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2010-06-15(Tue)

入院2日目

雨。
朝は5時くらいに目が覚めてしまったので、早々に洗顔歯磨きなどを済ませる。朝のニュースワイドはサッカー、昨夜の試合結果でもちきり、日本は結局あのままリードを守りきって勝ったのだけど、Vを見ると後半のカメルーンの猛攻はもの凄かったようだ。日本の惜しいチャンスもあったが、カメルーンに3点くらい入れられててもおかしくない場面もあったという。まあしかしよく頑張ったものだ。

さてこの日はレントゲンに加えて心電図、さらに元々診ていただいていた血液内科のI先生の診察があるということ。「今日は忙しいわねえ」と年配の看護婦さんに言われる。またシャトルバスで行くのかと思ったら、レントゲンと心電図まではこちらの病棟内で出来るそうだ。
午前中にまずレントゲンがあったので、帰りがけに売店に寄って入れ忘れていた箱ティッシュにお茶、水などを買う。自分の場合元の病気の典型的な症状(盗汗)もあるが、元々暑がりだし汗かきのせいもあって、水分補給は必須。

その後昨日処置してくれた時に指導していた方の若い医師が来てくれ、やはり肺はうまく膨らんでいるので、引き続きこのまま様子を見ましょうとのこと。ただしレントゲンでは肺の中に丸い影がいくつかあり、それが何なのかということと、縦隔のリンパ節の腫脹がかなり大きいので、そのあたりは一度CTを造影剤を使って撮ってから、血液内科の先生とも相談したうえで評価したい、ということだった。

病室で仕事をしていると「どうですか」と執刀した研修医が様子を見に来てくれたので、世間話のように肺真菌症の方は可能性はないかと聞くと、血液の他の数値などを見ても、そういう所見はないとは思いますが、まだ詳しい結果は出ていないので…とのことだった。とにかくずっと続いていた嫌な咳、痰は劇的に減ったのはありがたい。痰はまだ寝起きに少し出るのだが、その後日中痰が出ることは数回程度に減った。なので悪い方へは行っていないだろう、と前向きに考えることにする。

午後は心電図に呼ばれ、看護婦さんが車椅子で連れてってくれる。ベッド上での酸素、移動時共に数字は「1」。酸素吸入とすれば最小限のレベルだ。「じゃあここでお待ち下さいね」と言われて検査室のドア前で待たされたが、中から若い検査技師と老人が何やら会話をしているのが聞こえる。普通の会話みたいな受け答えをしているのだが、時折「ハイッ、じゃあ行きますよ、ハイイイイイイイ!(かなり大声)」みたいな気合いを入れた「何か」が数度行われ、その行為が何であるかが全く検討がつかず、俺の頭上には『?』マークがいくつも浮かんでいたと思う。「じゃあ今日はこれくらいにしておきましょうか」という声が聞こえ、ドアが開くと若い技師(?)が普通におじいさんを車椅子に載せて出てきた。リハビリだろうか、一体何が行われていたのだろう。

俺の心電図は、ベッドに仰向けになり、手足心臓周辺をアルコール消毒された後、器具をてきぱきと装着されてすぐに終了。胸腔への挿管部の痛みはロキソニンが効いているので、安静にしていればほぼ無痛、時折鈍痛がする程度。ただしこうして椅子から立ち上がったり、ベッド上で体を起こしたりする時、つまり腹部から胸部に力や圧がかかるときに、かなりきつい痛みがある。(まあそんなの帯状疱疹に比べれば以下略)心電図を取るためには車椅子から降りて横になる、終わったらそこから体を起こしてまた車椅子に戻る、これがけっこうしんどかった。

その後、病室に戻ると看護婦さんが来て、血液内科のI先生はわざわざこちらの病棟へ来て下さるということが判り、俺はバス移動をせずに病室で待っていれば良いということだった。申し訳ないというか有り難い気持ち。
それから看護婦さんが体拭きの熱いタオルを持って来てくれた。背中は自分では拭けないので、拭いてもらうと気持ちがいい。念のため鼠蹊部などは自分で拭きました。さらに髪も洗面所でシャンプーしてもらって、気持ちがよかった。風呂に入りたいがしばらくは仕方ない。

6時ころ夕飯が来て「さあ食べよう」と思ったところでI先生がドレーンを挿管してくれた研修医と一緒に病室に来られる。俺の顔を見るなり「大変ですねえ」と言われたので「はあ…」とお互い苦笑する感じ。
I先生は縦隔のリンパに関しては、元々大きかったしさほど変化はないので問題ないのではということと、元の病気に関しては(採血などの数値からも)「大きな動き」は見あたらないので、とにかく今回のこと=気胸は呼吸器でしっかり治してもらいましょう、とのこと。気になる肺の影に関しては、やはり造影CTを撮ってみないと今の段階では何とも言えないという。これに関してちょっと暗い不安が残るが、まあ今の段階であれこれ悪い想像をしても、何も変わらない。

I先生が帰られた後、夕飯をもりもり食う。とにかく元の病気は仕方ない。あとは病院で規則正しい生活をし、出されたものを喰ってればいいことは経験で解っている。
その後、指先で測る酸素の数値を見ていて、鼻チューブの酸素吸入は安静時は取ってもいいんじゃないですかねえ、と男性の看護士が言うので、試しに取って測ってみると、93。俺が「ああ、やっぱりまだダメですねえ」と言うと、微妙なところだというので先生に聞いてみますよ、と言ってくれた。
だが後で結局「まだ0.5だけ安静時も吸っとくように」ということだった。安静時と動作時では酸素の消費量が違うし、ふらふらして倒れたら大変だということなので仕方ない。
ちなみにベッド脇から伸びた酸素チューブから安静時0.5、トイレなどに立ち歩く時はポータブルのボンベから1と、チューブの接続先を変えて鼻から吸引中。

夜はテレビのバラエティ番組を久しぶりにはしごする。そういやあんまりテレビ見なくなったなあ、と思いつつ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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