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2010-06-30(Wed)

頭部MRI

夕べはサッカーW杯、日本の敗戦を見てから寝たので、朝は6時半までぐっすり。
トイレから戻ってくると、夜中に何度か見に来た(サッカーを、ではなく様子を)若い男性看護士と廊下で会うと「負けちゃいましたねえ」と言ってくる。
その後部屋で洗顔などするが、どうにも挿管部が痛い。ゆっくり動いて、ベッドに戻って動かないようにするが、喉がごろごろして痰を出すと血痰。うーん、気管支鏡の影響がまだ残っているのか。
朝食のあとしばらくすると、昨日でなかった便通がある。マグミットのおかげでやや固めながら後続はすんなり。水分はけっこう採っているのに、もしマグミット無しだったらと思うとゾッとする。

今日は午前中レントゲン、午後はバスで中央棟へ行って造影MRIとバタバタするので、その後はパソコンで仕事を片付けておいた。検査そのものは10分なり15分なりで済んでも、移動時間、待ち時間、シャトルバスの待ち時間と戻ってくる移動でだいたい早くてもたっぷり1時間は潰れる。
と、作業を開始したら9時過ぎにH研修医と看護婦さんが来て、消毒とガーゼ交換。やはりちょっと挿管部の皮膚が膿んでいるので、念入りに消毒。縫合した部分もピンセットでつまんだりしつつよく消毒してくれるのだが、これが痛いこと。さらに生食でたんねんに洗い、再びイソジンスティックで消毒し、ガーゼ交換。この程度の痛みなどもはや何てことはない…はずはなく、痛いものは痛い。

仕事の後はどうせ昼飯は検査のため抜きだからと、ひたすら寝る。うとうと…と思ったら割合すんなり寝られてしまって、自分でもびっくり。時々看護婦さんの出入りで起こされつつ、1時過ぎまで寝たり醒めたり。
1時半ころ、H研修医が来てクランプ終了。「今朝のレントゲンどうでしたか」と聞くと「やっぱりまだちょっとだけ漏れてるみたいなんですよ」とのこと。なのでクランプ終了でも抜管はなし。がっかり。
ただ、期間的にもう抜きたいことは抜きたいのだけど、もしここでドレナージを終了して、そこから外科へ移り手術の日程待ちの間にもしまた気胸が発生した場合、再び胸腔にぶすりとあの激痛が走るドレーンをブチ込まねばならないわけで、であればこのまま消毒に気をつけつついっぺんに外科で対応してもらった方が安全確実ではないか、とのこと。
というわけで鉗子が外されるが、前のクランプ終了時のようにダバダバと胸水が流れ出てくることはなく、少し黄色い水が出て来ただけだった。ただ、これだけドレナージも長くなると、先が詰まってくることもあるので、一概に水が止まったといえるわけではないそう。
その後看護婦さんが来てバイタル、「残念でしたねえ」と言われる。24時間点滴は何回か経験しているが、あれはあれで煩わしく熟睡できないものだ。ドレナージは太さがケタ違いなのと完全に寝返りが制限されるが、なぜかあれよりは熟睡できるのは不思議。手首と胸の差なのか、よく解らない。

とにかくもうしばらくこのぶっといチューブと水槽は身体から離せないわけか。そう思いつつまたベッドに背をもたれかけていると、こないだ気管支鏡を操作してくれたI先生が来られて、検査の説明をしていただく。
まず、レントゲンやCTでもはっきり見られた穴というか嚢胞の部分の組織に関しては、はっきり言ってうまく採れたかどうか解らないということ。というのは「ここが採れれば」というところへ到達し操作すると俺がかなり痛がったので、基本的にそういう場合は無理に採取はしないという。なので気になるところいくつか別なところを試みたが、あとは検査結果を待つ、とのこと。
もう一つは、一番大きな管、つまり気管の内壁に一部赤い隆起が見られ、もちろん通常は見られないものなのでそこもつまんで採取した、と。これも組織検査に出して結果が出ないと解らないということ。これはちょっと怖い。
で、縦隔の腫瘍に関しては悪性ではないと断言は出来ないが、胸水の検査結果などからも、「今のところ」細菌や癌性のものは出ていない、ということ。
これらを踏まえて、その他の検査結果と総合的に判断して今後のことを決める…というあたりで看護婦さんが「そろそろMRIに行くのでバスに…」と呼びに来て、中断。そのまま俺は財布や受付用紙、同意書などを持って車椅子に乗せられて下へ降りる。

MRIは15時ちょうどからで、シャトルバスは14時35分南西病棟着。5分近く余裕を持って降りたはずが、なかなかバスが来ない。看護婦さんと世間話をしていると5分ほど遅れて到着。すぐに乗り込んで…と思ったら、入り口外で待たされた。どうやらもう一人の車椅子の患者が降りてこないらしい。結局忘れてたようで10分ほど遅れてようやく降りてきたので、全体としては20分遅れて出発。
それにしても、その都度待たされ車椅子をリフトで搬入し固定し運転し…と、運転手のKさんも汗だくでフル回転。その上待たされてやきもき、よくキレないものだ。他の患者は明らかに「とっとと降りて待ってろよボケ」という険しい顔をしていた。遅れてきたおばちゃんは涼しい顔。まあこれは看護婦さんか助手さんのミスだけど、予定は患者も聞いているんだから「そろそろじゃないの」くらい声をかけるべきなのだが。

外来棟の正面玄関に着き、助手さんに地下のMRI受付へ連れてって貰い、待合で待つよう言われて数分。すぐに呼ばれて、中待合へ移動。財布や時計やメガネ、指輪を預け、サンダルも履き替えさせられ、説明と問診を受ける。MRIは経験済みということで簡略化された形式的なもの。不織布の帽子で髪を覆い耳栓をして、検査室へ。
今回はドレーンチェスト=水槽は点滴スタンドから外して、車椅子の足受けに置いて両足で挟んで支える形で持って来た。なので手提げバッグのように移動可能。検査台に仰向けになり、水槽は両足の間に立てて支えるかたちで検査に入る。

検査は頭部MRIなので、頭を器具に収め、タオルでがっちり両頬の隙間も埋めて固定され、さらに仮面ライダーの目の部分が抜けているようなヘルメット様のものを全面にカパッと嵌められた。その体勢で頭から狭い空間へ入っていく。
MRIはCTと違って「ビーンビーン」とか「ビュワワワ」とか、けっこう耳障りな電子音がひっきりなしに響く。脳を撮影していると思しきその長いセットが終わると、それらの音と共に不快な振動で身体が小刻みに揺れる。種類の違う振動が何度かあり、いったん検査台が外に戻る。そこで左腕静脈に造影剤注入。
CTの造影剤と違って金玉が熱くなるようなことはなく、特に変化なし。そのまま再び狭い穴の中へ検査台ごと頭から入れられ、最初の「ビーンビーン」のセットを繰り返す。このままあの不快な振動のセットに移動するのだな、と思ってたら「はい、これで終了ですよー」と言われて拍子抜け。
ただこの検査は前にも思ったが、閉所恐怖症の人は絶対ダメだろうし精神的に不安定な人もきっとダメだろうな、と思った。

検査室を車椅子で出てサンダルを履き替え私物を貰っている間に助手さんが迎えに来てくれて、MRIの係の人が「次のバスに間に合いそうやね」と言うので、「ちょっと急ぎ気味で行きますね」と玄関まで移動。検査は20分くらいで終わったようだった。
バスの時間前に無事正面玄関まで着いたが、どうやらバスが遅れている模様。というか俺がこちらへ向かったバスの時点で20分遅れていたわけで、玉突きでそら遅れてるわな、と納得。助手さんにそう話すと「今の時間帯は検査とかリハビリの人でけっこう混むんですよ」とのこと。いや時間忘れてて遅れた人のせいなんすけどね。
その間助手のおばちゃんが「ご家族も大変でしょう」と言うので、これこれこうでたった一人です、と言うと絶句されてしまった。「それはそれは…」と言う顔に「お気の毒に」と書いてある。俺もそう思う。でも仕方ないし。幸い、京都にも助けて下さる人もいる。むしろそのことを感謝したい。

15分ほど遅れてバスは到着。運転手のKさんに「歩けないわけじゃないので、混んだら座席移れますよ」と言うと「うーん、今やったら大丈夫じゃないかなあ」というので、とりあえず車椅子のままリフトで入れて貰う。俺の後にはもう一人よく喋るおっさんが車椅子で搬入され、そのまま南病棟へ向かった。
すると車椅子のおばちゃんがもう一人待っていた。Kさん申し訳なさそうに俺を見たので「いいですよ」と言って左の補助椅子のような座席へ水槽を持って移動。俺の車椅子は畳まれて脇へ固定、後ろのおっさんが入れ替わりに進んできて、後ろに空いた空間におばちゃんが車椅子ごと搬入され、助手さん一人が乗って出発。
南西病棟へ着くと5階の看護婦さんが待っててくれたので、とりあえず「水槽」だけカバンのようにぶら下げて一人で降りる。車椅子がある旨伝えて、売店で洗濯用の洗剤とマウスウォッシュ、テレビカードを買って病室へ戻った。本当は外来棟の下のローソンへ行きたかったのだがしょうがない。
点滴スタンドに再び「水槽」を固定してもらって一息ついた後、明青の渡辺さんにいただいたカステラを開けた。何しろ昼飯抜きで4時過ぎまで来てしまったので、何か胃に入れないと気持ちが悪いほど。カステラはちゃんと一口大に切れているもので、こういうところも細かい配慮がありがたい。病室に道具を使わないと食べられないものをお見舞いに持ってくるというのは、意外と貰う方は大変だったりするのをちゃんとご存知なのだ。
ペットボトルのお茶を飲んで、カステラを一切れ。う、うまい。卵の味が濃くて甘い。ありがたく噛みしめるが、何せ空腹なので立て続けに3切れも食べてしまった。今満腹になると今度は夕飯が入らなくなるので、あとはおやつに取っておこう…。

さて検査検査の日々だが、一応予定としては明日朝のPETが最後。
これはもちろん、癌などの悪性腫瘍は栄養として糖を集めるので、それを利用して糖が全身のどこに集まるかを見る検査。なので検査前数時間から食事はもちろん、糖分の入った飲料も一切禁止。うっかり冷蔵庫のアイスティで朝の薬を飲んだりしないように、と看護婦さんに釘を刺される。うっかりしそうなので紙に書いておいた。
いい年をして紙に「朝、薬は水で!」とか大書した紙を置いとくのも情けないが、習慣というものは恐ろしく、「○○はダメなんだよな」と復唱しつつ、そのダメなことをする寸前ということもよくある話。
先日H研修医から聞いた話によると、PET検査前禁食だというのにこっそり「赤福」を食べたのがバレて、検査が台無しというか強制送還になったおばちゃんがいたそうだ。俺が笑うとH君は「いやでも解りますよ、糖尿で甘い物を制限されてた鬱憤が爆発したんでしょうね」と気の毒そうな顔をしていた。解るが、いくら何でも検査前に爆発させんでも。
そういえば、連れ合いがよく入退院をしていた頃、同室のおばちゃん(糖尿患者)が先生が去ったとたん、隠し持っていた羊羹を一本食いしたのを目撃したと笑っていたのを思い出す。
病院は悲喜こもごも、人生の交差点。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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