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2010-07-02(Fri)

来週水曜手術、決まる

夕べはブログをアップした後でふと携帯を見ると、なぜか充電器に接続しているのに電源が切れていた。電源を入れてみると母からメールが来ており、返事がないので心配だとか書いてあったので、電話して状況を説明。母親は腰痛がひどく立ち上がるのも大変で、その上実家の猫が糖尿病で水をがぶがぶ飲んでは下痢便をあちこちにたれるという最悪の状況だという。まあこっちのことは心配無用、と伝える。

消灯前、9時ころに夜勤の新人看護婦さんがバイタルに来て、触診でドレーン挿管部周辺の空気漏れがないか調べて貰うついでに、こちらの脾臓を確認して貰う。恐らく学習したであろう臓器の配置から著しく外れているので、驚いたご様子。向学のためにちょっとでもお役に立てれば。
夜9時半過ぎ、H研修医が先ほどの看護婦さんと来てくれ、胸水採取のためにクランプ再開。ちょっとチューブに溜まっていたので「これを採取するんじゃダメなんすかね」と言うと「ああ、新鮮なものじゃないとダメなんですよね」と言われる。明日の午前中までクランプして、溜まった水を検査に出すタイミングでバッグ交換ということ。
あと、外科の方から手術に関して説明があるのが、恐らく来週月曜でしょうということ。ただH君は研修医ゆえ、そろそろ別の科(糖尿内科)に移動するそうで、いずれにしろ来週にはお別れだ。短い付き合いでしたが、身体を大切にね。
夜中は断続的に目が覚めつつも、6時半まで寝た。クランプをしていると胸が苦しかったり咳が出たりしたのも、夜中はあまり感じず。ドレナージのチューブを見てみると、胸水はあまり出てなかった。何か残念。

朝のバイタルの前、テレビを見ていたら咳が断続的に続いてきて、けっこう大きな咳き込みが来た。血痰がまだ若干出る。バイタルの時看護婦さんに、頓服用に咳止めを貰っておくことにする。
8時朝食はワイドショーで元貴闘力・大嶽親方の涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔の大写しを見ながらパン、サラダ、牛乳、りんごを食べる。パンは食いきれず。
その後一度H研修医が来てチューブの胸水を見に来るが、量的に足りないな、という感じ。もう少し様子を見て、ガーゼ交換とドレーンバッグ交換のタイミングで胸水採取をしましょう、ということになる。

さて今回もブログやツィッターにはこうして包み隠さず経過を記述しているので、メールやコメントで励ましを多数いただきました。コメントは公開無用という方はそのようにさせていただきました。
皆さん、この場を借りて心から御礼申し上げます。
本当に励まされております。ありがとうございます。
(相変わらず粘着質の嫌がらせも続いておりますが、全く気にせずサクッと削除しています(笑)。世の中には本当に性根というか魂から腐った人間というのが存在するようで、同じステージに立ちたくありませんからスルーか削除)

10時過ぎ、予定通りH研修医がもう一人の男性研修医と看護婦さんを連れてきて、ドレーンバッグ交換と胸水採取。挿管部のガーゼ交換に関しては、呼吸器外科の担当医師がちょうど今日外来診療だそうなので、急遽診察を入れてもらったそうだ。そこで見ていただき、その際に交換して貰えばいいでしょう、ということ。

外科の医師が急遽外来で診て、手術の説明が月曜で、オペが水曜となると、これはかなり急いだ日程なのか。まあPETで反応が出てしまったので、仕方があるまい。肺の中にある「モノ」が悪いものであれば、ちんたらしている余裕は無い。
外科からいつお呼びがかかるか解らないので、待機状態でいるうちにうとうとして、寝てしまった。

夢を見た。
薄暗い自宅に刺身と缶ビールを持って帰宅。「シマー、ユキー!」と呼びながらリビングへ進み、刺身とビールはいったん冷蔵庫へ入れて、弱い灯りがつけてあるリビングを見ると、ソファやテレビなどを別の部屋に移動させてあるのか、ぽっかり広い空間になっていた。
「ああ、渡辺さんたち掃除までしてくれたんだ…」と申し訳ない気持ちで見回していたら、トントントンと階段を降りてくる音。
いつものように階段の中ごろで止まり、ひょいとユキが顔を出した。こいつは耳が聞こえないので、生前に連れ合いが教えた手話で「おいでおいで」=手のひらを下にしてくるくると廻すと、かけ寄ってきた。いつものように人差し指を出すと鼻を押しつけてきてクンクンしたりしている。
ユキはなぜか俺の枕カバーと同じ水色と白のストライプの帽子と外套のようなものを着ていた。「ごめんなー、寂しかったねえ」と言いながら撫でてやる。シマは降りて来ず、「今刺身やるからなー」と言ったところで「お食事ですー」という助手さんの声で起こされた。

どうにも朦朧としていて、食事もそのままにしばらくぼーっとしているとまた眠くなってきた。すると今度は日勤の看護婦さんが来て、「外科に呼ばれたので12時35分のバスで行きますよ」とのこと。「お食事済まれました?」と言うので慌てて「今から食べます」と起きる。もう12時20分だった。
起き抜けで食欲が出ず、おかずのクリームシチューの小皿と「スパニッシュオムレツ」とかいう三角形にカットされた味のない卵焼きにケチャップがかかったのだけを食べた。
食欲がないというのは気持ちが沈んでいるということではなく、どうも眠気というか頭がぼーっとして食事をするのが面倒という感覚。咳止めのせいだろうか。まあ腹が減ったら後でカステラの残りを食べよう、と思っていたら時間になり、看護婦さんに車椅子で下まで連れて行かれる。

付き添いはそこで助手さんに入れ替わりで、間もなく来たバスに乗せて貰って外来棟へ。呼吸器外科は4階、ここは初めて来るフロアだ。もっとも外来棟は1階から吹き抜けになっていて、それを囲む形で回廊があり、それぞれの診療科の受付が配置されているという構造は各階同じ。外科はやはり外来の患者は少ない様子で、静かだ。
受付を済ませて診察室前で車椅子を停めて、助手さんはいったん戻って行き、5分ほど待つとドアが開いて先生が呼んでくれたので、自分で車椅子を操作して診察室へ入る。

呼吸器外科の担当はS先生という人で、内科とのカンファレンスはすでに済んでおり、こちらの状況、容態は把握してくれている様子。

今回、肺の中にある穴、つまり袋状のものは、「スポンジケーキの中の空洞をイメージして貰えばいい」とのこと。当初は袋の中に何かが入っていてそれが抜けて穴状になったのか、とにかく右肺の下部に大きな「それ」があって、今回はそれが破けたのだという。入院当初は上部と聞いたような気がしたが、目の前でCTの断層写真をマウスホイールでグリグリやりながら見せられると、一目瞭然。
で、そのような「モノ」がいくつか見られるのと、今回破けたところは大きくてなかなか塞がりにくいので、まず今回の気胸の原因となったその穴を塞ぐ。それからいくつかある同じモノのうち、取れそうなものは取る。さらに肺全体をコーティングして破けにくくする。そういう処置をいっぺんにやってしまおうということだ。

それともう一つ、例の縦隔腫瘍。5年前から年1cm弱とはいえ、大きくはなっている。基礎疾患である白血病が原発で緊急性はないとはいえ、例えば今後さらに大きくなり心臓を圧迫して、取らなければいけなくなる可能性はある。また、悪いものへ変化しないという保証もない。
なので最低、一部分だけでも取って検査に出したい、取れそうなら取ってしまおうと思いますが、という話。
手術は開胸ではなく「胸腔鏡でじゅうぶん可能です」とのこと。
俺もそれで縦隔腫瘍まで取れるのなら、取ってもらうことに吝かではないものの、そこら辺は血液内科のI先生に伺ってみないと…と話すと、その場でI先生のPHSに電話してくれた。
それによると「I先生も、もし今回のオペに支障がなければ最低組織サンプルだけでも欲しいような感じでしたよ」ということだったので、であればもうこちらとしては何ら異論はない。S先生は「実際見て、うまいこと取れそうだったら取る、ちょっと癒着してて無理そうだったら1cm角くらいの組織を切り取って検査に出す、ということでいいですね」とのこと。いいです、いいです。
S先生はてきぱきと順序立てて説明を論理的かつ効率的にしてくれるタイプの先生で、とにかく詳しい手術内容の説明は月曜の夕方に、病棟も呼吸器外科へ移ってから行いますということ。そしてオペは水曜の午後になる、ということ。
その後俺が「PETの陽性反応が心配ですね」というと「確かにそうですが、炎症でも反応は出ますし、良性のものでも出ます。とにかく取って検査してみないと解りませんよ」と言われる。まあそりゃそうだ。

ではよろしくお願いします、と頭を下げて、10分少々で面談は終了。
診察室を出て、車椅子を転がして回廊まで行き、吹き抜けを見下ろす位置で停めた。大画面のテレビには藤子A先生が出ていた。音声はうまく聞き取れないのでぼーっと眺めていると、5分ほどして助手さんが来てくれる。
外来棟正面ではなく、南病棟の玄関に向かうとのことで、助手さん少し早足でエレベータに向かう。シャトルバスが来るタイミングに合わせて患者をあちこちの玄関へ移動させるので、大変だ。
この50代と思しき助手さんは一日じゅう走り回ってる印象で、何だかこちらは座ったままで心苦しいほど。5分ほどそこで待っているとバスが来て、リフトで搬入してもらう。助手さんが運転手のKさんに「西ルート?」と聞くと「そう」と答えており、何だろうと思ったらいつもと違う方向へ向かい、いったん北、西に折れて川端に出て、南へ下がる。
右手に鴨川を見ながら、緑が綺麗だなあ…などと思いつつ外を眺めているとバスはすぐに左折、初めて見る病棟の入り口へつける。そこでいったん俺は降ろされ、おばあさんが奥へ搬入され、俺は手前に再びリフトで搬入されて、再び川端を南下してから左折、南西病棟へ戻った。座ってただけとはいえ、何というか「やれやれ感」がある。
助手さんに「これだけ病棟がバラバラだと大変ですねえ」と言うと「ほんまに大変なのよ」と苦笑される。本当に、この人たちは一日中走り回ってる印象がある。

部屋に着くと1時半を過ぎていて、外科の先生と話をして戻ってくるだけでたっぷり1時間かかったわけだ。助手さんたちも大変だが、やっぱり患者たちも大変だと思う。
その後は仕事と休憩。休憩のたびにうとうと。
夕方5時前に看護婦さんが身体拭きの熱いタオルを持って来てくれたので、背中を拭いてもらった。「ガーゼ交換して貰いました?」と聞かれたので「そういえばして貰いませんでした」と言うと、じゃあH先生に伝えておいてくれるとのこと。
背中以外の部位を自分で拭きつつ下着とパジャマを取り替えていると、H研修医と男性看護士が来てガーゼ交換。今日はちょっと痛かった。
そういえば外科の先生は「毎日交換すると消毒でかぶれたりするし、そんなに神経質にならなくてもいいんですよ」と言っていたが、自分の場合普通の体じゃないし、挿管も2週間以上になるし、院内感染=MRSAだって怖い。綺麗にしてもらって悪いことはないだろう。

6時、夕飯をもりもり食う。ただし味的にちょっとアレなおかずがあり、完食はできず。7時過ぎに夜勤の若い男性看護士が来てバイタル、世間話で入院の時の話をする。
肺に穴が開いて入院と言われた後、一人で入院荷物を準備して戻ってきたらエスカレータ点検中とか、外来の事務の人が荷物も持ってくれなかったと恨み言を言うと「それはひどい」と驚いていた。俺も驚いたよあの時は。今だから笑い話ですけどねえ、と話す。

とにかく今現在の心境としては、肺の中にあるモノは何だか知らないが良性のものだろうと思うことにする。そう決めた。
手術で取ってもらい、また猫たちとの普通の生活に戻る。そうしてご迷惑ばかりおかけしている「明青」の渡辺さんご夫妻に恩返しをする。
心配して下さった皆さんにも、お礼を申し上げる。
迷いは一点も無し。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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