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2005-05-17(Tue)

雑記20050517「アルコール依存症厚生施設」とか

■吾妻ひでおさんの「失踪日記」を読んだから、ではないが(それもややあり)、都内某所にあるアルコール依存症の厚生施設を持つ病院へ取材に出かけた。

Iという看護士の方に話を伺うことになっていたが、30分ほど早く着いたので、病院内の中庭のようなところでしばらく待つことにする。そこへ至る病棟間の谷間のような通路にタバコの販売機や売店がある一角があり、タバコが切れたので買おうと販売機へ行った。通路やベンチなど、病院の敷地内にはところどころに患者がたむろしていたり、歩いていたりする。タバコの販売機の前には二、三人の患者が立っていて、一人目はタバコを買うとすぐに立ち去り、次の男性患者がなかなかタバコを買わずに立っている。横には若い…といっても30過ぎくらいの女性患者が順番を待っている。男性は販売機の前でたたずむだけで、「どれでも同じなんだよな」と言っている。買うのか買わないのか、待たされているこちらは早くして欲しいのだけど、そのそぶりは見せぬように静かに待つ。病院では患者が最も優先されるべき存在であるからだ。

関係ないが見舞い客で多いのが、自分が見舞いに来た相手にだけは配慮するが、それ以外の患者の迷惑を考えずに大声で話す、小さな子供を病室内に連れてきて騒がせる、廊下ではリハビリ中の患者の妨げになるような歩き方をする、エレベータに患者を押しのけて出入りするなど、病院内で患者のストレッサーになってしまう者がいる。見舞いに来ておきながら、結局周囲の患者の「ストレス」を増やしていることで、本末転倒になっていることに気付いていない。いまだに病室内で携帯の着メロを響かせたり、大声で通話している者がけっこうな数、いる。

その男性患者はいつも自分が買うタバコは決まってるだろう、けれど一向にお金を入れてボタンを押し、購入するという行動に出ないで、ただ販売機の前に立っている。どれだか認識できないのだろうか、と不安に思っていると、横で待っていた女性患者が「どれ?」と聞くと「キャビン、赤いの」と言うので、女性が千円札を受け取ってボタンを押して買ってあげていた。しかしその女性は自分の段になると、コインを入れる手がふるえてなかなか入らず、そのうち時間切れになってボタンを押してもタバコが出てこない。返却口にコインは戻されているのだが、それに気付くまでかなり時間がかかり、再度それを震える手で入れて、ようやく買っていた。ようやく俺の番になり、タバコを買えたのは数分後だった。

病院の中庭に出ると、ここは解放病棟なのか患者たちが十人ずつくらいのチームになって、キックベースボールの試合をしていた。若い茶髪にピアスという男性患者も混じっているし、いかにもという酒焼けしたおじさんも多い。時間があるのでベンチに座ってタバコを吸いながら、しばらくその試合の様子を眺めることにした。天気が良く、気温は木陰だとちょっと肌寒いくらいだが、陽射しは思ったより強い。日が当たっている腕の部分だけが暑いくらいだ。患者たちはワイワイと元気よく楽しそうに試合に興じているが、その周囲の病棟の古い建物の窓には鉄格子がはめてあり、右手の新しい病棟には一面出窓のようになっているが、一度蹴ったボールがかなり強く当たったがボン、と鈍い音がして弾き返したから、強化ガラスなのだろうか。いずれにしてもここに入院している患者の多くは、程度の差はあれアルコール依存症の患者だということを伺わせる。和気藹々と時折女性の患者も参加したり、看護婦さんや女医さんも笑顔で観戦したりしている。

俺が座ったのは右手の一番外側のベンチだが、左手のベンチにはたくさんの患者たちが座って観戦していて、ぐるりと中庭を囲むように配置されたベンチには、それぞれかなり大作りな灰皿がいくつも備えてある。実際見ていると患者たちの喫煙率もかなり高いと見た。病院は普通患者だけではなく一般来訪者の喫煙にも厳しくなってきているのだが、アルコールへの依存を断ち切ろうとしている患者たちに、ニコチンへの依存までを強制的に禁止するのは逆効果ということなのかも知れない。

そうこうしているうちに時間になったので、窓口で取材予約した旨を話して、しばらく待つ。30分近く経って、若い男性看護士が来て、小部屋に通された。その看護士さんが予約したIという人だった。Iさんは挨拶もそこそこに、まずアルコール依存症というものについての基本的な説明をしてくれる。アルコール依存症というものがまず「病気」であることをしっかりと認識してもらいたいこと。この「病気」に完治というものはなく、飲酒つまりアルコールの摂取を断っていても、一度罹患した患者には、常に飲酒欲求が影のように付きまとい、何かのきっかけで再び飲酒を始めると、その影がチラチラと表側に侵食を始め、やがては本人を影が覆い尽くしてしまうようになるということ。

何年も断酒に成功していた人が、「もう大丈夫」と付き合いの酒の席に同席し、最初は「皆遠慮しないで飲んで」と言ってウーロン茶などで済ませているが、この病気を知らぬ人が「もう大丈夫なんだろう? 一杯くらいどうだ」としつこく勧める。断りきれずに一杯だけ口をつける。久々の酒はやっぱりうまい。しかし節度を守ってそれでやめる。この「経験」が、依存症という「影」が再び自分を覆うことへの第一歩であることにはもちろん気付いていない。患者は数日経って、「あの時みんなが周りであれだけ飲んでいたのに、自分は一杯だけで済ませることができた。それから今まで、飲まないでいられた。つまり自分は依存症を克服できているのだ」と過信する。「あの時一杯でやめられたから大丈夫」と、再び一杯口にする。それがしばらくすると一杯ではやめられなくなる。そして飲酒の間隔、日数が狭まってくる。この時にはもう、黒い影は全面にこの人を覆っているのだが、本人は「節度を守っている」と思っている。気付いた時には毎日けっこうな量を飲酒している。一度治療を受け、断酒に成功しているから、かなり肝臓の機能も回復している。だからアルコールは最初のうちはよく分解されるし、調子も悪くならない。なので「飲めて」しまう。だが習慣的飲酒が復活してしまってからは、静かに着実に肝臓が蝕まれていっている。そして、次に病院へ運び込まれた時は、依存症の度合いも、肝臓、あるいはその他の臓器の具合も、前よりも悪くなっている…。

依存症は心の病とも言える。心の病が肉体に重大な影響を与えることの一つの典型とも言えるだろう。喫煙もニコチン摂取への依存だし、もちろん健康にいいわけがない。周囲にも副流煙という被害を撒き散らす。アルコール依存は確実に肝臓をはじめとする臓器へダメージを与えるのは言うまでもないが、Iさんの「家族をはじめ、周囲も巻き込んで進んでいく」という言葉が印象的だった。周囲に依存症を伝染させるという意味ではない。家族にはもちろん精神的な苦痛やストレス、場合によっては暴力などの物理的な苦痛をも与えるだろうし、例えば会社員でも、酒の匂いをさせながら営業に出て取引先を怒らせるなどという事例は、勤務している会社に「信用を失う」実害を与えるという見方もできるということだ。

ただ、この病気は、飲酒をしている状態のアルコール依存症患者と、飲酒をしていない状態、あるいはする前の正常なその人とを分けて見てあげるべきだという。患者はある日から、依存症という「荷物」を背負い込んでしまった。その荷物を背負った状態の人を見て、周囲は非難したり嫌悪したり、忌避したりもする。けれど、患者は依存症という重い荷物を背負って苦しんでいると考え、その荷物を持ってあげることは出来ないにしても、支えてあげたり軽くする手伝いをしてあげて欲しい、と。なるほど、とは思うが、現実に依存症患者を持つ家族や友人にとって、それは簡単なことではないだろう。吾妻さんの「失踪日記」は明るく描いてあるし家族の深刻な状態や心情には敢えて触れていない。だが本人の苦しみだけでは済まないのがこの病気だし、全ての病気は本人の苦しみと同時にその人を愛する者の苦しみでもあるのだ。

Iさんが言うには、この病院への入院や受診は強制ではないので、自分が治療を受けたいと思ったら来院すること、またカウンセリングは無料なので、受けたい時にはいつでも来ていいということだった。だが残念なことに、依存症を克服したと過信して、受診しなくなり重篤な状態になってから搬送される人も多いという。

人は何かに依存しないと生きていけないものかも知れない、だがそれが確実に健康を犯すものであった場合、「自分が納得しているんだからいいだろう」「放っといてくれ」では済まないのが現実問題だ。
帰り道、天気とは裏腹に気持ちが沈んでしまった。考えさせられる取材であった。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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