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2010-06-23(Wed)

スナック菓子

薄曇り。朝は6時過ぎに起床。午前中はガーゼ交換と体拭き。看護婦さんの確認やバイタルなどの他は検査もなく、こういう日は退屈だ。昼前に売店に降りて飲料を買うついでに目にとまった「じゃがりこ」を買う。実はこれを買う、というより食べるのは初めてだと思う。だいたい評判を聞くとうまいらしいということは知っていたので食べてみると、思っていたより固かった。
5年前に函館の旧友が送ってくれた「じゃがポックル」のフライドポテトかよ、という激ウマ食感を想像していたのだが、違うよなやっぱり。ここ数年スナック菓子は普段ほとんど食べなくなっていたのに、入院して3度の薄味の食事以外何もないという状況になると、無性に食べたくなる。止まらなくなりそうだったので3〜4本でやめた。

昼はチキンライスだったが、これまた味が薄め。どうにもこう、欲求不満というかやるせなというか、じれったい気持ちになる。何しろ肺以外は(基礎疾患のことは忘れると)すこぶる平常なので、食欲は人並みにあるわけだしそれくらいしか楽しみもない。しかし出てくるものは病人向けの極めて健康的な塩分控えめの食事。
こうなるととんこつラーメンとか焼き肉とか、濃い味のものをガッツリ食べたいという欲求が沸くのだけど、それらを食べるのは無理。よって甘いチョコだのしょっぱいスナック菓子だのに食指が動く。
テレビをつけていると、時々グルメレポートみたいなものとか、CMでも食べ物のものに目が行ってしょうがない。けっこう生き死にの瀬戸際にいる割には自分でも呑気なもんだと思う。
その後看護婦さんが明日の腹部造影CT検査の紙を持って来て、「時間が夕方の4時15分だったので、お昼は普通に食べてもらって大丈夫ですよ」とのこと。
うはー、良かった、本当に良かった。検査のために飯抜きというのが実は今、一番辛かったりするのだ。
その後少しうとうとしたりしていたら、精華大で助手をしながら出版エージェントのような仕事もしているG君が突然見舞いに来てくれた。ツイッターで「予告」していた通り、「三ツ矢サイダーとスナック菓子」を持って来てくれ、「じゃがりこ」も入っていたので思わず笑う。
G君は台湾からの留学生で、精華大にマンガ学部が出来る前から学生として通い、院生となり、今は大学の助手のようなことをしながら、出版エージェントの仕事をしたり、本を出したりと忙しくしている。
彼は俺よりも先に、4年前に大学で教え始めた連れ合い…やまだ紫と顔見知りとなって、仲良くなっていた。俺も東京へ戻った彼女から彼の話を聞いたりしていたし、その頃何度か京都へ一緒に出かけた時に顔を合わせていた。夫婦で京都に引っ越しをしてからは研究室や外でばったり顔を合わせたりもしていて、やまだが「今度うちへ遊びに来なさい、ご馳走してあげるから飲もうよ」なんて言っていたものだった。
その後、やまだは去年5月に亡くなってしまい、その約束は果たされなかった。
今年に入って高取英さんのお誘いで一度一緒に外で呑んだとき、俺が「やまだが居れば良かったね」と話すと、G君は少し涙ぐんで「そうですね、本当に」と言ってくれた。

ベッドの横の椅子に座って貰い、彼が今動いていることや、徴兵のために一度帰国しなければいけないこと、漫画のことや編集のことなど色々話は尽きなかった。後半はこちらが80年代や90年代の「ガロ」の話をしたりして引き留めてしまったか。1時間以上経って、G君は帰って行った。

その後夕飯のあと、残っていた昼間のじゃがりこを食べ始めたらやはり止まらなくなり、結局食べてしまった。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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