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2010-06-21(Mon)

カンファレンス

さて今日から新しい週が始まり、連休明けで病棟はバタバタと活気が…という感じでは全然ない。

だんだんと事情が解ってくるわけだけど、俺の入院しているこの病棟は、膠原病内科・糖尿内科・呼吸器内科(いまここ)と3科合同の入院患者が入っているのだが、免疫の関連、あるいは呼吸器でも感染症(結核など)の人はドアが閉められた反対側の病棟に隔離されていて、俺の居る側の周囲は生活習慣病であるところの糖尿病(つまり2型)の患者が多い。
それも重篤な合併症で治療中…というよりはのんびりと血糖コントロールのために入院している人、若年性糖尿なのかかなりの体格の若い女性、あとはほとんどがご老人。去年、俺が帯状疱疹で入院した病棟は血液・腫瘍内科と「老人科」だかの合同病棟だったので、とにかく老人が何かというとナースコールで看護婦さんを呼びつけ、ひっきりなしにバタバタ…という騒々しいところだった。
けれどここは同じように老人が多いものの、そういう光景はこの一週間、ほとんど見られない。何となくのんびりしているというか、のどかというか静かなものだ。ゆえに、廊下で会話する医師や看護婦さんの声がよく通るほど、静かな病棟である。

さて俺の居る相部屋、相方さんは俺よりも若く、入院してきた時とはうって変わってすっかり元気そうで大声で騒々しい患者なわけだが、筒抜けなので聞こえてしまう看護婦さんとの会話を聞くに、どうやら2型の糖尿らしい。ということは、入院時同じエレベータでぐったりと横たわっていた時は低血糖発作でも起こしたのだろうか。
とにかく地声がデカく一家そろって賑やかで、病棟が静かなだけに隣の病室(といってもカーテン一枚だが)でかける携帯の声もかなり耳障りであるのだが、そのことには全くイライラしないし腹が立たないのが自分でも不思議である。

連れ合いである三津子を亡くして一年、先月の月命日から、ふたり一緒にいるという一体感が生まれた。彼女はとても忍耐強く、生真面目で穏和な人だった。俺はむしろその逆で、うまいこと中和されたのかも知れない。
まあ他者への怒りや憎しみなどはあまり自分の体にはよろしくないわけで、そろそろヤバくなってきた体がそのように反応しているのかも知れない。まあ色んな意味でヤバくなってきているのは解る、俺の体と命。確かにここまで来て他人のことなど気にしている場合ではない。

朝6時前に目が覚め、そのままトイレと洗顔歯磨き。今日も相変わらず、外はどんよりと曇っている。少し風もあるか。
窓を開けてみたが、これはダメだ、蒸す。やはり閉めてクーラーのままにする。
それから昨日の仕事の転送を調べると、途中で止まっていたのでがっくり脱力。どうやら複数のFTPソフトを立ち上げ同時に送信をしているのがいけないらしく、再びモバイル端末を接続し、1つ1つ順番に転送をかける。それらも2時間ほどで全て終了。

ちょうど作業が終わった8時前に朝食が来たが、今日は採血があるのでしばらくおあずけ。幸い10分ほどで看護婦さんが来てくれたので、6本ほど血を取ったあと朝食。
その後体拭きをして、昼前にシャンプーを持って自分でシャワーをしに行く。洗面台の端がシャワーになっていて、勝手に使っても良いかと聞いたらどうぞ、というので自分で頭を洗う。気持ちいい。看護婦詰め所(この病院ではナースステーション、とは言わず「詰め所」と言うようだ)でドライヤを借りて、髪を乾かして終了。さっぱりした。

11時過ぎ、ドレーン挿管をしてくれた研修医の先生がまた来てくれて、鉗子で胸腔からチェストに伸びているチューブを挟んで、いったん止める。それで一日様子を見るそうだ。胸腔とチューブが止められているところまで、また水というか液体が溜まるが、それは検査に出して、胸のレントゲンを撮り、異常が無ければ抜管する方向で…と説明を受ける。

あとは「何か心配なことなどありますか」と言うので、CTの嫌な影…袋状のものと縦隔腫瘍の話になるが、それらはやはり造影MRIとPETで調べた上、その先どうするかということは血液の先生と相談して…とのことで状況に変化なし。
まず、今のように胸腔に挿管したままだと感染のリスクもあるので、気胸を治療しドレーンを抜くということを優先するという。管が抜けてしまえば恐らくすぐ退院できるはず、検査は外来でも可能ですし、とのこと。まあ不安はあるのだが、いつまでも猫たちの世話を明青の渡辺さんにお願いし続けておくのもつらい。

その後4時前になって同じ研修医が再び病室に来て、「ちょうどI先生が来られたので、よろしければ病状について説明しますが今いいですか」というので、もちろん承諾してカンファレンス室へ行く。I先生というのは入院した時に挿管などの処置を担当した研修医と若い医師のさらに上の先生だ。
カンファレンス室に入ると、すでに俺のレントゲン写真が見られるようになっていた。今日撮影したものと、先日撮影した胸部レントゲン、さらに2年前のCTで撮った断層写真もあった。横のPCには若いN先生が座っており、その後ろに研修医が立ち、間もなく担当の看護婦さんも入ってきた。

さて結論から言うと、まず縦隔にある「腫瘍」は、白血病が原発の「リンパ節の腫れ」ではない可能性もあるのでは、ということ。つまり、縦隔に腫瘍がある、しかも2年前よりやや大きくなっている…ということが懸念の一つだ。血液腫瘍、特にリンパ腫などで全身にあるリンパ節があちこち大きく腫れることはよく聞くが、俺の場合はどうもそういうタイプの病気ではないし、2年前より若干ではあるが大きくなっていることは懸念材料であると。

もう一つは、肺の中に多数、袋のようなものが出来ているということ。レントゲンでは水玉模様のように見えたいくつかの「輪っか」のように見えた例のアレである。しかしN先生がPCを操作し電子カルテから先日の造影CTの画像を呼び出してモニタで見せてもらうと、断層写真ではそれらの「水玉模様」が実は一つ一つ、袋状の空間であることがはっきりと解る。
仮に白血病で全身のリンパ節が膨れることはあるとしても、肺の中にこうした「空洞」が、しかもけっこうな数出来るということはちょっと考えにくいという。
今回の気胸も、それらの空洞の一つが破けるかしたときに、肺に穴を開けた可能性もある。だとすれば今回の気胸が治ったとしても、今後それら一つ一つが肺に穴を開けたり、肺の中ではじけたりする恐れがあるということになる。

I先生は全く表情を変えないまま、「こうしたレントゲンも画像ですし、CTの断層写真にしても結局画像でしかないので、ここにこんなものがあります、ということしか解りません。ではそれが何なのかというのは」と言うので、
「摘出とかですか」と聞くと「そうですね、それも一つですし、あるいは針を刺して組織を取るなりして検査に出さないと、解りません」と言われる。
またこうした腫瘍にしても、穴というか袋なのか、そういうモノが全身を調べて他の部位にもないかも調べないと、例えば脳内に出来た場合などは「命に関わりますから」ということ。

それらも含めて、こちらとしては詳しく調べようと思う、一度気胸が治ったら退院してもいいが、また検査のために外来に来たり、その結果また入院手続きだ何だとなると慌ただしいでしょうから、「このまま引き続き…」と勧められた。
こちらも何だかモヤモヤしたまま、それもいつ肺にまた穴が開くか解らん、あるいは他の臓器に何か変なモノが出来てないかというような不安な状況で暮らすのも嫌なので、引き続き調べていただくよう、お願いした。
とてもブルーな気分に落ち込んだわけだが、I先生は終始全く表情を変えぬままで、一通り説明していただいたあとで「…他、何かありますか」と言われたので、思い切ってぶっちゃけてみる。
「縦隔にある『腫瘍』が、もしあの大きさで悪性・つまり癌であり、最悪肺の中に見つかったいくつかのモノがそれの転移したものだとしたら、もう絶望的ですよねえ」と聞いてみると、先生はそれでも全く表情を変えずに
「いえ、そうとも限りません。確かに縦隔にある腫瘍が原発で、それが肺へ散っているということであれば進行性・転移性の肺がんということになりますが、それでも治療方法は色々ありますから」と言われるが、その状態がどんなものかくらい、さすがに素人の俺でもよく知っている。

とにかく今この段階では「何であるか」も解っていないし、縦隔の腫瘍はこれまで基礎疾患=リンパ性白血病の一症状としてのリンパ腫かと俺は思ってきたと言うと、「そういうことがあるのかどうか、血液の先生とも相談しますが、この際おっしゃるように万が一悪性の腫瘍だとまずいので、早めにちゃんと調べた方がいいでしょう」ということになる。

仮に白血病とは別に発生した新たな悪性腫瘍だった場合、じゃあ過酷な治療なり手術なりを受けるのか。それによって以後のQOLはどうなるのか。そういう色々と切実な人生の選択をするにあたっても、とにかくまずは「何なのか」解らなければ何も判断のしようがない。

説明はそれで終わり、先生方に礼を言って部屋を出ると、立ち会っていた看護婦さんがカンファレンス室からそのまま病室までついて来てくれ、しばらく話に付き合ってくれた。恐らく少なからず動揺しているであろう、そのケアを…と考えてくれているのだと思う。表情が「気の毒に」と物語っている。
しかし俺は一度白血病の告知と、結果的に違ったとはいえ余命宣告も受けている。さらに、自分が死ぬより辛い体験…最愛の人を失うという経験もしている。

もう、何を言われてもあんまり驚かない。というか、驚けない。

なので笑いながらアタマをかきつつ「いやあ、まさかあんなことになってるとは、ねえ」と言うと、看護婦さんも「でもまだね、悪性と決まったわけじゃないですからね、腫瘍といっても良性の場合もたくさんありますからね」と言われて、そういえば連れ合いの三津子も生前、腫瘍があると言われて腎臓をとってみたら良性の脂肪腫だったことがあった、という話をする。
また俺は若い頃から嚢胞が出来やすく、皮下、それも耳の裏や首周りによく大きいのが出来て、それが破裂すると血膿がドロドロに出たりして大変だったと言うと、そういうものが出来やすい体質なのかも知れない、だから悪性と決まったわけじゃないですよ、と励まされた。
あと「説明はご家族にもされた方がいいんでしたら、しますし…」というので、実家は北海道だし身内は皆関東なので、全部自分が一人で聞きますから問題ないです、と話す。検査結果、診断、告知でも何でも全部一人で受け止め、決断し、立ち向かうしかない。
いずれにしても退院はMRIやらPETやらが来週だから、少なくとも来週いっぱいは無理ということになったわけか。
明青さんに猫たちの世話をお願いしているのが心苦しい。
病気は一人で受け止められても、猫たちの世話は結局他人さまの力を借りないとどうしようもない。
やれやれ、大変なことになっちまったもんだ。
だが、生きているうちは生きることを頑張る。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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