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2010-07-19(Mon)

吐き気と怠さと情けなさ

7月19日(月) 入院36日目・手術14日目

夕べは仕事がちょっと立て込んでおり、12時近くまでかかってしまった。
家の光回線と違ってモバイル通信環境は速度が脆弱で参る。

今朝は6時、薬の確認と検温で看護婦さんに起こされる。
体温はずっと平熱、あと不思議なのは寝汗をほとんどかかなくなったこと。看護婦さんは手術前に俺がここに居た時の様子をもちろん知っているので、「そういえばそうですね、背中びしょびしょでしたし、タオル持ってきたりしてましたし」と驚いていた。
その後「積貞棟(呼吸器外科のあった最新棟)はどうでしたか」というので、設備の話とか色々世間話的にしたりして、歯を磨きを終えたところで看護婦さんと一緒に部屋を出る。
こちらはトイレである。

戻ってきて顔を洗おうとして部屋の洗面台に向かったところで、突然嘔吐感に襲われた。
朝ゆえに胃は空っぽだから吐くモノは胃液しかないが、胃液すら出てこない。
何度か繰り返すが結局何も出ず、むかむかする感じだけでベッドへ戻りかけたところで、再び嘔吐感。洗面台に「げえ」とやるのだが、やはり何も吐かなかった。顔を上げると赤いというか赤紫というか、唇がガクガクと震えていた。それはすぐに戻ったものの、何だこれは、と恐怖。
薬を飲み始めて4日目くらいか、副作用が出るには早いが…。

ぐったりしてると8時に朝食が来る。多少むかつきは治まっていたし、食べないとどんどん痩せて体力が落ちる。頑張って小さいパンを2個と、パイナップル3切れを食べた。
その後もずっと横になっていた。

やっぱり全然俺汗かいてないな、と改めて考える。
元々北海道生まれのせいもあるのか暑がりで、さらに白血病の盗汗もあって、手術前にこの病棟に居た時も看護婦さんがびっくりするくらいの汗をかいていた。毎朝、パジャマの背中はぐっしょりで、シーツにも染みが出来るほどだった。
それがここ数日、正確にどれくらい前からかは不明だが全くなくなった。不思議である。昼までうとうとしたりを繰り返していたのに、前ならそれだけで汗だくになっていたはずが全く発汗なし。尿は出るし水分もそれなりに補給してるはずだが…。

昼も食欲がなく、それでも食べないとと思い、運ばれてきたのをしばらく放置していた。けれど食べないと…と思い切って体を起こし、ご飯にお湯でもかけてお粥みたいに流し込もうか…とフタを取ったら酢飯。
よりによっておこわ、錦糸卵の上に切り身の小さなウナギが2切れ載っている。無理。絶対食えない。しょうがなく春雨スープと、みかんと牛乳の寒天だけを食べた。

それからもずっとベッドでじっとしているしかない。
1時半ころ看護婦さんが来てバイタル。血圧は上が90と低いが、これはいつも通り。「心拍はどうですか」と聞いたら88だというので、常時100以上あった時より下がってる、と話す。

手術で腫瘍を取ったことで、色々と何かが変わったような気がする。
看護婦さんとも「胸の胸腺腫を取ったのがやっぱり良かったんでしょうねえ」という話から世間話になり、気がついたら2時のバクトラミン服用時間。
この病棟の看護婦さんは皆、患者が「余計な話」をし出しても時間が許せば付き合ってくれる。他愛のない会話から真剣な病気、治療の話まで、いずれにしても人と話すとこちらの沈みがちな気持ちも多少は楽になるものだ。

3時ころ看護婦さんが来て、手術後のドレーン縫合部分の確認をしてもらう。16日から透明の保護テープを貼りぱなしなので、念のため貼り替えましょうということになった。
しかしけっこうがっちりくっついていて、周囲から慎重に剥がしていき、いよいよ縫合部を、というところで糸がテープに数本びっちりくっついている。無理に剥がせば「抜糸」どころか肉ごと取れそうだし、結局すったもんだで研修医がピンセットの大きいのを持ってきてくれ、それで糸を慎重に一本一本テープから剥がしてくれた。消毒して、今度は真ん中がガーゼになってる透明テープに交換。

その後も調子が悪く、ずっとひたすらにベッド上でじっとしているか、寝ていた。半身起こして何かするのも怠く、立ち歩くとムカムカする。吐き気は強くはないものの、延々とそれが続いている状態というのは全くもって気分が悪い。

ずっと寝ていたので気がつかなかったが、携帯に「明青」の渡辺さんから着信があったので、かけ直す。渡辺さんにはたびたび書いているように、留守中の猫たちの世話や、郵便物を持ってきていただいたり、本当にすさまじくお世話になっているのだけど、今回は「猫ちゃんたちのごはんが無くなりそう」ということだった

うちの猫たちは尿結石や腎臓病にならないよう、療法食という特殊なエサを与えている。十年くらい前に市販のものを与えたことがあったがどうやら塩分などが濃いらしく、泣きながら血尿を少量ずつ出してははいずりまわるという可哀想なことがあり、それ以来獣医師の処方したものに換えたのだ。

先日カリカリ=乾燥エサが切れた時に、まだ同じ成分のパウチの生エサがあったので、退院までそれで足りると思う、とお話した。
ところが肺炎の投薬治療がこんなに時間のかかるものだと思わず、そのうちに生エサも切れかかってきたという。慌てて通販サイトで注文して「明青」さんに配達してもらうように手配。
要するに、俺が自分で「もう数日で退院だろう」と勝手な判断をしたのが間違いだったわけで、結果として入院は長引きエサは足りなくなり、また渡辺さんにご迷惑をおかけするわけだ。
渡辺さんは「もう病気なんやからしゃあないやん、早く出たいとか言わんとちゃんと寝とき!」と言って下さるが、もう本当に情けないというか、歯がゆいというか、俺が言うのも何だが「もうこんな生活、いい加減にして欲しい」という気持ち。
何でこんな目に、何でこんな病気に、何で…という気持ちに落ち込みがちになる。
しかし落ち込んだところで病気が治るわけもなく、むしろ回復には良くないわけで、そんな解りきったジレンマにさえイライラする。

直後、看護婦さんが吐き気止めの錠剤を持って来てくれた。夕飯の時に効くように「今飲んで」というので飲む。
この吐き気止めは幸いよく効いてくれた。
夕飯からはお粥に変えてもらったのだが、「ごはんですよ」で8割方食べることができた。おかずは豚肉のショウガ焼きだったが、これはさすがにほとんど食べられず。それでもちょっとでも食べておかないと体力も戻らない
もう、5kg近く痩せている。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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