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2009-12-15(Tue)

鶏ちゃんこ鍋

12月15日(火)

朝は7時過ぎに起きた。外は曇り。
朝のことを済ませて仕事の連絡をいくつか。食欲がなかったがカップのそば。
シャワーの時は風邪をひかぬように、いつもリビングを強めの暖房で暖めてから浴室暖房も入れてから入るのだが、リビングから浴室までの一瞬、玄関からの廊下を通るのが寒い。こればかりはどうしようもないか。
疱疹の傷はシャワーの湯が直接あたったり、そっとならさわっても大丈夫になったが、とてもとてもゴシゴシとタオルで洗える状態にはまだ遠い。ちょっと手の平でなでるようにするくらいが関の山。それにしてもひどい傷跡、というかケロイドが残った。小さい子どもに見せたら泣くレベルかな。
浴室で体を拭いてから着替えてすぐ、小走りでリビングへ入る。
疱疹部分はまだ下着のゴムがあたると痛いので、カバーするようにガーゼを巻いてテープで止めてから、下着をそっと被せるように履く。全くいちいち全てが面倒で仕方が無い。それからシャツをかぶせ、次にスエットをシャツの上に被せるかたちで履いて、トレーナーを着る。我が家は男の小用も座って行うので、トイレの度にこれを繰り返すわけだから、面倒極まりない。まったく因果な体になっちまったものだ。

その後じゅうぶん体も乾かし暖まってから、気温も上がってきた昼過ぎ着替えて出かける。
今日は所用があって行かねばならないところがあるので、完全防備で出る。用事は30分ほどで無事済んだので、郵便局経由でスーパーへ行き、4階で焼き網を買った。こないだ買い物に来た時、1階の食品売り場に餅が売ってたので係に「これを焼く網は…」と聞いたら済まなそうに「4階なんです」と言われたので、その日は諦めたのだった。
買った焼き網は餅を焼くために使うというより、三津子が好きだったヒレ酒を作るために買った。乾燥させたフグヒレを知り合いからいただいたのが真空パックであるので、それをあぶるための網だ。二人で晩酌をしていた頃に使っていたのは、円形で網目の細かいフッ素加工がしてある網だった。ガスの直火からの距離もほど良くて、じっくりあぶって燗酒に入れると天国のような味になったものだ。
三津子が死んでしまったあと、冷蔵庫の中のものやこの網も、もう二度と使うことはないと思って捨てた。ヒレ酒なんか金輪際作ることもないと思い、網も捨てた。
けれど今は、陰膳のため、「ふたりの晩酌」のためにもう一度、君の好きだったヒレ酒を作りたい。そう思って、「あの網」を買いに来たわけだが、売り場では残り最後の一枚だった。時節がら正月用に売れているのだろう。あって良かった。
同じ売り場に、前から探していた中くらいの花瓶もあった。特大、大、ミニと花瓶があるが程良い中くらいのが無かったので買う。それから下へ降りて、総菜や食材、三津子への花などを買って帰宅。書類カバンもあったのでけっこうな荷物になり、毎度のことながらしんどかった。
鶏ちゃんこ鍋
帰ってきて着替えて、花を買って来た花瓶へ活け、昼は買って来た弁当。
夕方は鶏ちゃんこ鍋を作った。
市販の鍋用だし汁を使ったら思ったような味ではなくガッカリしたが、野菜を入れて煮込んだあと鶏の肉だんご、手羽中、ササミを入れて味を調えたらまあまあうまくなった。晩酌は買って来たまぐろの切り落としと餃子に、鶏ちゃんこ鍋。
鍋を一人で食べるのは虚しいと思って来たけど、夫婦でと無理やり思うことにしている。陰膳を作るのはそのためだ。俺は一人ではない、と言い聞かせている。
夜は録画しておいたドラマJin−仁−」を二本続けて見たら12時になってしまった。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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