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2009-12-06(Sun)

怖いインフルエンザ

12月6日(日)

夕べは1時前に寝た。なぜか首の後ろあたりが重苦しく、ビールも2本、ヒレ酒は一杯しか飲めなかった。「しか」って充分だろう、というツッコミがそこかしこから聞こえそうだが。
首は鈍痛というか頭痛というほどではないが、目眩のちょっと強いような感覚。かといって酒に酔ったわけではなく、むしろ飲み足りないくらい(だから、酒は飲んだら誰でも酔うというツッコミが…)。
寝る前に鍋は雑炊にするので片付け、三津子の陰膳の刺身は細かく刻んで猫の皿にあげた。「ひろうす」を入れたのは失敗というか、ふぐ鍋には合わないので別な鍋に移しておく。

今朝は6時ころ目が醒めた。外は薄曇りで、時おり晴れ間がある感じ。気温は低いという予報だったが、そうでもない。
朝のことをもろもろ済ませて、しばらくごろりとソファに横になってテレビを眺める。昨日の首から頭にかけての鈍痛はほとんど消えているが、どうも腹周りもきつい感じで気味が悪い。

しばらくしてメールチェックするとここしばらくやり取りが続いている「ある企画」(そのうち明かします)の続きが入っていたので返信。
ふぐ雑炊!!!朝食は雑炊。昨日の鍋の残りに火をつけて塩とごく少量の醤油を足して味を調える。それから冷凍してあったご飯を解凍したものを加えてちょっとだけ煮て、最後に溶き卵を廻し入れ、フタをして火を止めたら出来上がり。
ふぐのダシが出た雑炊は美味かった。三津子にも一杯よそって「一緒に」食べる。
その後しばらくテレビを見て、トイレに立つとまたちょっとイヤな感じ。
それにしても秋口からガタガタとイヤな感じだ、帯状疱疹やら腹部の違和感、首や頭の鈍痛。俺もそう長くないということだろうか。血が止まりにくいから、脾臓に何かあるとそのまま死に直結しかねないし、若い頃の不摂生でもし脳の血管に何かあったら、三津子と同じことになるだろう。
いずれにしても自分は健康な体ではないし、帯状疱疹をやったことからも、免疫力も日常生活ギリギリOKというレベルだ。いつ何があってもおかしくない。

死ぬことを想像すると確かに怖い。当たり前だが経験したことがないからだ。どこへ行くのかも解らない。
けれど意外と悲壮感はないもので、例えば週刊誌やテレビでやれ何がどこに効くとか、何が癌封じになるとか、こうしろああしろ何を食えどれがいい、という情報に全く無関心にもなれる。だから騙されることもない。
俺が癌になってから、いや、三津子がもうずいぶん前からさまざまな疾患に悩まされてから、俺はどれだけ医学に関する情報を集めたことか。逆に薄っぺらいエビデンスのない情報をしたり顔でひけらかされると、申し訳ないが知性を疑ってしまう。
不遜な意味ではなくて、まず冷静な科学的根拠を求める。もちろんその上で目に見えない力が働くことがあることも、経験上知っている。

それより、俺のようにこれだけ体の防御態勢が弱くなると、普通の人なら何でもないことが重症化したり、命に関わる問題に直結しやすい。文字通り薄氷を踏むような「危うい日常生活」だと理解してしまえば、少なくとも自分のマヌケさから何らかの重篤な事態になることは避けよう、そうじゃないと無事を祈ってくれている人たちに申し訳ないと思う。例えば酔っぱらって階段から落ちて頭を打って死ぬとか、酔っぱらって階段から落ちて脾臓破裂の出血多量とか、酔っぱらって階段から落ちて・・・死んだ後に笑われるようなのは嫌だな、と。
夫婦の晩酌くらいはまあ精神衛生上許してもらいたいが、その他は気をつけすぎるくらい注意しているつもりだ。
それでも、目に見えないストレスや若い頃からの習慣でつい根を詰めて仕事をしてしまうところは、なかなか回避することが難しい。
実際、この度の帯状疱疹も、解ってからその原因…過労、重度のストレス、免疫力低下などその全てにおいて発症条件を満たしていたわけだけど、だからといって「このままだと帯状疱疹を発症するかも」なんて誰が考えるだろうか。

その後ゆるゆると仕事をしていると、立て続けに荷物。
三津子、いややまだ紫のアシスタントもして下さっていた宮脇要子さんから「おいしいので食べて下さい」とパンをいただいた。ありがとうございます。食べきれない分は冷凍します。
もう一つはケンコーコムから大箱。大きいが過剰梱包というか、ほとんどがくしゃくしゃの紙のクッション。
荷物は春に買ったフライパンがテフロン加工が無きに等しいくらい劣化したので、ティファールのちゃんとしたのを買った。あとは天然だしとか床拭きシートの替えとか液体洗剤など、細々したもの。こういうのって食品を買った上にドラッグストアへ寄って持って帰るのは、体力的にとてもしんどい。
夫婦二人で買い物へ出かけていたときは分担して持ったり出来たが、今は無理。通販で頼んだ方が送料無料だし、有り難い。感染リスクもそれだけ回避できる。

その後はパソコン仕事をしたりするが、どうも腹回りが苦しいというか、きつい。帯状疱疹が痛いというのよりも、ふくれた腹全体がキツく苦しい感じ。脾臓がふくれあがっているのが限界に達したのか。
そういえば入院前の診察日に、I先生が脾臓の大きさを測って「ちょっと大きくなりましたかね」と言っていたが。怖いな、と思う。破裂したら死だもんな…。
そう思ってその後は大人しく転がってテレビを見ていた。
再放送で村上もとかさんの漫画が原作のドラマ「仁」を途中から見たが、なかなか面白かった。子役がいいし、主演の大沢たかおの演技も素晴らしい。原作がいくら面白くても演技の出来ないタレントを使ってブチ壊し…という例が近年余りに多すぎるが、これは健闘していると思いつつ見る。

陰膳夕飯は5時過ぎから、昨日の鍋からひろうすを移したのにパックのおでんを加えて暖め、昨日買っておいた鯛の刺身とごまあじのタタキ、パックのもずく酢でビール。三津子にももちろん陰膳。
しかしビール2本で腹が苦しくなってしまい、横になる。そのうちウトウトしてしまい、30分ほど寝てハッとして起きた。こんなことして風邪なんかひいたらどうする。
その後はビールはやめて、クッキーを食べつつNHK「坂の上の雲」2回目を見る。
同年代の俺から見ても若いとはいえ、「どう見ても中年」の主演陣が若者役を奮闘、ちょっとハシャギすぎかなというきらいはあったものの、大筋の「大きな話」の強さでグイグイ引っ張られた。役者では菅野美穂の演技は良かったと思う。

ドラマが終了した直後、9時半のNHKニュース。トップで新型インフルエンザのニュース。
京都市の老人が新型インフルで亡くなったそうで、とうとう死者が100人を超えたという。
この老人は悪性リンパ腫つまり俺と同じ血液腫瘍=癌患者であり、しかも老人という二重の「免疫低下」状態にあったと思える。(あるいは治療中で免疫抑制下にあったのか、それは解らない)
統計では「疑わしい例」も入れて、やはり致死率は十代以下が一番多く、あとは高年齢になると高くなっている。というより、二十代と三十代という「壮年期」の免疫力の高い若者はそれだけ強いということだろう。
さらに怖いのは、何らかの基礎疾患…例えば糖尿や俺のような悪性腫瘍の患者の場合の致死率は、幼児のそれよりもさらに高いという点だ。
つまり一番弱いのは小さな子ではなく、「中高年以上で免疫力が何らかの基礎疾患などで低下している人」ということになる。

何だ俺じゃん、と思った。
今のところ外へ出る時はマスクをし、帰宅後はすぐに着替えてうがい、手洗い(どころかアルコール消毒)をして気をつけてはいる。その外出も必要最低限だ。もっともここ一ヶ月は帯状疱疹の悪化で外出も何も入院中だったわけだけど。
「マスクでウィルスは防げない」と解ったようにせせら笑う人がいまだに多いが、「健康な感染者(言葉がおかしいが、要するに免疫力の高い感染者)」があちこちへマスクもせずに出歩き感染を拡大している今、とにかくマスクをする習慣を他人に知らしめる、という効果だってあるはずだ。
いや、スーパーなどで平気でヘックショイとマスクもせずにする人を見ると、発作的にその場を離れるが、その場合必ず相手を睨み付けることにしている、それもマスクをした顔で。とはいえそういう無神経な人はなぜ自分が睨まれたのかに永久に気付かないと思うが。

血液のがんと解って、それでもここまで数年生きて来た。インフルエンザでコロリと死んでたまるか。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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