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2009-12-18(Fri)

「やまだ紫、41歳」

12月18日(金)

夕べはうっかりソファで寝てしまい、気が付いたら2時半過ぎ。風邪でもひいたらえらいこっちゃと思い、慌てて2階へ上がって寝た。
その後は浅く途切れ途切れの眠りで、結局朝は7時ころに起きる。外はいい天気だが、今朝はまた一段と気温が下がった様子。リビングに降りて夕べのものをかたして温度計を見ると19度台。床暖房をつけていて、その床から30cmもないところで、ちなみに前の日の朝は21度だった。
朝は昨日買っておいたサンドイッチとカフェオレ。その後はネットを見たあと、テレビを見る。寒そうだけどいい天気で、以前なら二人で「どっか行こうか」と言っていただろう、絶対。
もう外に散歩に行ったり、ついでにちょっとパチンコをやったり、ぶらぶら買い物をしたり、お寺や神社を訪ねたり…なんてことは二度とないかもな、と思う。一人では何をしてもつまらない…というか、何かをしようという気が起こらない。
眠いでも寒いでも、何気ないことを口に出し共有できる相手がいない。それがこれほどまでに寂しいかと、思い知る。仕方なくネットにつぶやいたり、日常をこうして記録したりする。
昼は弁当を暖めて、解凍しておいた筋子もちょびっと切って食べた。何せ筋子は白飯と組み合わさると「何杯でもいける強烈タッグ」の一組となるが、塩分が強いので食い過ぎには注意だ。

その後、メールで思潮社のFさんと打ち合わせで何度かやりとりをする。Fさんはやまだ紫の誌画集「樹のうえで猫がみている」の復刊を担当していただいている(『樹のうえで猫がみている』復刊打ち合わせ)。
来年の発刊にあわせて「現代詩手帖」で特集を組んで下さるそうで、代表の小田久郎さんにも高く評価をしていただいて、本当に感謝しかない。漫画界はともかく、「ことば」を大切にする詩壇から高く評価されているのは、やまだ紫という作家の勲章の一つだと思う。
単行本には既出の書評などを、特集には新規依頼の文章を掲載するという基本方針の確認のあと、親友だった詩人の井坂洋子さんが「樹のうえ…」について書いた書評はありませんか、と聞かれたので、とっさに思い出せずスクラップを探してみます、と送信した。
その直後、やまだ(三津子)が自分の本の書評や書いたコラムなどを切り取ったり、コピーしたものを集めたスクラップブックを探そうと手に取った。
「探す」というより、開いたところが「樹のうえで猫がみている」刊行時の書評だった。
ライターさんが書いてくれたもの、自分が著者インタビューに応えたもの、そして「トランヴェール」誌に井坂さんが書いてくれた書評のコピー。
探していた、『井坂洋子さんが「樹のうえ…」について書いた書評』がピンポイントで。
三津子が「はい、これ」と見せてくれたような、一瞬のことだった。

この当時うちにはスキャナもコピーもなく、感熱紙のFAXでコピーを取ったものが挟まっていて、退色してよく読めない。それを読み取って、トーンカーブで直接γ補正をかけたりして、何とか読めるレベルにしてメールに添付する。
90年のはじめ「クロワッサン」掲載のやまだ紫
同じスクラップブックにあった、当時著者インタビューをあちこちから受けた掲載誌の切り抜きから一枚、「クロワッサン」掲載の記事もスキャンして送った。
吉原幸子さん主宰の「現代詩ラ・メール」の1983年夏・創刊号から連載された、見開きの詩画「樹のうえで猫がみている」は、1990年の1月に筑摩書房から上製本として刊行された。なので、著者インタビューや各誌の書評記事などは、その年の年頭に出たものだろう。
この年、彼女は膵炎を胃炎と誤診されて、その後ずっと色々な病気、入院の連続につながっていった。
「クロワッサン」に掲載された写真の彼女は、とても40代とは思えない少女のような可愛らしい笑顔で微笑んでいる。ああ、これはまだ大病をする前だな、お互い若くて健康だった頃だな…。そう思うと懐かしさで切なくなる。
記事には「これが出るころには次女の高校受験が終わっている」と書いてある。

壮絶な暴力との戦いを離婚という形で終え、二人の子どもを漫画家という不安定な仕事で支えていた、彼女。そこに17歳も年下の若い男が狭い団地に同居することになった。ドラマや映画ではない、現実の話だった。子どもたちは出逢った頃は二人とも小学生だった。俺も三津子も若くて健康だった。狭い団地に4人と猫3匹、笑いの絶えない暮らしだった。
それから子どもたちは思春期を迎え「家庭」よりも外や友人・異性へと関心を向けはじめ、俺は編集者として忙しく駆け回ることになり、彼女は病を得ることになる、その直前。

色んな意味で、皆が全員「幸福な時期」であったと言えるかも知れない。
若さも健康も、命も、取り返しがつかないものだ。そして、若い頃はそれを疑いもしなかったのに、確実に失われるものだ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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