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2010-07-13(Tue)

病室に新たな患者入る

7月13日(火) 入院30日目・手術7日目

夕べはなかなか寝付かれず、Sのおっちゃんのいびきを聞きながら1時間ほど過ごした。ようやく寝られたのは12時近くになってからで、朝は例によって6時前にSさんが起きてのガタンゴトンで目が覚める。
おっちゃんはいよいよ今日9時から手術だ。やはりしゃべくりまくっていたのは怖い気持ちからだったのだろう、夕べはとうとう本音が出て「心配で寝られへんかも」などと言っていたが、いえ、寝言をたびたび言ってたりはしたものの、よく寝てましたよ。
おっちゃんの始動でこちらも起きて洗顔など済ませる。朝の血痰は今日は少し多かったのでちょっと驚いた。日に日に少なく薄くなっていたのに。
順序として考えると

咳→咳+痰→咳+血痰→咳+血痰+胸痛→気胸(入院)→手術

となるわけで、気胸が肺の中にある穴の元、嚢胞のようなものが破けた「結果」だから、原因たる咳・血痰を発生させたものは依然、肺の中にあるわけだ。その正体はまだ不明。

まだ薄暗い病室でSさんと世間話をしていると、おじさん(咳)=Kさんも起きてきた。
今日の手術の話や術後の話を、一応先に手術を終えた先輩として色々聞かれたことに答えたり教えたりする。
Sのおっちゃんは硬膜外麻酔が使えるが、背中をざっくりと切る大きい手術。しかし術後の痛みはあまり感じずに済むはず、Kさんはワーファリンを点滴中なので俺と同様硬膜外麻酔は使えないが、その代わり胸腔鏡手術らしいので、術後の痛みは元々それほどひどいものではないはずでは、と話した。個人差もあるし一概には言えないが、そんな感じ、ということ。

7時過ぎに地下のローソンに買い物に出ると、エレベータの手前で体格のいい男性二人とすれ違った。二人とも表情は穏やかで作業服みたいなのを着ているが、明らかに道で因縁をつけられたくないタイプ。
買い物を済ませて病室に戻ると、先ほどの大柄な男性二人がSさんのベッドを囲んで、威勢の良い関西弁でワイワイ話してるところだった。俺が戻ってきたのに気付くとおっちゃんは「ああ、こいつらわしの息子や」と紹介してくれる。息子さんはトラック運転手をしているというご長男の方は簡単に会釈程度、運送業をしているという下の息子さんは丁寧に「おやじがお世話になってます」と挨拶をしてくれた。
俺が「何もしてませんし、こちらこそいっつも楽しい話聞かせて貰てますし。若い頃の話から、そらもうたくさん聞きました」と言うと、弟さんは「このオヤジはね、何やかんや言うても若い頃めちゃくちゃ色々しとったやないですか。せやからね、こちらがガキの頃、やんちゃしよってもね、その時に言う言葉がちゃいますのや。これこれこうやろ、そんなんあかん! 言うのんが全部自分の経験に基づいて言うてくれるから、説得力がちゃう言うかね。せやから先生や他の大人が理屈言うたとしても、このオヤジの方が筋通ってるちゅう場合もあって。言うてる例はムチャクチャですけどね、ええオヤジですわ」と言って笑う。
お兄さんの方は口が悪く、終始Sさんのことを「何やもう死ぬんちゃうんかいな」「遺産隠してへんのかい遺産」などとボロカスに言いながらも、父子3人でゲラゲラ笑って実に楽しそうだ。
そのうちお兄さんの方は仕事を抜けてきたとかで先に帰り、弟さんの方は午前中は居るということで、その後はSさんの奥さんが来るまでしばらくまた世間話。途中奥さんが来て、少し身の回りのことをやった後、買い物に行くと出て行き、病気談義をしているとアッという間に9時10分前になった。
おっちゃんに「そろそろですなあ」なんて話してたら看護婦と医師のお迎えが来て、手術室へ連行。俺は後ろからSさんの肩を叩いて「絶対、大丈夫ですからね」と言うと、振り返ってニヤッと頷いて、息子さんと一緒に廊下を歩いていった。

その間、おじさん(咳)=Kさんの方にも息子さんと奥さんが来られ、途中医師が来て手術の説明を受けに退室していった。隣のベッドは空のまま、賑やかだった病室がしばし俺一人となった。
その後PCで音楽聴いてぐったりしていると、俺の隣の空きベッドに新たに若い車椅子の男の子(といっても20代か?)が入ってきた。俺の向かい、さっきまでSのおっちゃんが居たベッドには70前後のおじいちゃんが入った。これで顔見知りは斜め向かいのKさんしかいなくなったが、Kさんたちはご家族で手術の説明を受けて戻った後、ずっと静かなのがちょっと気にかかる。とはいえ元々Kさんは咳と痰切り以外は喋りも物静かで声も小さい人なので、ご夫婦の会話も大人しいものではあったが。

隣に入ってきた車椅子の子は見た目20代半ばくらいに見えるが坊主頭で、ちょっと喋りが舌足らずな感じである。付き添いらしい白髪頭の60前後のオヤジさんはぞんざいな口調で接していて、ものの数分で「ほなわし行くでえ」と言って買い物に出ていっ。間もなくお茶を買って戻ってきて、それからしばらくすると何の挨拶もなく出て行ってしまった。
隣の子=N君は行動がちょっと粗野でこらえ性がないという印象を受ける。カーテンをシャアアッと乱暴に開け閉めをして出入りをし、それ以外は窓のロールカーテンさえも下げて、カーテンでびっちり囲って出てこない。カチッカチッと小さな音がするのは、携帯ゲーム機とみた。
彼のの向かいにいるKさんが時折激しく咳き込んでむせていると、俺の隣で「うるせえな!」と小さく怒鳴っている声が聞こえた。肺がんで咳き込んでる患者に言う台詞じゃねえだろと思うが、これまで周囲から注意されることは無かったのかも知れない。何かに捨て鉢になっているのだろうか。まだ、若いのに。

俺の向かいに入ってきたWさんは奥さんが付き添いで一緒に来ており、そちらはちゃんとこちらにも「よろしくお願いします」と頭を下げて挨拶をしてきた。それ以上の会話は無かったが、普通に常識をわきまえていそうな人で安心。

元々こちらの調子が悪く、話すにも息が苦しいので会話そのものが苦痛であった頃は、極力同室の人とのコミュニケーションも意識的に絶っていた。しかしSのおっちゃんのお陰(?)もありこちらも回復と共に同室のみんなでコミュニケーションを取れるようになったが、その状態が元に戻ったという感じ。まあSさんが居た頃の喧噪、3人でわっはっはと笑い消灯までバカ話をしていた方がむしろ「異常」だったわけだ。

12時ころ、「明青」の渡辺さん夫妻が病室に来てくれた。また郵便物を持って来てくれたのと、お見舞いにと、うちの近所の「キッチンとまと畑」の総菜を買って来てくれた。むちゃくちゃ有り難いです。
食堂へ移動して、こないだと同じテーブルに座って状況を説明させていただく。
術後の経過は良好で、まだ話こそ出ていないがこの分なら退院は早そうということ、取ったモノの細胞検査の結果はまだ出ていないが、悪いものではなさそう、ということなど。火曜日はふだん営業でお疲れのご夫婦にとっては本当に貴重な休日。ありたがくて申し訳なく、とにかく早く回復して退院するのがお礼。渡辺さんは「そんな無理したらあかんよ、ちゃんとゆっくり治して、猫ちゃんたちのことはええから」と言ってくださるが、今回右肺は心配無くなったとはいえ左肺は手つかず。次もしまた、となった時、このお二人にご負担をかけないように、ちゃんと考えておかねばならない。

お二人をエレベータで見送り、その後こちらは隣の子の「ひきこもり」のせいでベッドが暗くなってしまったので電気をつけ、渡辺さんに持って来ていただいた肉団子!とレバーの煮物!をおかずに昼飯を食った。うう、この味付けだよ欲しかったのは…と思いつつ白飯をがふがふ食べる。
食後は持って来ていただいた「週アス」をゆっくり読んで、音楽を聴きつつ郵便物を開き、仕事を済ませる。

その後この記録をつけていると、隣のN君のところに看護士が入ってきて「今いい? ちょっと抗がん剤を入れる準備をさせて貰いたいんやけど…」と中に入っていった。カーテン一枚なのでひそひそ話をしていても丸聞こえ。「嫌やなあ」とか「1時間半? 前は40分やったやん」とかいうのも聞こえてくるが、俺がバシバシキーボードを打っているとボソッと「…となりの人めっちゃパソコン打つの早い…」とつぶやくのが聞こえてきた。
俺も「ごめんな、うるさい?」と声をかけると「いえ、大丈夫です。もっとガンガンやってください」と言うので「仕事なんで申し訳ないねえ」と答える。まあこれは仕事じゃないんだけど。

夕方4時半頃、暇だったのでトイレのついでにぶらっと廊下に出てみると、Sさんの奥さんが向かいの個室側の廊下に立っているのが見えた。手術を終えた患者は皆、いったん大部屋と反対側にある個室の方へベッドごと移されて一晩過ごし、それから大部屋に戻ってくる。
ああ、廊下で待ってるということはおっちゃん、もう手術終わったのかな…と思って近づき「終わりましたか」と話しかけると「ええ、もうそろそろ戻ってくる言うてました」と手術室から通じる廊下のドアを指さしてニコニコ顔。見るとドアの向こうには撮影スタッフがすでに待ち構えている。どうやらベッドで戻ってくるSさんを撮影するらしい。
「じゃあ無事成功ですね、良かったですねえ」と話してると、廊下の反対側にディレクターらしいおっさんが居るのが目にった。俺にどうやらハケて欲しそうな風情らしいので(要するに撮影の邪魔)、「じゃあまた後で」と言って離れた。
病室に戻って30分くらい経つと反対側の廊下がざわざわしてるので、いよいよ戻ってきたのかと思っていると、奥さんがわざわざこちらの病室へ来てくれて「廊下の反対側(の個室)になりました」と教えてくれた。こちらも起きて後をついていくと、息子さんも居て「無事済んで良かったですね」と言うと「ありがとうございます、何か意識もあるみたいですよ」と言うので、「麻酔を覚ましてから戻りますからね、きっとブロック麻酔で痛みもほとんどないと思うので、会話も出来ると思いますよ」と言うと「へええ!」と驚いていた。しかし肝心のSさんを載せたベッドはまだ到着していない。
少しだけそこで立ち話をしたが、あまりくっついてると撮影の邪魔になると悪いと思って戻る。ていうかあれから30分経つのにまだベッドが来ていない、つまりはその間奥さんを廊下で立たせて待たせてるということか。撮影とはいえ考えてやれよ、と思った。

その後ベッド上で仕事をしていると、隣の子が「お隣さん、お仕事頑張りますねえ」と話しかけてきたので「そうやあ、ここの前に3週間も内科に居たしなあ、遅れ取り戻さなあかんねん」というと、何が気に入られたのか妙に懐かれてしまい、病気の話やらいろいろ30分ほどカーテンごしに雑談した。
寝たのは11時過ぎ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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