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2010-06-22(Tue)

これから検査漬け

夕べは消灯後も立て込んでいた仕事を続けて、終わってデータの転送をかけて寝よう…としたら割合サクサク転送が進んだので、終了を見届けてから12時ころ寝る。
朝は6時過ぎまでうとうと、外は曇り。

今日はようやく「本物の」個室が開くというので、洗顔などの後軽く身の回りを整理しておく。朝食後テレビを見ていると、10時前にレントゲンに呼ばれて下へ降りる。今日はおっちゃんたちと3名待ちだったが、撮影自体一人あたり数秒なのでサクサク進行。帰りに売店でマウスウォッシュとお茶などを買って戻る。

しばらくすると「個室が空いたので移動しましょう」ということで、身の回りのものやバッグ類などをカートに乗せ、503号室へ移動。ベッドはこれまでのものをそのまま移動した。個室にベッドを入れると北向きで北枕になったが、そういった「縁起」などもうどうでもいい。
何よりこれまでに比べて圧倒的に静かになり、それが一番助かる。騒々しかったお隣さんとの相部屋もまあそれなりに失笑したり苦笑したりで別段極めて不快というレベルではなかったが、いちいちヘッドフォンでテレビを見なくてもいいし、向こうが気を遣わなくてもこっちは音などに気を遣っていたのが無くなるわけで、自分の病気に向き合うことに集中できる。
その後落ち着いていると研修医が来て、採血をさせて欲しいとのこと。昨日カンファレンスで見せてもらった造影CTの断層写真の件だが、縦隔の腫瘍に関しては血液の先生とも話して、5年前からあるものだし、若干大きくはなっているが、緊急性はないのでは…ということになったそうだ。ふう、まずはホッと一息。

しかし問題は両肺にたくさんみられる丸い塊。これは「袋」状の「穴」だそうで、要するに肺の中に原因不明の空洞がいくつも出来ている・しかもそれは2年前には無かった所見、ということになる。こういう肺に空間が出来てしまう病気の代表的なものというと「結核」があるが、おそらく見た感じもこれまでの各種検査結果からも99%無いとは思うが、念のため結核にかかっていないか調べる、という目的の採血だ。
結核にかかると普通は高熱が出たり喀血をしたりするわけだが、自分の場合咳はずっと続いたが熱は一貫して出たことはないし、血痰は出たがそれも血が混じるという程度なので、いわゆる結核の典型例とは違う。

しかし、であれば逆に「じゃあ何だこれ」ということになる。
左右両方の肺の中に、1cmくらいの空洞がいくつも、とくに背中側に多く存在するという。今回入院のきっかけになった気胸が治っても、そんな空洞がいくつもあったのではそこからまた穴が空いたりする可能性もある。
当初予定では今日いっぱいで恐らくドレーンが抜かれるはずで、肺も膨らんでいるので気胸自体はそれで問題なく退院…だったはずが、気管支に内視鏡を入れて、直接その穴の状況を見たり、組織を採ったりしようということになった。さらに来週は、全身の他の臓器に危険な腫瘍が出来ていないか、あるいは肺に出来たような妙なものがないかどうかを調べるため、造影MRIとPET検査をするのは昨日決めた通り。
こちらも肺の中が穴だらけというのも気持ちが悪いので、調べていただく方がありがたい。退院は先に伸びてしまうが、こればかりは仕方ない…。

昼飯を食べた後ワイドショーを見ていると、12時半ころ明青の渡辺さんご夫妻が病室に来てくれた。
午前中に区役所に行く用事があるので、その前にマンションで猫のご飯と水を替えて、郵便物も持って行くと連絡してくれていたのだが、本当にいつもいつも申し訳ない限り。カステラをお見舞いにいただいたりして、恐縮しきり。
椅子をお勧めしたが「いいよいいよ、すぐ帰るし」と言って、お二人とも立ったまま。こちらが経過と今後の日程をざっと説明すると、ご主人は「でも思ったよりお元気そうで安心しましたよ」と言って下さる。「そんなわけでもうちょっとかかりそうで…」と言うと、「何かあったらいつでも言って、また来週来ますから」と言って戴いた。お二人は十分弱ですぐに帰られたが、本当に感謝の一語しかない。有り難く申し訳なく情けなく色々思うけれども、ここはご厚意に甘える以外に俺にはどうしようもないのだ。

6時夕飯、もちろん完食。6時半を過ぎた頃、研修医が来てくれたのでいよいよ抜管かと思ったら、「今日のレントゲンの結果ですが、やっぱりまだちょっと穴が塞がりきってないみたいなんですよ」と残念そうな顔。
ありゃりゃ。「じゃあ今日の抜管は…」と言うと「…そうですね、もうちょっと先ですね」とのこと。
とりあえず、いったんクランプは中断するということで、チェストの方に2カ所止めてあった鉗子を外す。チューブには30cmくらいの幅で胸腔から出た黄色い液体が溜まっていたので、それを研修医がチェストにターッと流すと、胸腔から新たにドバドバと同じ液体が流れ出てきて、アッという間にまた同じ量がチューブに溜まった。
研修医は「ちょっと待ってくださいね」と言って出ていき、すぐに挿管の指導をした若い医師=N先生を伴って戻ってきた。
N先生は「24時間クランプしてこの量?」と聞いて落ち着いた様子。それから、出てる液体を調べるために抜き取る方法を話し合い、俺には「一回これで明日まで様子を見て、明日またクランプしてみましょう」と言って、二人とも出て行った。

俺はドレーンのチューブをじっと見ていたが、フと今チューブに停滞している胸水をまたチェストに流したらどうなるのかなと思い、ベッドに半身を起こしてチューブを持って液を流してみると、同じ速度で胸腔からまたダーッと勢いよく胸水が流れ出てきた。これにはさすがにビビッた。これっていわゆる「肺に水が溜まる」ってやつじゃないの?
クランプというのはもちろん胸腔に突っ込んである管から伸びた液抜きのチューブを、液を溜めるチェストの手前で鉗子で遮断すること。
つまり通常に近い状況に試験的に戻して様子を見ていたわけだが、チューブの遮断を解除したら流れ出てきた液体は見た目けっこうな量で、胸腔にこれだけの水が溜まっていたのかと思うと少し気持ちが悪い。

もう先生がたは出て行ってしまった後だったので、また大量に水が出るようなら一応報告しないとな…と思い、デジカメをムービーにして、もう一度チューブの液体をチェストに流し込む様子を撮影。再び胸腔からゴバゴバと大量の液体が…と思ったら、それ以上あまり出てこなかった。ホッとしたような、拍子抜けしたような。まあ出ない方がいいに決まっているが。
あとクランプされた後、入院前のような細かい咳が出だし、今日はけっこうケンケンときつかったのだが、クランプを解除されたらほぼ出なくなった。これもどういうことなのか、素人的にはやはり穴が塞がりきっていないそうなので、クランプされた=気胸状態に戻ったということだろうか。
体温を測ってみると、37.5℃とまた微熱もある。ロキソニンを飲もうかとも思ったが痛みはないし、躊躇したあと、とりあえず飲まずにおとなしく安静にしておく。

それからベッドでぼーっとテレビを眺めていると、8時過ぎに看護婦さんが来て検温の指示。その時にクランプ中断後の大量の液の話をし、また咳が出始めた説明を…というところで研修医が入ってきたので、ちょうどいいのでそれらの状況を話す。
普通は胸水が溜まる場合はしばらくドレーンを入れたまま様子を見るそうで、徐々に減っていくそうなのだが、こんなにダダ漏れみたいに水が出る状態でいいんだろうか。
いずれにしてもまだ肺の穴が塞がりきっていないので、それによって咳が出たのでしょう、ということ。ただ入院時のように大きく漏れて肺がひしゃげているような状態ではなく、少し漏れているという感じという。
なのでまた頃合いを見てクランプをし、様子を見る…ということらしい。研修医は明後日の造影CTの説明をしに来てくれたそうで、また同意書にサイン。何度もやっているが、決まりなのでその都度説明と同意が必要なのだ。

その後、しばらく今後の検査の説明をしてくれ、いつ何の検査をする予定か書きましょうと言って紙に記入して渡してくれた。

24日、腹部造影CT。28日、気管支鏡。30日、頭部造影MRI。7月1日、PET…。

「検査検査で申し訳ないんですけれど」と言われるが、こちらとしても他の部位に余計なものが出来ていないか調べて貰わないと安心できない。その後こちらの病気の発覚からの経緯なども含めて色々話を聞いてくれるが、昼間聞いたように、血液内科のI先生とも相談した結果、縦隔の腫瘍に関しては大きくなったとはいえ、5年間ほぼ変化もなく血液の状況も横ばいなので、今回は胸部を開いて摘出などの大きなことはしない方がいいということになったのは、ホッと一安心したと話す。
俺が「もしあれが悪性の腫瘍で、5年前にあったんだったら今頃…」と言うと研修医君も「ええ、そうですね。それにもしあれがいわゆる肺がんであった場合は確実にお亡く…」と言うので俺も「今頃こうして生きてないですよね」と笑う。

とにかく何度も繰り返しているように、今一番心配なのは、肺にたくさん見つかった「穴」だ。レントゲンは影絵のようなものなので解りづらいが、断層写真で見せられたら一目瞭然、肺の内部にたくさん「それ」があった。詳しく見た医師団によれば、肺の背中側に一番多く、しかも肺の表面に近いものもあるという。つまり今の気胸状態が治っても、その後その穴というか袋というか、そこからまた空気が漏れる=同じことになる恐れがあるわけだ。また、肺以外に出来ていないかも精査する必要がある。
「脳なんかに出来てたら大変ですしね」と言うと、「あ、そういうことはないとは思いますが、ないということを証明するための排除目的の(頭部MRI)検査と理解していただければ」とのこと。ないならないでいいがもしあったら大変なので念のため、という意味だ。

とにかく「それ」が他の場所にないかを調べるために腹部や頭部の断層写真を撮り、「それ」が何であるか組織を調べるために気管支鏡を入れ、万が一悪性のものがないかPETをする…という極めて論理的な検査日程だ。説明をきちんと受けて理解をすれば、検査漬けといってもむしろ安心、である。
ただ検査のための「メシ抜き」が何度かあるのはつらい…と冗談を言うと「申し訳ないですねえ」と笑われる。

気胸の穴がなかなか塞がりにくいのは、俺の身体の再生能力が落ちているからかも知れないな。あまり塞がりにくい場合は、先日看護婦さんから聞いたように、自分の血液を採って胸腔に流し込み、身体を15分おきに姿勢を変えて血液を延ばし、凝固させて塞ぐという方法もある。自己血による癒着方法であるが、それもやれてもせいぜい3度までで、俺の場合あれだけ穴があると手術をして塞ぐということも最終的にはあり得るかも知れない、とのこと。

その場合はざっくり胸を縦に切られて、結局縦隔の腫瘍もついでとばかりごっそり取られることになる。そこまで至るかどうか、とにかくまずは検査してもらうしかない。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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