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2010-07-11(Sun)

ちゃくちゃくと回復

7月11日(日) 入院28日目・手術5日目

前の晩はあまり寝られず、6時前に洗顔などを済ませて、テレビをつける。しかし通販番組など以外はゴルフなど見るものがなく、すぐに消してそのまま転がっていた。休日のせいか看護婦の起床の部屋周りも遅く、7時を過ぎてようやく部屋の電気がつけられるまで、隣のアナゴ君(痩)の地鳴りのようないびきを聞いていた。それにしてもよく寝られる人で、うらやましい。ていうか何で病院に居るんだ?

8時朝食はパン1つを残して完食。いつも小ぶりのパンが4つ出るんだけど、多いと思う。それに何らかのサラダ、何らかのフルーツ、牛乳の小パックという組み合わせは不動。その後運動がてら歩いて中央棟地下のローソンへ買い物に行く。チルドカップのコーヒー、病棟では買えない大きめのお茶ボトル、Bluetoothヘッドフォンを買う。ヘッドフォンは今のがイヤホン式ではなく耳当て式なので、寝ながら聞いているとフィットしないばかりかズレるので。

リハビリも兼ねて歩くようにしているとはいえ、右の脇から右胸一帯が引きつるように痛い、なのでそれを庇うように歩く、ゆえに普通より疲れる…という感じでベッドに戻り一息ついていたら、女性の研修医が来て「白取さん、これからレントゲン行っていただいていいですか?」
もちろん研修医は何も知らないので「はい、解りました」と受け取って「今買い物行ってきたところなんですよ…」と恨み言を言うと「あら、すいませんすいません」と恐縮していたが、あなたのせいじゃありません。ひたすらこちらのタイミングが悪いだけです。
一休みもなく再びエレベータへ向かい、1階から中央診療棟のX線検査室の前まで行く。技師がすでに待っていたので、紙を渡してすぐに撮影終了。再びゆっくり歩いて病室へ戻る。
それからシャワーをして着替えてさっぱり、PCで音楽を聴きながら仕事を片付ける。そのうち昼になりご飯が来るが、食べ終わって時計を見ると12時20分。朝も5時とかから起きてると、感覚的にはもう夕方みたいな感じだ。とにかく一日が長い。

そういえばあのおっちゃん…Sさんは一時外泊で不在だが、あと数時間で戻ってくるわけか。そうなるとまた同じ話が相手を換えて延々と繰り返されるのだろうな。まあ今のところは静かで概ね平和な休日の病棟ではある。ただ、アナゴ君(痩)やおじさん(咳)は相部屋では携帯の通話はNG、というルールを平気で無視するのには閉口。こちらは電話があった時はドレーン中であっても一旦切り、廊下やエレベータホールで電話するようにしている。「そうしろ」と最初に病棟の決まりとして教えられたからだ。どうでもいいんなら言うべきではなかろう。ルールなら守らせようよ。
こちらも余計な波風を立てたくはないので注意はしないが、俺は、言われたルールは守る。他のオッサン達は守らない。それだけの話で、そのことで何かこちらに実害が出ればこちらはそれを訴えるし、その時に非があるのはルールを破った方なのは明かだ。実害が出なければ、特に熱くなることもない。

とか思っていたら、渡されていた薬をうっかり間違えて飲んでしまったことが判明。キツい方の看護婦さんが来て詰問口調で「白取さんはお薬を間違えて飲まれているようですね」というので「えっ」と思い渡されている袋(これが5袋もある)をがさごそやって確認すると、確かに錠剤を取り違えて飲んでいることに気づいたので、「はいすみません。では飛ばしてしまったのは次の夕食後に廻せばいいでしょうか」と言うと「そういうことではなくてですね、お薬を間違われるということは、病院では『事故』にあたるんですよ。そういうことは勝手にご自分で決められては困ります。先生に一度相談してきますからお待ちください!」と冷たく言われる。
しばらくしてまた来ると「どうして間違われたんですか、思い出して下さい」と詰問するので、袋の指示を確認したところ、間違えて飛ばしたのは抗生剤で、代わりに飲んだのは自己調節しているマグミット(便を柔らかくする薬)だ。この二つは併用すると効果が半減するので抗生剤を飲む時はマグミットを飛ばすという形で来ていたのなのだが、南西病棟・呼吸器内科での飛ばし方とちょうど真逆になっていたので、習慣的に間違えたのであった。その「習慣」は外科の病棟へ移った時に一度薬は手術になるため取り上げらて看護婦からその都度渡されるようになっていたのが再び自己管理に戻ったため、元の内科での「習慣」をまた思い出したのだと思われる。
まあ要するに「ついうっかり」というやつではある。

看護婦は黙って聞いていたが、自分から説明を求めておきながら途中で俺の説明を遮り「とにかく飲み方を間違われるとですね、今後もお薬の管理を白取さんご本人にお願いしていいかどうか、という問題になりますので」とのこと。
つまり「てめえで薬の飲み方も満足に調整できないようなこんにゃく頭なら、あたしら看護婦が毎回ホレよと飲む分をいちいち面倒くせえが渡しに来なきゃならねえんだよカス。できんのか? ちゃんと今後もてめえでで・き・ん・の・か?・コラ」ということらしい。
「いえ、自分で間違えずに飲みますから」と言うと「そうですか、では引き続いて自己管理で飲んでいただきます。以後気をつけて下さい。それから、今回飲み忘れたお薬は次回飛ばして、明日の朝から正しく飲むようにしてくださいとの指示です」と言って去って行った。

そりゃそうですよね、薬の取り違えは「事故」ですもんね。本当にすみませんでした。二度としないように気をつけますはい…と思いつつ後ろ姿に中指を突き立てた。
言われてることはもちろん正しいのだし、こちらが間違えたことが100%悪いとはいえ、何というか、その冷たい態度というか上から目線というか、ものには言い方があるでしょ的な気分の悪さが残る。
そういえばあとで他の患者さんと話してて気付いたのだが、内科からこちらの外科病棟に来て、看護婦さんから「何か不安なこととか心配なことがあったら、何でも言ってくださいね」と言われたことが一度もないことを思い出した。呼吸器内科の看護婦さんたちが優しかった印象があるのは、例えばバイタル測定の時でも最後に「ありがとうございました」と笑顔で言うところ。それから、その時の作業・仕事が済んでも、それ以外に何かないかと、必ず聞いてくれるところだ。それらはとても患者の心を安心させてくれるし、なごませてくれる。
たまにそういう優しい心配りの看護婦さんが居るが、その人は例外なく別の内科系の病棟から移ってきた人だった。(血液内科→呼吸器外科、呼吸器内科→呼吸器外科、糖尿病栄養内科→呼吸器外科)
外科も見習った方がいいと思う。

その後PCで音楽を聴いていると3時半ころ、向かいSのおっちゃんが突然戻ってきた。何しろヘッドフォンしてようが耳栓してようが、こういう胸腔に響く重低音の胴間声を防止する手段はないので、嫌でも聞こえる。
奥さん、というかおっちゃん曰く「内縁の妻」のおばちゃんと、息子さんらしいがっちりした男性が一緒に来て、何やらしばらくガタンゴトン荷物をいじったりと慌ただしく動いていた。その後Sさんは「ほな向こう行って話そか。ここな、談話室あんねやあっちに。広くてええで」と言って出て行ってしまったので、話が聞けず残念だった。
その後はずっとベッド上で音楽を聞く。Bluetoothイヤフォンはワイヤレスなので快適、トイレに立っても音楽が途切れないのもいいんだけど、安物なので音質が最悪。うまくいかないもんだ…。

そんなこんなでこちらは咳の頻度は若干減ってきたか。さらに起きている間は血痰の血もだんだんと薄くなってきている。これはいい傾向。外科病棟は基本的に手術が済んだ患者はとっとと出てけというスタンスなのはもうよく知っているので、この感じだと月曜か火曜には退院かな、と勝手に想像。まだ重いものは持てないし、何より普通に歩くのもままならないが、家でじっとしている分には問題あるまい。問題は入院荷物を部屋まで運ぶ段取りだが、タクシーで家の前につけてもらって、何回かに分ければいいだろう。

5時過ぎ、病室にSさんが一人で部屋に戻ってきた。
着替えるとすぐに一番奥のおじさん(咳)のところへスーッと近寄って行き「ついに明後日や」と話しかけたが、おじさん(咳)は今までずっとベッドで静かにしていたのに「あ、ああ、そうですなあ」とだけ言うとそそくさと洗面所へ逃げてしまった。ありゃりゃ、もっと話聞いてあげましょうよ…。せっかくおもろい話が聞けると思ったのに。

そう思った俺は行動に出た。
わざとコロリンと歯ブラシケースを落としたふりをして、カーテンから顔を出すかたちで拾いあげたところで顔を上げると、ばっちりSのおっちゃんと目が合った。よっしゃ、計算通りや!
「あっ、どうでしたか、手術の説明は?」と聞くと話す相手が見つかって露骨に嬉しそうな顔をして「終わったで」と言ったあと、表情をわざと曇らせて「この…デキモンのある方の肺半分切る、ちゅう話は聞いとった通りやったわ。けどな、何やら大きい血管が2本あってな、そのうちの1本を切ってしまうんやて、ほいで残ったのをつなぎ合わせるのがえらい面倒や、ちゅう話やったわ」と答えてくれた。
「先生はな、80-20です言うとったわ、成功率がな。ほんまは90言いたいところやけど、20死ぬ場合もある、ちゅうこっちゃな」
「ああー、医者はそう言うとかないけませんからねえ」
「そうや、せやないと後でな、あんなピンピンしとった人が何でやちゅう話になるしな、言うとかなあかん決まりやな」
俺がそれを聞いて「そうですよ、全然大丈夫ですよ」と、これはもちろん本心からの励ましのつもりで言うと自分のは「簡単な手術だ」と言われたと勘違いしたのか
「でもな、わしの場合元々の肺のアレ(機能?)が弱いちゅうんや。普通の人が10やとしたらな、半分くらいちゅうことや。せやから結局五分五分や言うわけやな、成功率もな。弱いから。それがあったから、府立は切るの嫌がったわけや」とのこと。いつの間にか9割がた成功する手術が、五分五分になっているのがおかしい。
「ああー、元々の肺機能がねえ、それやとリスクも高くなりますわねえ」
「そうなんや。せやけどここの先生は、80-20や、血管つなぐのも厄介やけども、腫瘍が6?や言うとったからな、もう抗がん剤やら放射線じゃあきません言うんや。それで肺半分スパッと切ってもらうちゅうことやな」
「大手術やないですかあ! でも医者が80言うたちゅうことは、90大丈夫ですよきっと。頑張ってくださいね」と俺が言うとSさん、ニヤッと笑って二三回頷き、お茶用のポットに水を汲みに出て行った。ご家族はもう帰られた様子である。ほんまに頑張ってや、おっちゃん。

今日は自分の方も、ずっと続いていた微熱が治まった。
朝の検温では36.5℃と平熱、昼も同様で、少し暑いかなと思って測った夕方5時半でも36.7℃。元の病気があるので血小板数が少ない=血が止まりにくいのは仕方ないにせよ、咳の回数が減り血痰の血が薄くなってきたことといい、これはいいことだろう。ただ穴を開けたデキモノ、嚢胞のようなものは全て取り切れてないし、そもそも気胸の前にそれらが原因で咳と血痰が出ていたわけだ。気胸はその末に起きたことで、今回手術で気胸の治療は終わったものの、「穴の元」になったデキモノの「炎症」は治まってきているのだろうか。
S先生によれば今回摘出した「穴の元」は気胸の原因になった=破れたものなので、炎症反応があって当然で、PETの反応もそれに対するものということもあるということだったから、悪性の腫瘍などではないことはもう判明している。
いずれにせよ摘出してもらった縦隔腫瘍と併せて検査中なので、あとは結果待ち。

鏡で自分の顔を改めてまじまじと見ると、やはりずいぶん痩せたと言われてもしょうがない顔。5年前に抗がん剤をブチ込むぞー! という段階で虫歯が山ほど発見され医師団が「orz」状態になった時、ゆっくり治療している時間はないと奥歯を全部抜かれた。あれ以来頬が痩けたような人相になってしまったのだが、それがまた痩せた印象を与える。さらに感染を恐れてあまり外出をしないので、肌の色が真っ白なのもそういう印象を補強している。
体重は一時期74kgあったのが今は66kgと、確かに痩せたといえばそうなのだが、むしろ適性体重である。食欲は普通以上にあるし退院したら一番にやりたいことはビールを飲むこと、である。
切り取ったモノは良性だともう決めつけている。

夕飯はアツアツのおでん。大根に厚揚げ、こんにゃく、卵。だし汁がうまいしからしもちゃんと付いているのもいい。でもご飯のおかずにはちょっと…。酒かビールだろこれ、と思いつつご飯は味付け海苔で食べた。デザートにはりんご薄切りのコンポートなんておしゃれなものがついていて、完食・満腹。
夜8時からは参院選の開票を見ようと、その前に仕事を片付けた。検温したら36.1℃、もう完全に「微熱ゾーン」は通過したようだ。咳は続いているが、大きな血痰はない。鼻血はいじると出そうなので放置。
仕事の転送作業をしつつテレビで各局の開票速報をチラチラ見る。予想通り、民主党の惨敗。
転送はどういうわけだか途中で止まったり、レジュームがきかず再接続しようとしたらサーバでハネられ、モバイル端末を切断&再接続しようとしたら端末が言うことを聞かない。結局OSから再起動。これを何度か繰り返すという気力が萎える作業で、疲労困憊。何度目かの転送をかけて寝てしまう。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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