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2010-01-05(Tue)

月命日、「紫の石」・・・

1月5日(火)

夕べは12時過ぎに就寝、寝られそうだなと思ってテレビもつけずそのまま眠った。
次に目が醒めると朝7時過ぎ、ひさしぶりにぐっすり寝られた感じ。どうやら呼吸時の胸の痛みも弱い。ホンのかかりっぱなの風邪だっただろうか。それにしては痛かったが。
だいたい縦隔のリンパ節が腫れたって、そこが「痛む」ということはなかろう…と考えるが、どのみち今日は診察日で採血もあるので、起きて朝の支度。

疱疹部分には腹巻きをあて、ハイネックのセーターに襟巻きに革ジャケットを羽織り手袋マスクニット帽の完全防備で外に出る。
今年に入ってからマンションの敷地外に出るのは3日の夜にコンビニに行ったのと2回目。すぐにタクシーがつかまり、病院へもすいすい走って810円で到着。
病院の入口左手にあるドトールは若干混んでいたが、吹き抜けのある大きな受付フロアへ進むと、今日は少ないなという印象。

自動受付機から呼び出し端末をもらって、すぐ二階の採血へ行き、受付すると206番。上の掲示板の数字を見ると215になっていて、「すぐ採血室へお入り下さい」と言われた。やはり少ないのだな。
採血室へ入って椅子に座って2分くらいですぐ呼ばれ、いつものように右腕静脈から血を摂られる一部始終をガン見する。今日は試験管2本と少ない。
採血が終わったら、少なくとも分析結果の出る1時間ほどは絶対に呼ばれない。予約は10時半だったが時計を見ると9時半。じゃあ11時ころかな、と目算を立てて入口のドトールまで戻り、カフェラテとレタスドッグ。「ソーセージは新たに茹でるので7〜8分お待ちいただけますか」と言われた。急がないしその方がうまそうだしもちろん待つ。
ラテを飲んでぼーっとしていると5分ほどで出来上がって呼ばれたので、食べる。パンもサクッとしてて実にうまい。

それからまた2階へ上がり、いつもの吹き抜けを見下ろす椅子に腰掛けて、モバツイってみようと試みるが、なぜか俺のソフバン911Tからは投稿出来ず。しょうがなくモバツイ利用者だけの「ラウンジ」で「RTとQTの違いがわからない」という人の質問に答えただけで、眼下を行き交う人を眺める。

暇なのでマスク着用率をカウントしてみた。
最初の100人中、マスク着用者17人。
次の50人中、マスク8人。次の50人は13人で、合計200人中38人で19%という結果。しかしカウントをやめて眺めているとそんなに多くないという印象だ、おそらく10%くらいじゃなかろうか。
確かにインフルエンザは俺のような免疫力の低下した人には脅威だが、感染してもピンピンして歩き回っている人もいるだろう。その人は自覚がないんだから、マスクなどまず着用しない、そしてウィルスをまき散らす。
そういえば「新型インフルエンザのワクチンを接種した方がいいか」ということを今日は聞かねばと思い出す。前回、下のクリニックでI先生に「今度京大病院へ行ったら聞いておいて」と伺っていたのに、聞き忘れていた。
トイレへ行ったりウトウトしている間に携帯端末は順調に外待合→中待合へ、と指示を表示し、診察室の前に座ると中から前の患者が出て行き、その次が俺だった。

血液内科のI先生は開口一番「白取さん、どうされました?」と言うので、「あ、実は…」と、
ここ数日痰が出て、昨日の朝は呼吸時胸が痛かったこと、市販の感冒薬を飲んで安静にしていたらそれがピークだったようだということ、今痛みも熱も咳もないということ…を報告。
先生は「ああ…風邪ですか…でしょうね。CRPがハネあがってますから」とのこと。炎症反応だが、通常は1.0以下の数値が5台。念のため喉の奥を見ていただき、前後から呼吸音も聞いていただいた。
「それと肝臓の方の数値も少し上がってるのと、好中球数が増えていますが、それ以外は変わってないですね…」ということで、抗生物質をしばらく飲むようにと処方される。

新型インフルエンザワクチンの件を聞くときに「季節性のワクチンを接種したあと一週間後に帯状疱疹を発症したんですが因果関係はないんでしょうか」と言うと「それはありませんが」と一笑に付されて、
「インフルエンザもね、今ちょっとこう(流行のピークが下がって)きている様子とはいえ、白取さんの場合は免疫力が落ちていますから、暴露された場合(ウィルスのいる環境にさらされたら)確実に感染するでしょう。受けた方がいいですよ」とはっきり言われた。
やっぱりそうか、怖いな…と思いつつ、次回は3月でいいでしょうということで予約をもらい、採決結果と処方箋などを受け取り、御礼を言って辞す。

会計もスムースに運び、病院の正面玄関から出て、まっすぐ調剤薬局へ向かう。
今日は熊野神社へお参りをして、三津子の月命日なので花などの買い物をしてまっすぐ帰るつもり。ゆえにマンションの隣にある薬局ではなく、ここで貰ってしまうのだ。
薬局は混んでいた。とはいえ7〜8人くらいの待ち。処方箋を出して座るとすぐに局員の女性が近くに来て、「ザイロリックとビクロックスはジェネリック薬品がありまして、処方された先生からも許可が出ていますがどうされますか?」という。
そりゃあ効き目が同じなら安い方がいいので、ジェネリックでお願いした。
10分ほど待って受け取りに行くと、ザイロリック(尿酸値を下げる薬)はアイデイト、ビクロックス(帯状疱疹の抗ウィルス剤)はビルヘキサルにそれぞれ置き換わった。これで千円弱安くなるというから驚き。
さらに風邪に処方された抗生物質「クラビット」は「お使いになられたことありますか?」と言われたので「はい…」と答えて取り出された錠剤を見てびっくり。でかい! 見ると「500mg」と書いてある。「大きいですね」と言うと「凄く強いものになっていますので、必ず一日一回一錠だけ飲んで下さい。飲み忘れても二回分とか一遍に飲まないようにして下さいね」と言われた。

薬局を出て、丸太町に抜ける脇道を折れる。ここも近道に三津子と何度も通ったな…。喫茶レストラン「十両」にラーメン屋「第一旭」も入ったっけ…と思い出しつつ、熊野神社前に抜ける。
喪中の身なので、鳥居をくぐらずに脇の狭いところから境内に入る。もう新年も5日、参拝客は地元の人らしい一人だけだった。
賽銭を入れて鈴を鳴らして、二礼二拍手一礼。それから社務所でお札を貰い、おみくじを引く。
おみくじは「吉」と微妙ながら、自分には色々良く取れることが書いてあった。木の枝に結んで、東大路に抜ける。
それからスーパーで今日・明日のものを買い、三津子には菊とブーケ、薄紫の花を買ってタクシーで帰宅。12時過ぎだったか。
着替えて買い物をしまい、花を活けてすぐにマンション下のIクリニックへ電話すると、先生ご本人が出られた。今日のことを報告すると、「白取さんの場合は一回の接種でちゃんとした抗体が作られるか疑問なので、二回受けはった方がいいと思うんですよね」とのこと。とりあえず、来週に一回目の予約を入れていただいた。


その後、夕方になってメールをチェックすると、昔やまだ紫の担当だった新聞社のMさんからメールが来ていた。
何と、一昨年の夏に乳がんと転移が見つかり、余命宣告を受け、一年間闘病していたという。幸い薬が効き癌は縮小、車椅子だったのが少し走ることができるまでに回復し、昨年11月に職場復帰したとのこと。凄い! 知るとこちらも勇気を貰えるような気がする。
Mさんは闘病中だったので、やまだが亡くなったことを知らず、年末の新聞で見て驚いたそうだ。それからネットで俺のブログなども読んでいただいたとのこと。
Mさんはかってやまだが差し上げた「翡翠」を大切にして下さっているという。
「渡してくださった時の優しいお顔は今でも忘れられません。」
「ここ数年、何か悲しいことがあったとき、この石をにぎりしめると、ひやっとした感触とともに、心がとても澄んで力が湧くのを感じておりました。」

その内容に自分もハッとした。

三津子は翡翠や水晶など、いわゆる「パワーストーン」と呼ばれるものが好きだった。二人で長瀞や山梨へ日帰りで行った時も、観光そっちのけで石屋を見たりもした。
ただ「超常現象」がどうとか「未来が見える」とかいうことではなく、ただ石を「ぎゅっ」と握りしめると、とても気持ちが落ち着くし、その石の力を貰えるような気がすると言っていた。僕もよく仕事や些細なことでイライラしていると「はいコレ握って」と言われて渡されたものだ。
いつしか俺も感化され、貰った石をパソコンの横に置いて握ったりするようになったが、京都に引っ越してきてからは触った記憶がない。
そういえば、前のマンションに置いていた置物や招き猫、石などをまだ荷ほどきしていないものがたくさんある。結局二人で愛でる機会もなくなったので、そのままだ。

Mさんからのメールで真っ先に思い浮かんだのは、三津子が大切にしていた紫の石のことだった。そうだ、彼女の好きだった石を出して、供えよう。
そう思って二階へ上がって、電気をつけて「ここら辺かな」という足元に小箱があった。
三津子の字で「石、水晶」と書かれていた。もちろん引越の時に彼女が大事に荷造りをしたままで、ガムテープも開けていない。
ベッドに腰掛けてその箱を開けて探すが、見つからない。そこで視線を正面の本棚、彼女の著作をおさめたガラス戸の中に移すと、そこに鎮座していた。

「それじゃなくて、こっち…」

そうだ、この石だけは彼女が自分で本棚に置いたのだった…。
手で握ると少し重く、手の平に吸い付くような紫の石。まるで彼女の手を握っているような、すべすべとした握り心地。
そうだ、夕べ寝る前に右手を君が寝ていた場所へ差し出した。君はぎゅぅっとそれをよく握ってくれた。性も何も超越した二人の交歓。でも今、この手は虚しく空をさまようだけで、そのうちに寝てしまったのだ。
紫の石
石を握って「…むらさきの、石…」と声に出すと同時に涙が出た。

Mさんはメールに
「これからも、先生にいただいた翡翠をずっと大切にさせていただきます。
私もこの先、病気がどうなるかわかりませんが(ステージ4なので、立派な末期がん患者です!)、何かあれば、またこの石を握りしめようと思います。」と書いてくださった。

月命日に、こうしたかたちでの「再会」があるのも、きっと三津子の計らいだろう。
俺も紫の石を握りしめて、頑張ろう。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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