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2010-07-15(Thu)

おっちゃん復活

7月15日(木) 入院32日目・手術10日目

朝4時ころ目が覚めてから、断続的に寝たり醒めたりで起床6時。
トイレを終え歯を磨き終わったところで突然のくしゃみ。まずいと思ったが傷口を抑えるので精一杯、しかし思ったより痛まず、ホッとした。ホッとしてベッドに戻ったらもう一回くしゃみ。うん、抜管・縫合後の傷の治りも順調なようだ。手術後のくしゃみは地獄、というのを経験上知っているので今日まで極力出そうなのを潰してきたのだが、もう大丈夫のよう。
その後メールチェックしていると、懐かしい人からメールが届いていた。サンフランシスコで日本漫画を発行しているVizのIzumi Everzさんからで、Vizのスタッフの近況などを色々教えてくれた。ここ数年お互い連絡を取り合っていなかったので、向こうは向こうでこちらが病気になりやまだが亡くなり、ということを知って驚いたそうで、こちらもIzumiちゃんが結婚され一度退職したあと復帰したとか、当時社長だったサトルさんが隠居しちゃったとか、やはり月日が経つのは早いモノだと実感。

Izumiさんが企画を立て、こちらが一緒に作家を選定したりインタビューしたり原稿を集めたり解説を書いたりして作った、日本漫画のアンソロジー「Secret Comics Japan」略称「SCJ」は今や伝説の単行本化し、「早すぎた仕事」と一部カルト的な日本漫画ファンからは非常に高く評価されている(が全米規模では1万部だった)。
Izumiちゃん…もうIzumiちゃんと言ってはいけないのだろうが、彼女とは「ちょっとあの仕事は早すぎたね」という感情を今でも共有していると思う。彼女が来日した時は、「PULP」の取材でまんだらけやアキバを駆け回ったりもしたっけ。懐かしい。

その後7時に今日いったん退院する車椅子のN君と一緒にローソンへ行き、コーヒー牛乳などを買って戻る。朝食はほぼ完食。

うとうとしかかっていたら女性研修医が来て、胸腺腫の話とか、ニューモシスチスの話。ニューモシスチスは「疑いがある」レベルなのか、確定なのかははっきり見ていなかったので確認してみる、とのこと。また胸腺腫は?期で浸潤もなく全摘できたのでこれで終了かと聞くと、別の科になるが医師の判断によっては放射線治療、化学療法を追加する場合もあるということだった。これも上(つまり執刀医のS先生)に確認してみます、とのこと。
いずれにせよ本筋ではなかった胸腺腫が取れたことは非常に喜ばしい、という結論は変わらず。「こういうことってあるんですねえ」なんて患者と医師で感心し合うのも、考えてみればおかしな構図ではある。

妙に俺に懐いたN君と9時ころから他愛のない会話をしていると、途中からオトンが迎えに来たが退院後の投薬と退院会計待ちですぐどこかへ消えてしまい、N君は俺のベッド前へ車椅子で移動してきて、またずっと話していた。ほんまにどうでもええわい、ちゅうような内容の話。
10時過ぎになってようやく諸手続が終わったようで、N君はオトンと一緒に退院していった。21日にはまたすぐ抗がん剤投与でここへ入院だ。「頑張れよ」と言うと「ハイ」と言いつつ去っていった。

その後はしゃべくりのきっかけを作る子がいなくなってしまったので、向かいのWさんはシャワーへ行ったり、今日が手術のKさんは奥さんが来てひたすらに手術の時間待ち。午後1時半からという時間は何とも中途半端で、「蛇の生殺しみたいやなあ」と苦笑いしていた。
昼ころシャワーをして戻ってくると、ちょうどそのKさんに「お迎え」が来て、手術室へ向かうところと鉢合わせ。「頑張って下さいね」と声をかける。予定だと1時半からのはずだったと思ったが、何と1時間も早まったということだった。遅れることはあっても早くなることは聞いてなかったと、Kさんも苦笑していた。

すでに届いていた昼飯を、向かいのWさんとお見舞いに来ていた奥さんと雑談をしながら食べる。奥さんは「夕べはお話に付き合っていただいたそうで、すみませんねえ」と言っていたが、いやいやみんなで病気だの手術話だのに花を咲かせていたので、楽しかったですよ、と答える。
その後奥さんが帰り、Wさんはうとうとされているようで、病室はしばしの静寂。
しかし3時ころバタバタと、午前中までN君が居た俺の隣の場所にベッドが運び込まれてきた。誰か新しい患者さんかあ、と思い入り口に顔を上げると、何と戻ってきたのはSのおっちゃんだった。
肺がんのある左肺上半分の切除で、背中を25cm切ったという。甚兵衛の袖は手術をした左手の方が切ってあり、生々しい縫合痕がチラと見える。しかし当人はブロック麻酔が効いているので痛みはさほどない様子。
酸素チューブや点滴、ドレーンをぶら下げたスタンドを両手でガラガラと押しながら病室へ入ってきて、Wさんに黙礼だけすると俺を見て「おう、帰ってきたで!」と一声。あの胴間声はほんのちょっとだけ音量が弱くなっている気がしたが、さっそく「手術はこれがこうであれがああで」と名調子。手術は無事成功したようすで、何よりである。
看護婦さんが処置を終えて「また賑やかな部屋になりましたねえ」と笑いながら戻っていった。

Sさんは自分が居ない間に入ってきたWさんに、また「わしは元々は府立の…」話を始めたので、とりあえず俺はそっと自分のベッドに退散した。俺、その話は7、8回は聞いてますんで…。そこからはWさんと二人で病気談義をしているのを黙って聞いていた。
そのうちおっちゃんの下の方の息子さんが友人を伴って来て、パチンコで取ったといって菓子類を置いて行ったのをおすそわけされたり。
Sさんは手術から間もないのに、今日はなんと「リハビリに自転車漕がされたわ、もうムチャクチャさせるで!」と怒っていた。手術の翌日には立たされ、歩かされるのは解っていたし自分もやらされたが、バイク漕がすってちょっと聞いたことないな、と驚いた。
「ハイSさんリハビリ行きましょう、言われてな、そうですか言うて行ったらやで、自転車や。そこにおる兄ちゃんがやれ、言うからしゃあないから乗ったわ。ほしたら漕げ言うからさすがに痛いの我慢してな、それでも漕いだんや。せやけどすぐにもう息が切れてしゃあないねん。ゼイゼイ言いよるし頭ボーッとしてくるし、何や酸素の数値? あれがガーッと下がるわで偉い目に遭うたで。しまいに何や背中の麻酔んとこが剥がれて血がにじんできた言いよって貼り替えたわ。ほんまに無茶させよるで」
「もうこっちゃ息が苦しい言うてぜいぜいしとるのにやで、兄ちゃん『はい、あと1時間頑張りましょう』言いよったわ、わしもそれ聞いたらもう殺す気か思て『やっとれるかアホンダラ!』言うてやめたったわ」とのこと。
申し訳ないがSのおっちゃんが酸素チューブに点滴にドレーンに硬膜外麻酔までぶら下げた状態でリハビリ用バイクを漕がされている姿を想像して、笑ってしまった。
「なあ、聞いたことあるか? こんだけ色んなもんぶら下げとる人間をやで、手術から日も経ってない言うのに、自転車漕がすって」Sさんは目をむいてまくし立てるのだが、聞けば聞くほどおかしくて困った。
でもお元気そうで良かったです。

その後7時半過ぎ、呼吸器内科とのカンファレンスを終えたというS先生がベッドに来られた。
やはりニューモシスチスの感染という結果は内科の先生方もノーマークだったそうで、皆さん驚愕しておられたそうだ。けれど、調べてみるとどうやらT細胞系の血液疾患で免疫が低下した患者には起きやすいという報告例もあったそうだ。
これは当然今後もちろん内科的に治療が必要ということで、緊急で呼吸器内科の病棟へ移って、投薬の方法やら色々と検討して治療して行きましょう、ということになった。
おお、懐かしの南西病棟、呼吸器内科(笑)。まさか本当に戻ることになろうとは!
S先生には「それにしても胸腺腫、取っていただいてほんまにありがとうございました、命の恩人です」と頭を下げると、「1期のbという段階やったので、もう全部取りきってしまえば抗がん剤などの他の治療も必要ないという状態ですから、安心してください」とのこと。もう本当にありがとうございます。
「今度左肺に穴が開いた時もS先生でお願いしますね」と頭を下げながら言うと「いえいえ、左肺に穴が開かないように祈っております」と向こうも頭を下げるというコントみたいな場面だった。

それから夜は大部屋に復帰したSさんの独壇場。俺の隣でベッド上でもひっきりなしに喋り、挙げ句の果てに寝る前にベッドの背を電動で動かしたら、ベッド脇にかけてあったシビンがひっくり返ってしまった。フタをしてなかったようで尿が俺の方まで広がってきて、看護婦さんたちが拭いてくれたり大騒ぎになり、隣の俺のところは尿の臭いがくさいくさい。思わず別な病室の前に逃げて、マスクをはめる。しかし臭いはそんなもんではとても防ぎきれず、臭くてなかなか寝られない。音は耳栓で防止できるが、鼻をつまんで寝るわけには行かず、往生した。
おっちゃんはしばらくすると高いびき。…アンタなあ…と思いつつ首を尿がこぼれたのと反対側へ向けて、寝るように努めた。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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