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2010-01-19(Tue)

やまだ紫ファンの方から明青さんの料理を「差し入れ」いただきました

1月19日(火)

このところ仕事が立て込んでいて、こまごまと忙しい。ただ本当に、こんな病気でも自宅で仕事が出来ることに感謝している。一日のうちでも体調の変化があるような人間、どこかへ毎日通勤したり一定時間拘束される仕事に就けるはずもない。
昨日の予報だと、今日から三日ばかし気温が十五度前後に上がり、暖かくなるそうだ。といっても一瞬で、また寒くなるらしい。

今朝はユキに7時ころ起こされた。
寒いのではなく、「早く起きろ」と言いたくて来たのだろうが、布団を上げて入れてやると入って来てゴロゴロ言いながら丸くなる。昨日遅かったのでそのままトロトロして、9時ころ起きる。
なるほどそういえばここしばらくよりは寒くない…と思ったが玄関脇のトイレへ行くため廊下のドアを開けたらやっぱり普通に朝は冷えたようだった。
朝のことを済ませて、コーヒーとホットドッグを食べて薬を飲む。あとはずっと仕事。

昼も作業中で面倒だったので、カップ麺で済ませながら仕事を続けていると、明青のおかあさんから電話。
「ちょっとお話があるので降りてきて貰えます?」とのこと、「だったらぜひ上がってって下さいよ」とお話して、部屋の猫の毛を取ったりダスキンモップをかけたり。
明青の渡辺さんご夫妻には、入院中も本当にお世話になった。無人の部屋で猫の世話などをしていただいたが、俺が居る時に上がっていただいたことはない。遠慮をされているのだと思うけれど、やまだも「うちに遊びに来てくれればいいのに」としょっちゅう話していたので。
数分でドアフォンが鳴り、出るとおかあさんはインターフォンで「やっぱりブーツやし、降りて来て」と言うので着替えて降りた。
マンション下のエントランスにある椅子にかけて貰うことにする。

おかあさんによると、先日遠く九州から「やまだ紫さんの大ファン」という男性のお客さんが来られたそうだ。拙ブログもご覧いただいており、たびたび登場する「やまだ紫が愛した店」である明青さんに一度伺いたかったということで、わざわざ来られたのだという。
楽しく飲んで帰られたそうで何よりだったが、最後に
「やまだ先生のお好きだったものをぜひ、ご主人に届けてあげて下さい」
と言付けて帰られたそうだ。
やまだが好きだったふぐの「とうとうみ」(皮とその下に薄く身のついた部分)の網焼き、手羽中の唐揚げ、ポテトサラダに近江牛の塩焼き。今日はお店がお休みなので、こうして届けに来ていただいた。
「差し入れ」を下さった方はファンというだけで、お名前も告げられずにお帰りになったそうです。ありがとうございます、夫婦でご馳走になります。

何度か書いているように、明青さんの料理は突き出しから何でもおいしくて、俺たち夫婦は定番のものから季節の旬のものまで、本当に楽しませていただいた。とても一人で伺うことは出来ない意気地のない自分に、こうしたお気遣いをいただいて、ありがたいやら申し訳ないやらで、明青さんにも御礼を言うけれども、おかあさんは「いやいや私らはお届けしてるだけですし」と笑う。
そのうえ、「はい、また紫をイメージして」とお花のアレンジもいただいて、いつも本当にありがたい。

・・・やまだ紫…俺にとっては妻である三津子が逝ってしまってから、たびたび親交のあった方やファンの方まで、このように「食品」をご送付いただくこともある。ありがとうございます、しかしお気遣いはもうこれ以上なさらずに。
毎日いい加減なものを食べ、泣き暮らしていると思われていた時期もあった。
いや実際、ともすればどうしようもない大きな悲しみ、虚無感、いや絶望に近い感情に襲われる。説明するのは難しい、自分の愛する最も大きなもの…そう言えば「他者」になるからそうではない、自分の一部でもなく半分でもなく、自分に重なっていた魂のようなものが抜けてしまった感じがずっとある。
もちろん理性でフタをして、毎日お茶を淹れ線香を立て手を合わせ、話しかけて、夕方には陰膳を添えて一緒に晩酌をする、毎日毎日毎晩毎晩そうしている。その一連の行為を「儀式化」してしまうことで、何とか感情のうねり、起伏を抑え込もうとしている。そう、自分でちゃんと解っている。
だから、油断すると時々その「解っている自分」が「そんなことしていても、彼女はもう二度と現れないのだ、話すことも、触れることも、できないのだ」と教える。教えられると我に返り、彼女を失ったという「現実」に直面して感情を抑えきれなくなる。
油断というのはフとした瞬間に彼女の名残を見つけたり、思いがけず彼女の「よすが」に触れてしまったりした時だ。その時、日常極力抑えていたものが一気にあふれ出す。

色々な方に励まされ心配され、気遣っていただいて本当に感謝しております。
相変わらず「嫌がらせ」もあります、それは俺に生きていられては困る筋からだと解っているし、コミュとやら、つまり影に隠れてコソコソやってたり話をしていても、必ず漏れ聞こえてくる。
「やまださん、ボクやまださんのためだったら何でもしますから、言ってください!」
などと、昔は満面の笑みでやまだに向かっていた人間が、手の平を返し冷笑を浮かべ、無視をする。
俺はそいつらを絶対に赦さないし、やまだも赦さないだろう。それに、もう、彼女に赦される機会は永遠に失われたのだ。

だがそのような連中はもう居ないものとして、俺は残された時間を有効に使う。励まし、応援してくれる人のために、死ぬまで生きる。

夕方からは思潮社さんの「現代詩手帖」3月号でのやまだ紫追悼特集のため、彼女の書肆データを入力する作業。全ての著作からタイトル・版元はもちろん定価にISBN、頁数や造本・内容まで。これは全ての本が手元にあり、調べながらの作業なので数時間がアッという間に経過。

陰膳
夜は明青さんのお料理を、ありがたく「夫婦で」ご馳走になります。

白身の刺身はうちで用意、右がふぐのとうとうみ、真ん中がポテトサラダ

カリッと香ばしくジューシーな手羽中の唐揚げ

近江牛の塩焼きはこの後焼きます
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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