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2009-12-07(Mon)

何でもない日

12月7日(月)

夕べは一度寝室で寝に入ったが目が醒めてしまい、下に降りてネットを見る。そのうち眠くなり、2時前に再び寝た。
今朝は目が醒めるたびに時計が5時、6時…と1時間ずつ進んでいて、最終的には8時過ぎに起きた。朝方ちょっと冷えた感じで、寝室の窓は結露して外が霞んで見える。
下へ降りて、朝のことを済ませ、一息ついて床のホコリをモップで取る。本当はガーッと掃除機をかけたいが、まだ痛みがあってきつい。ダスキンモップで丁寧に階段から床のホコリや猫の毛を取っていく。幸い入院中のと合わせて2回分新品のがあったので付け替えつつ掃除。
それから居間にエアコンの暖房をつけ、風呂場の浴室暖房をつけてそれぞれドアを閉めて暖かくし、しばらくしてからシャワーをする。風呂に浸かりたいのだが、まだちょっと疱疹の痕が怖い。実際痛みもチリチリとある。
風呂上がりに洗濯機のスイッチを入れて、湯冷めしないようにすぐ暖房をつけておいた居間へ移動、疱疹部分にガーゼをあてて止める。腹巻きの半分のような感じで、下着があたるのから保護する役目。もう「傷」はない。なのに全体に痛みがあって、一番最後まで傷があった背中、脊髄の部分が時々ズキンと痛む。
ここのマンションは旧いせいか水圧が弱く、シャワーの勢いも弱いのが難儀。その上に同時に洗濯機を廻すと、さらに水勢が弱くなるので同時に出来ないのだ。
一息ついて、仕事をしながらおでんに火を通し、ミニ中華丼というのを暖めて食べる。仕事をしながら食事を採るというのは、本当はいけないらしい。頭と胃とに血が分散されるからだろうか。
外はどんよりと灰色の雲が垂れ込めてきた。それにしても吉田山は紅葉が綺麗。もう後半だが、緑とほどよく混じった赤や黄色で、こんもりとした感じがいつも和ませてくれるのだけど、陽があたらないと紅葉は生えない。

引越してきて一年ちょっと経ったころ、うちから見て吉田山の手前つまり北側に、夜になるといつも強烈なライトがいくつも並ぶように点灯するようになった。信じられないほど強烈なライトなので何だろうと地図で調べたら、京大のグラウンドがあった。もの凄く迷惑で、夜なので余計に目に突き刺さる。吉田山を眺めるのはあのライトがつく前しかない。9時5分になると計ったように(計ってるのだろう)消えるが、それまでが非常に不愉快極まりない。

その後仕事をして、夕方5時までにはスパッとやめる。いつの間にか外は晴れていた。
一休みしてからおでんの残りに火を入れ、サラダ菜をちぎって刻み野菜とでサラダを作り、ローストビーフとビール。三津子には好きだった卵豆腐も添えた。
昨日どうにも最悪だった体調は本調子ではないが、なあにこういうことはもう慣れっこだ。死ぬまで生きるだけだ。

酒だけではいけないので宮脇さんからいただいたパンを食べるが、これは天然酵母で有名な店のものらしく、焼かずにそのまま食べてもすこぶる美味で、さらに軽くトーストしてバターで食べると絶妙にうまい。ここまでうまいとビールのつまみにさえなる、と思って店の名をここに記載しようとしたのだが、食べきれない分はゆうちゃんに送ることにしたのでもう見られないのであった。

外はけっこう冷えたようで、風邪でもひいたらいけないと思い、玄関から続く廊下のドアを閉めてエアコンの暖房をつける。猫たちは暖かいのが嬉しいのか、それぞれ床とソファでごろりと手足を伸ばして寝ている。
シマが思い出したように顔を見上げて甘えに来るが、三津子が描いたかつての絵にそっくりな表情と佇まい。時計を見たら7:17、俺の誕生日だった。つまらぬ「偶然」だろう、それでも何となく幸福感に包まれる。
明日はもっと冷えるそうだ。
やまだ紫2004年限定カレンダーより
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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