女性ヴォーカリストの一人で、日本人では美空ひばりの歌の上手さに叶う者を今のところ、知らない。

 ともかく、当時の自分にとって、Nokkoのヴォーカルは聞いたことのない「衝撃」と言ってもよい体験だった。
 別に歌がうまいこと、つまり歌唱力があれば何でもいいというわけではなかった。例えば自分が小学生当時だった頃は、アイドル歌手でも、そこそこちゃんと歌える「歌手」が多かったように思う。歌謡曲全盛時の「歌メロ」の良さもあった。(例=ピンクレディーなどの楽曲の良さ)歌メロというのはもちろん、コード進行にどういうメロディをのっけて歌っていくか、ということだ。ここで楽譜をなぞるか、あるいは「楽器」としての良さを見せられるか、だと思う。
 自分がNokkoに惹かれたのは、楽曲の良さもあるが、そこに乗る彼女の歌声の力と、オリジナリティだったと思う。楽曲が良く、歌手の技量や演奏がそこそこうまければ、別に言うことはないのだけれど、仮に、多少それらのレベルが低くとも、聞いたことのない衝撃を与えてくれ、それが心地よければ好きになった。
 例えば演歌のように歌い手の歌がいくらうまくとも、どの曲のコード進行や展開、歌メロが似たようなものばかりでは衝撃は受けない…といえば簡単か。まあ演歌に分類するのもおかしな話ながら、演歌であれば美空ひばりくらいの衝撃を与えてくれぬ限り、聞く気はないが。
 またアイドル歌手のように歌以外の部分、例えば顔や衣装、振り付けが可愛いといったものには全く関心がなかった。楽器をやるようになっていたからかも知れない。

 さてその後レベッカは、当時流行だったテレビの深夜番組などにお呼びがかかり、生演奏をしている姿を観られるようにもなった。ちゃくちゃくと、成功しつつあるようだった。Nokkoのステージ狭しと弾け、飛び回るパフォーマンス、他のメンバーも含めた「80年代丸出しのファッション」は、さすがに20年ほど経った今思い起こせば気恥ずかしいものがある、だがそれらはしょせん「ヴィジュアル」であり、当時はそれが新しかったのだから、音楽的評価とは無関係だ。
 それよりも、レベッカの曲とNokkoの歌が全く古びないどころか、今もってオリジナルだけが放つ光に溢れていることに、今さらながら驚愕させられる。
 音楽というものは、MTV出現以前は特に、それを聴いた人の「その時」の記憶や体験が映像とセットになり、記憶されるものだ。だから当然、リアルタイムで出逢った人たちの心に強烈に残り、そのことが「アレはいい!」「理屈なんかない」と、評価にゲタを履かせるものではある。
 だがレベッカのサウンドは、楽曲は、そしてNokkoの歌声は今も輝いている。恥ずかしいのは、レベッカ出現後にホイホイ後をついて行ってパクった連中のサウンドだ。

 実はこんな自分でも、当時人並に「恋」をしていた。
 「恋」なんて今この年齢になって言うのも気恥ずかしい、そんな言葉の一つになってしまった。よく「いくつになっても恋をしていたい」とか、何十年連れ添っていても「私たちは恋する夫婦でありたい」とかいう人たちもいる。それはその通りで素晴らしいことだ、諸手を挙げて賛成するに吝かではない。しかし自分はどうもいつまでもベタベタしていることが出来ないし、恥ずかしいものは恥ずかしい。
 とにかく、俺のレベッカ体験の「記憶」はこの当時の「恋」の思い出にぴったりと重なる音楽になった。

 レベッカを最初に聞くようになった頃が、ちょうどその「恋」が始まった頃だった。
 そのひとのことを思っただけで、男のくせに涙が出そうになった。離れている時間が切なくて、胸が苦しかった。そんなことは、それまで一度も経験したことがなかった。そして、そうした感情は会社であろうと、電車の中であろうと、時と場所を選ばなかった。当時、そのひとと別れて帰る電車の中で聞いていたウォークマンに、いつも入っていたのが、レベッカだった。
 その頃にはもう、3枚目のアルバム「WILD & HONEY」が出ていて、シングル「LOVE IS CASH」はスマッシュヒットとなり、レベッカは人気バンドになっていたはずだ。
 好きなひとの住む街の駅から電車に乗り、戸袋に寄りかかって、レベッカを聴きながら窓の外を見ていた。離れていくのがどうにも辛くて、しかも都心へ向かう電車は途中から地下へ潜ってしまうため、突然真っ暗になるのが余計に切なかった。

 レベッカの「その後」はもちろん、次々とヒット曲を飛ばしトップバンドとして登りつめていくわけで、今さらここで書くまでもない。「FRIENDS」「RASPBERRY DREAM」「LONELY BUTTERFLY」「NERVOUS BUT GLAMOROUS」「MOON」「OLIVE」…、出す曲、シングルはどれも順調にヒットし、しかもいずれもレベルの高い曲ばかりで、アッという間に全国的なビッグスターへ駆け上がっていった。
 繰り返すが、これらの楽曲は今聞いても、全く古く感じない。
 日本のバンドシーンは、明らかにレベッカ前と後とで変わったとさえ言える。今を生きる若者たちも聞いてみれば、その卓越した音楽的センスに新しさを感じると思う。これも繰り返しになるが、「レベッカ後」にレベッカのエッセンスを「いいとこ取り」した姑息なミュージシャンは有名無名取り混ぜてたくさん、いる。
 だから後の世代で、それら「まがい物」を先に聴いてしまった人の中には、レベッカを評して「ナニナニみたい」とか「古い」と即断する向きがたまにあるが、オリジナルがレベッカなのであり、それが何と20年も前である、ということを驚愕を持って知り、正当に評価すべきだ。

 80年代というレベッカが駆け抜けた時代は、日本がバブル経済という虚飾に浮かれており、世の中はイケイケドンドンという時代だった。
 自分が居た出版の世界でも、音楽の世界でも、ミソもクソもとにかく作って出せばそれなりに売れてしまう、という風潮が確かにあった。とはいえ、自分の場合は「バブル」なんて貧乏出版社でヒイヒイ言って働いていたわけで、全く縁が無かった。だいたい「バブル景気」なんぞ、それが弾けてから「バブルの時代だった」と学者やメディアに知らされただけで、全くその恩恵を受けた覚えがないが。

 ともかく、音楽はその時に聞いた人の記憶を鮮やかに蘇らせてくれる。
 だからリアルタイムで聞いた人の「思い入れ」が強いのは当然で、その良さを違う世代の人間に伝えることは、普通は難しい。しかもあの狂気じみたバブルの頃に流行った歌や、バンドのサウンドを今聞いてみて、どれくらいのものが聞くに堪えうるだろうか。
 (余談だが、バブルの時代に寵児であった「とんねるず」の当時の映像を見ると、見ているこちらが恥ずかしさと寒さで気が狂いそうになる)

 今、レベッカを聞いてみても、そのバンドとしてはもちろん個々の楽曲の完成度の高さに、改めて驚かされる。それ以上に、Nokkoのヴォーカリストとしての才能も、デビュー当初から非凡なものがあったとはいえ、確実にアルバムを重ねるごとに進化を遂げている。
 初期のミニアルバム2枚あたりから、一枚ごとに、彼女の歌、楽器としての幅と奥行きが確実に増しているのが、後になってこうして俯瞰すると、本当に良く解る。そうしたNokkoの実力が、まさに絶頂期に達したと思われた「BLOND SAURUS」が、レベッカ最後のオリジナルアルバムとなってしまったことは、今、つくづく残念に思えてならない。

 Nokkoのヴォーカルは、それほど凄い。
 今ブームといわれる「実力派女性ヴォーカリスト」と呼ばれる人たちの中でも、そうはこんな才能はいない。例えばある人は、声量で押すタイプで、聴いているこちらが気疲れしてしまう。またある人はアメリカのブルースやソウルの影響を受けたインプロビゼーションぽいコブシを廻したりするクセがあるが、そういうジャンルならアメリカには履いて捨てるほど、うまい人たちがたくさん居る。
 Nokkoの場合はその声量も凄いのだが、音感といいリズム感といい、「楽器としての喉」の優秀さはもちろん、それを操るNokko本人に「歌手」としての卓越したセンスを感じる。この「センス」つまり歌い手としての「感性」こそが、単なる歌の巧拙といったものを越えた、ヴォーカリストとしての「力」だ。

 今、ようやく日本のミュージックシーンは歌もロクに歌えない「アイドル」の時代が終わり、ごまかしのきかないアカペラがブームになったり(もっともとんでもないアカペラグループも多いが)、歌唱力を売りにする歌手(本来歌手なんだから歌のプロであるのは当然なはずなのだが)が、評価をされるようになってきた。
 そんな中でも「声量」と「優秀な楽器(喉)」と「センス」を高いレベルで合わせ持つ歌手はそう多くはない。
 たとえ「いい喉」は持っていてもアドリブが下手だったり、オリジナリティに欠けていたり、あるいはダサかったりと、歌い手も「アーティスト」である、と感心させてくれる人を見つけるのは難しい。
 今人気だとかTVに出まくっている「歌手」の中で、どれだけの「ヴォーカリスト」が「じゃあAの音」「この曲これからあれにコードチェンジ」とか言われて即座に対応できるだろうか、大いに疑問だろう。初見で譜面通りに歌えと言われてできる人はそうはいないし、別にそんな「能力」で全てを評価するつもりはない。それに、客はそんなことを求めてもいない。
 ただ、俺たちは「下手な歌」を聞かされたくないだけだし、いつ「音が外れるのか」とハラハラしたくないだけなのだ。まるで綱渡りの曲芸を見せられている時のような、あのドキドキ感。CDで聴くとそこそこうまいのに、生で歌う映像を見たら…というパターンだ。
 それでもTVなどから流れてくる、さまざまな音楽。これらは無料だから我慢して付き合っている、いや、付き合わされている。お金を払ってまで聴く価値のあるものは、実は少ない。CMなどで断片を聞かされて「あ、ちょっといいな」と思っても、サンプルを聴いてみるとどうしても「チューニングのズレ」が耳障りでしょうがないし。
 そして一度それが気になるともう駄目だ。綱渡りとか、高層ビルの建設現場で命綱も無しにホイホイ歩いている鳶職を見ているかのような、あの「ドキドキ感」に耐えられない。
 プロの歌い手ならば、せめて自分の持ち歌ぐらいちゃんと歌えるということは、最低限の能力だと思う。その上で、オリジナルの曲をライヴではどんなパフォーマンスを、どんなアドリブを見せてくれるか、次はどんなパターンを見せてくれるのか…ということが要求されるのだ。
 楽曲を他人から提供される「歌手」ならば、実は、本当に要求されるハードルは高いはずなのだ。なぜなら、曲の良し悪し以外の、「自分の声」「自分の歌」という表現で勝負しなければならないからだ。

 そういうアーティストという意味でいうと、Nokkoはヴォーカリストとしての実力だけではなく、その詩にも、センスが光っている。
 いまだにパクられたりもしている、つまり、
「パクるのではなくパクられる才能」
であることは間違いがない。
 レベッカの初期の曲、例えば「Ke-Se-Run Pa-Se-Run」の詩などは確かに拙い。ヴォーカルもまだまだ一杯一杯の感はある。だが今、その当時のNokkoにすら敵わない「アーティスト」が多いことも事実だ。
 同じ時期でも「Precious Star」や「Nothing To Lose」などの楽曲では「歌い手」として全く違う顔を見せている。その後Nokkoはどんどんと「違う顔」を増やして楽しませてくれるのだが、その絶頂が前述したように、やはり「BLOND SAURUS」だったように思うのだ。そのことが、繰り返すが、本当に残念でならない。
 ちなみにNokkoのライターとしての才能は、先のヒットシングルたち以外にも「Cotton Time」などに代表される、その情景が鮮やかに思い浮かぶ素晴らしい詩の数々によって示されている。そしてそれらの素晴らしい詩は、土橋安騎夫というメロディメーカーの手で「この詩にはこの曲しかない」という完成度の高い組み合わせで、バンドとしての「レベッカ・サウンド」に結実していった。
 そう、レベッカとはすなわちこの「Nokko+土橋」であると言ってもいいだろう。


 Nokkoにはレベッカ解散後のオリジナルアルバムや、ソロのベスト盤「THE BEST OF NOKKO」もあるし、彼女はずっと音楽活動を続けている。
 けれど、申し訳ないが自分はあまり聴かない。Nokkoの発声はレベッカ時代とは変わってしまい、あのパワフルで弾けるような声はもう聴けないからだ。年齢相応のセクシーなソフトヴォイスと言えばそうなのだし、彼女はもう「レベッカのNokko」ではないのだから当然だ。アーティストとは進化し続けるものだ。
 バンドとしてのレベッカはもうない。だからレベッカのNokkoも、もういないのだ。当然といえば当然である。むろん個人の好みの問題もあるし、熱狂的なファンで、Nokkoの全てを肯定し、ソロの曲もみんないいと言う人もあるだろう。あるいは「レベッカ後」のNokkoを聴いてそちらのファンになった人だってあるだろう。
 けれど、やはり自分にとってはNokkoがレベッカであり、レベッカはNokkoだった、そして自分はその「レベッカというバンド」が好きだったのだと、今は感慨深く思ってしまう。

 「レベッカというバンド」は本当に格好良かったし、間違いなく音楽史に残る傑出した日本のポップ・ロック・バンドだったと思う。自分は見ていないのだが、近年TVで「あの人は今」的に取り上げられたそうで、それによるとNokkoは今ニューヨークであちらのご主人と仲良くやっているようだ。ご本人は今とても幸せなようだし、好きな音楽をマイペースで楽しく続けられるのだろう。日本で時折ライヴもやっている。それを好きなファンが聴きに行く。それでいいし、素晴らしいことだと思う。

 一時は「失神ライヴのレベッカ」と呼ばれていたように、ライヴバンドとしても定評があった、実力派のレベッカ。その後の日本のバンドにも多くの影響を与え、今持って全く輝きを失わない稀有なバンド。自分が出会った、あの当時のNokkoの作る詩、そしてそれを曲に仕立て上げる「レベッカというバンド」が大好きだったのだなあ…と、またも感慨を深めてしまう。
 あのレベッカはもう二度と復活しない。(実は2000年に再結成し「神様と仲なおり」という素晴らしいシングルを出しているが、それとて往年のレベッカではないのだから)

 ところで。
 蛇足ながら、自分がレベッカにどっぷりとはまっていた当時の「恋」の話。
 相手のひとというのは、実は今の連れ合いであり、そういえばもう一緒に暮らして20年近くになっている。
 このことも、これまた感慨深いものがあります。


泣けます。
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コメント

まさに今レベッカにハマっています!!

初めまして。
ひょんなきっかけで最近レベッカにはまっています。
YOUTUBEなどで、ライブなどを見てて、私も改めて本当にNOKKOさんのボーカルってすごいなと思っていました。
その私が思っていた事にぴったりな文章を書いて頂いてスッキリしました。
ほんと私も名文だと思います!!

土橋安騎夫さんの曲も本当に素晴らしいですよね。
繊細で美しくて心地良いレベッカの曲大好きです。
土橋さんはもっと評価されるべきではないかと思います。

楽器も弾けないし、音楽に関してド素人の私が知ったような事言うのですが、今回レベッカが気になりだしてから他のメンバーの方も意識してみると、小田原さんのドラムも素晴らしいなと思いました。
弾けて切れがあって、やっぱり心地良い。

ベースの高橋さんも大人っぽくてかっこいい。

ギターのメンバーの方はコロコロ変わったようですが、NOKKOさん、土橋さん、小田原さん、高橋さんが揃ってのレベッカがやはり最高だったんだなと思います。

私もNOKKOさんがソロになって発声が変わってショックで、そろの曲はほとんど聴いていません。

年も重ね、声もパワーも変化し、あの当時のままには戻る事はできませんが、あのレベッカに会いたいなぁ。




うわわわ

この駄文へのアクセスが増えていることが解析で解った。昨日のFNS歌謡祭でNokkoが「Friends」を当時ぽく歌ったという。そのせいか。あれほどやめろと言っていたのに(?)。

とにかく>たつさん
こんな駄文、名文とか言わないで下さい。本当に。困りますし。
自分の恋の相手ももうこの世にいないと思うと、Rebeccaのサウンドはより一層切ないものになっています。

改めて

いやあ、何か自分も当時のことを思い出します。
白取さんよりちょい年下ですが、レベッカはいまでも聞いてますし。。。
それにしても、名文ですね。
改めて、じーーんと来ました。

なっち

パクるのではなく、パクられる側でありたいね。
それにしても。
http://www.geocities.jp/paropro2004/" target=_blank>http://www.geocities.jp/paropro2004/
いやあ。。。「盗作疑惑」って。。。疑惑じゃねえじゃん。。。とっほほほほほ。復帰って、するのかね。できるんかねえ。
俺だったら、誰も知っている人間のいないところへ行く。そして大人しくしている。それでもきっと眠れない夜なんかに「あーーーっっ!!」とか言って突然枕叩いたりとかして悶えると思う。後悔と恥ずかしさで発狂するかも。

Nokkoの詩をよくジュディマリがパクったってのは聞いてたが、それをまたパクったりなんてことになるともうワケわかりませんな。

ありがとうございます

聴いてみてください、ぜひ。
でもやっぱり同時代に体験したことと、追体験では思い入れの度合いが違いますからね。それを割り引いても、レベッカの良さは全然変わることはないと思いますが。

何か妙に。。。

感動しちゃいました・・・
レベッカ時代ど真ん中、じゃないですが聴いてみたいと思いました。

素晴らしいコメントだと思います。

何となくREBECCAで検索していてたどり着きました。
同じくREBECCAをリアルタイムで聞いていた世代です。

大人になって少しは趣味にお金をかけられるようになり、懐かしいREBECCAを聞いて驚愕しました。
NOKKOのボーカルは凄いと知っていたつもりだったのに、今見ると全然分かっていなかったと感じます。

そして、こちらのブログを拝見してまた驚きました。
自分が感じていることと全くと言って良い程同じことを感じている方がいるとは・・・
私にはこんな文章を書く力はありませんが、何度もうなずきながら読みました。

余りに嬉しくて書き込ませて頂きました。

Re: 素晴らしいコメントだと思います。

レベッカいいですよね。
よかった、じゃなくて敢えて進行形で。
最近はアニメソングなんかでも、作ってる世代が我々世代の場合も多くて、日本・洋楽取り混ぜて似たような音楽を聴いたり演奏したりしてきた人らが作ってると、「ああ…」とすぐ解りますよね。
その「大元」を作った人たちが凄い、というまっとうな評価を、大元の人らがちゃんと受けられますように、そういう思いです。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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