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2009-12-08(Tue)

夢のあと

12月8日(火)

夢を見て起きた後、リビングのソファでそのままごろりとする。もう一回寝ようかとも思ったが、もう「朝」だ。
テレビでみのもんたの声を聞いているうちに眠くなりちょっとウトウトしたが、あまり寝られず。7時ころ着替えてコンビニへサンドイッチと昼の弁当を買いに出た。マスクに襟巻きと手袋をしたが寒く、インフルエンザも怖いが風邪も怖いと思いつつすぐに戻る。

帯状疱疹の痕は相変わらずで、もうとっくに皮膚の表面の痛みは取れてくる頃だと思うのだが、相変わらず痛い。もっとも入院していた頃最大に痛かったのと比べれば屁のようなものだが、日常生活を普通にこなしていると、常に気になってしょうがない痛みが存在している。
退院して十日以上経つのに大丈夫だろうか。疱疹の内部というよりケロイドになった表面の痛みのようだし、疱疹後神経痛って、これのことじゃないよな…と不思議に思う。

サンドイッチとコーヒーで朝食のあとは、またソファに転がってちょっと寝ようかとも思うが結局寝られず。
急がない仕事をゆっくり休み休みやりながら、昼の弁当を食べ、合間に猫のトイレ掃除でヘトヘトになったりしつつ、あっという間に日が暮れる。冬は日が短いのは当たり前だし、もう気が付いたら40回以上経験していることなのに、毎年季節の移ろいを実感するのは考えてみればおかしなことだ。おかしなことだけど、風流なことでもあり、日本人的な感性の源でもある。


陰膳夕方は5時過ぎにスパッと仕事をやめ、晩酌の支度。三津子の陰膳を作るのは自分のためでもある。買って来たものでもパックや容器のまんま並べるより、一手間二手間かけて盛りつけたり彼女の好きだった味つけにしたり、何かしら考えるのが日課。
団地で一緒になった頃から、彼女の料理でどれだけ幸福な時間を味わったことか。そう思えば、陰膳をつくる手間なんか何の苦労でもないし、それどころか自分自身の気持ちを上向かせる大事なことになっている。
思えば、俺は彼女に色々なことを教わった。
考えてみればそれはとても幸福なことで、今自分が死病を抱えて生きているということすら、別段たいしたことではないように思えてくる。

その後は晩酌も終えたころ、9時過ぎくらいからまた土鍋を出し、買ってあったシメジ舞茸しいたけエノキに白菜を出し、最後に豆腐を入れて鍋を9割方作ってしまう。
だが今日は食べない。
一日おいて、キノコからじゅうぶんダシが出たところで食べるのだ。ちなみにナメコは食べる直前に入れる。
明日が楽しみだ。
きのこ鍋
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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