--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010-06-29(Tue)

お世話になります・・・

夕べは一日中眠だるかった挙げ句、11時前には寝てしまった。
夜中2時半ころトイレに立ち、ドレーン挿管部がやけに痛んだのでロキソニンを飲み、また寝る。その後は6時半にバイタルが来るまでほぼ熟睡。前の日からちょっと寝すぎだと思うのだが、どういう案配なんだろう。

朝、バイタルに来た看護婦さんがチューブに溜まっていた胸水を「水槽」に流し込んでくれるが、流すと胸からまた流れてきて、それを流すとまた胸から出てくる。110ccくらい溜まってたか。大丈夫なのかと思うが、これくらいなら普通とのこと。
朝食の後もなぜかだるく、挿管部が痛い。
先日、まる2日消毒・ガーゼ交換がなく、いくら何でも大丈夫かなと思いこちらからお願いして交換してもらった時、はがされたガーゼから嫌な臭いがした。いわゆる化膿の時の「あの臭い」で、それから痛みが出るようになったのだが…。
そもそもこの気胸治療目的の胸腔ドレナージは通常、一週間から十日ほどで抜くものらしいので、二週間以上こうして入れていること自体が感染のリスクを高めていると言える。加えて俺自身が免疫力の低下で感染リスクの高い状態にいるわけで、この状態はよろしくないということは素人でも解る。

その後9時半ころH研修医が看護婦さんと来てくれて、ガーゼ交換。その時にそういったことを聞くと、確かにもう2週間以上になるので、もう抜いた方がいいというのと、同時に呼吸器外科の方へ(手術を見越して)移った方がいいんじゃないか、という意見。昨日の気管支鏡、それと明日は脳のMRI、明後日はPETがあるが、それらで基礎疾患以外に特段異変が無ければ、もう肺へ集中ということになる。
ということは、嚢胞=ブラが多数出来てしまっている以上、外科で開胸のうえ、全てカバーしてもらえば以後再発に怯えずにも済むし、唯一大きくなっている縦隔腫瘍も取ってしまえる、と。まあいいことづくめなので、恐らくそうなると思います、とも言われる。
ガーゼ交換と消毒自体はやはりもの凄く痛かった。消毒が「しみて痛い」という感覚は、当初は無かったことだし、挿管部はそろそろ限界に近づいているような気がする。というか自分で解る。

しばらくするとH研修医が戻ってきて、昨日気管支鏡を操作してくれたI先生がたまたまカルテを記入していたので見せてもらったところ、もう呼吸器外科の方へは照会を済ませてくれていたそうだ。もちろんその前に検査結果の評価も含めて説明があると思うが、手術は早いほうがいいに越したことはない。一番早いと金曜依頼で火曜手術ということもあったそうだが、執刀する先生のスケジュール次第なので何とも言えないとのこと。

今日はもともと血液内科のI先生の外来診察予約日だったが、入院したのでこの南西病棟から中央棟の外来まで行くということになっていた。看護婦さんから10:35のバスで中央棟へ向かうことになると聞いていたので、それまでネットでニュースなどを見て時間つぶし。
しかし10時半を過ぎても迎えが来ないので不安になって詰め所へ行くと「あああ、もう、すぐ行きましょう!」というので大騒ぎ。
しかし幸い下へ降りるとバスは遅れていて、まだみんな待っていた。

シャトルバスで中央棟へ着き、車椅子に座ったまま水槽のスタンドを前にして自分で支え、全体を助手さんに押してもらうかたちで移動。2階の血液内科の外来受付に用紙を渡して、診察室の前で待つ。助手の人は「待ってましょうか」と言ってくれたが、どれくらいか解らないのでいいですよ、と言って待っていると、前の人が5分ほどで出て来て、すぐI先生が顔を出して、通りかかった看護婦と一緒に部屋へ入れてくれた。

「大変でしたねえ」と言われ、「はあ…」と答えながら、以前もこんなことがあったような気がするな、と思う。「昨日も大変な検査(気管支鏡)があったようで…」と言われて思わず「ええ、出来れば二度とやりたくないです…」などというやりとりの後、呼吸器内科の先生がたと今日までの間に色々話した内容、伺った所見などを説明する。

I先生は俺の基礎疾患つまり白血病そのものは血液の状態を見る限り大きく変化しているわけではないということ、ただ血小板が少し増えているのと貧血傾向が若干進んだのが気になるけれども、昨日の検査やドレナージ中であることなどを考慮して、病気が変化したとは言いにくいという所見。
さらにはっきりと断言されたのは、脾臓を除けば唯一白血病で顕著な変化と言える縦隔の腫瘍だが、2年で少し大きくなったとはいえ、今回の気胸や肺の疾患には無関係です、ということ。

こちらも、嚢胞=ブラが肺の中に多数出来ているので、今のところ他の部位に出来ていないか、またどこかに新たな病気がないかということを検査中で、基礎疾患に変化がなければ肺の治療に集中する旨了解してます、その場合は恐らく開胸手術になるらしいです、と話す。
I先生は「そういう嚢胞は切除するのかと思ったら、今は塞ぐことが出来るんですねえ」と感心していた。
呼吸器内科的には自己血を癒着させて外からコーティングする方法があるが、それだと確実性に欠けること、何度か再発することが多いこと、癒着の回数が多ければ、結局手術となった場合にやりにくくなることなどを考慮して、ブラが多数ある以上再発は間違いないので、ならば最初からもっとも確実で再発の可能性の低い方法=開胸手術をしてもらった方がいいと思いました、と話す。
ただ手術となると元の病気による身体の状態など、血液内科の先生つまりI先生とご相談しないといけませんし、と話すと、I先生も
「結論から言えば、今のところ手術をしても問題ないと思います」とのこと。
重篤な免疫抑制や極端な血小板の減少などが起きていないので、大丈夫だろうということで、そこはまず一安心。
また「そうなると近々に呼吸器外科に移ることになりますが」と話すと「こちらもなるべく様子を見に行きましょう」と言って下さる。俺が「同じ棟になるんですよね」と言うと「あっそうか、1階違うだけですね、そりゃ好都合ですね」と笑っていた。
血液内科も呼吸器外科も、今度完成した新棟(任天堂の山内さんの寄付で建設)に病棟が移転済で、確かに先生方の連絡にも都合がよさそう。
まあこういうことも含めて、「流れ」というものがあって、それに逆らわずに従っていけば悪いことはあるまい。

10分ほどで診察室の外へ車椅子を移動してもらい、あとはお迎えが来るのを待つ。10分ほど待っても誰も来ないので、受付までスタンドを転がして歩いて行き、呼んでもらい、再び車椅子に座って待つ。間もなく助手の人が来てくれ、「次のバスが満員で行っちゃったんですよ、なので次まで待ってて下さいね」と言って正面玄関の入り口脇に止めてくれた。
そこで十数分ぼーっと待っているとシャトルバス到着。
降りてきた見覚えのある助手さんが見つけてくれたので、バスにリフトで車椅子&スタンドごと乗り込む。すぐに発車となったが、他の人が全然来ないので「?」と思ってたら、運転手のKさん苦笑しつつ「何か車椅子が5台とか言うてるし、そんな乗れへんし、とにかく一回このまま南西(病棟)行っちゃいますわ」と言って貸し切り状態で病棟へ戻ってくれた。
連絡を受けて待っていた助手さんが5階まで連れてってくれ、病室に戻ると12時5分前。
すぐに昼食が来る。スパゲティにブロッコリーサラダにフルーツヨーグルトに、なぜかご飯。名古屋の喫茶店のモーニングか。もちろんご飯は残した。

その後1時ころ、明青の渡辺さんご夫婦が病室に来てくださった。
お見舞いにと花と巻き寿司、お稲荷さんにスイカ!!まで。うひゃあめっちゃ嬉しいです! 家のポストに溜まっていた郵便物や、買い置きしてあったペットボトルの飲み物も「買い物とかいちいち大変でしょうから」と数本持参いただいて、もう、本当に恐縮と感謝以外にありません。
火曜日は定休日、つまりお二人にとって貴重な休日なのに、わざわざご足労いただいて、申し訳ない限りです。
おかあさんは「猫たちは元気だから心配しないで」とのこと。ただやはり寂しいのか、ユキはひどく甘えるという。今日は座っていただいて、これまでの経過と今後の予定をお話して「申し訳ありませんが手術になると、また少し退院が伸びると思いますが…」と正直にお伝えする。
猫を飼ったことのある人なら解るだろうけれど、猫のトイレ掃除は存外重労働である。猫自体に体臭がほとんどなく(むしろいい匂い=猫くさい)、早いうちに去勢・避妊を済ませておけば発情してあちこちにスプレーをする粗相もしない。
決まったところでしてくれるわけだが、それらがこの上なく臭い。とくにこの季節は部屋の中も網戸にして出ていってもらっているとはいえ、臭いも籠もるだろうし、汗だくの作業だと思う。
そんな作業をまたしばらくお願いしないとならず、かといって他にお願いする宛があるわけでもなく、ただただひたすらに申し訳ない限り。今回手術を断り強引に退院しようとすれば出来る、けれども必ず、残った嚢胞=ブラが100%気胸を再発させる。そうなれば結局その都度ご迷惑をおかけすることになるので、最初に思い切って大きい手術を受けてしまえば、その後はとりあえずは基礎疾患に集中して気をつけて静かに暮らせばいい。
そうして健康体ではないものの、また元気になって恩返しをする、それが「前向き」ということだと考えた。自分の身内にあてがない以上、こうしてご厚意にすがるしか選択肢がないのが現状、だとしたら今後その迷惑をおかけする回数をこれを機会に減らす…。

おかあさんは「白取さんは何でも一人で受け止めて一人で決断してってせなあかんし、手術ってなっても戻ってきても誰もおらへんていうんじゃあれやろし…」と心配して下さる。で「手術の間でもお母さんに出て来て貰ったら」とも言われるが、最近体調を崩しているのと、向こうは向こうで病気の猫の世話(糖尿で水を大量にがぶがぶ飲んではあちこちで下痢をしてまわるという最悪の状態らしい)をしていて、要するに全く頼れないわけで、本当に申し訳ありません、とお願いするしかないのが情けない現状。

そんな話をして頭を下げていると、看護婦さんがレントゲンで呼ばれたと知らせに来たので、3人で下へ降りて、病棟の入口で再びお礼を言いつつ、お二人を見送った。
もうこのお二人にはどれだけ感謝してもしきれないのだけど、とりあえず今はこの状況から抜け出してまた家に戻って生活をする、それだけを目標に踏ん張るしかない。そうしてまたお店へ伺い、元気な顔を見せて少しでも売上げに貢献しよう。(京都へお越しの際は下鴨高木町の明青へゼヒ! 前もって予約しておけば完璧! 何から何までうまい、大満足請け合い!)

レントゲンの後は部屋に戻って身体拭き。ついでに頭を自分でシャンプーした。着替えもしてさっぱりしたところでシーツ交換。もちろん風呂にざぶんと浸かりたいが、当分無理そうだ。普通の身体なら何ということのない習慣や作業とも呼べぬ動作一つ一つに制限がかかり、フと冷静に考えるととんでもない極限状態にあるのかも知らんと思う。

白血病告知、一時は余命宣告を受け入院。
幸い進行が遅く無治療様子見で退院、しかし繰り返す胆石発作の地獄の痛み。
その間も連れ合いは元々病弱だったせいもあるが吐血して入院。
ようやく夫婦二人で京都へ来て安寧な暮らしを…と引っ越したと思ったら胆嚢摘出手術。
やれやれ今度こそもう大丈夫と思ったら、その後たった一年で連れ合いが急死。
奈落の底に突き落とされたような慟哭の日々。
これ以上のストレスは人生であり得ないという中で、帯状疱疹の劇症化による入院一ヶ月。
退院したと思ったら半年後に肺に穴が開いて入院。
すぐ退院かと思ったら肺の中は穴だらけで、どうやら開胸手術になりそう…
というのが「今ここ」ってやつだ。

こう客観的に書いてっただけで普通の人なら「こいつ終わってるじゃん」と思うだろうし、思われても反論できない。
けれど人間、極限も長く続くと慣れてくるもので、こんな状況にいても「そういやそろそろ洗濯もしなきゃな」「でもいっつも誰かしら使ってんだよな」「あ、洗剤買わなきゃ、また下に降りるの嫌だな」などと些末なことを気に病んでいたりする。

改めて、健康というものは本当に何モノにも代え難いと切実に思う。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。