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2010-07-21(Wed)

酷暑日

7月21日(水) 入院38日目・手術16日目

夕べは消灯時にレンドルミン(導眠剤)を飲むが、どうにもムカムカして気持ちが悪いので、吐き気止めも飲んで寝た。

朝はいつものように5時ころ目が覚めて、ベッドの上でとろとろしていた。すると6時過ぎに地震。ベッドがわっしわっし揺れる。東京に四半世紀住んで地震には慣れているので、そのまま横になったまま。揺れの時間はけっこう長く「これなら震度3ってとこかな」と思いつつNHKをつけるとビンゴ、京都市内は3であった。

ついでに起きてトイレ洗顔などを済ませる。歯を磨いてうがいをした直後、猛烈な嘔吐感。何度も何度も吐くが唾液しか出ず、胃液すら出ない。ただ気持ちが悪いだけ。いやな副作用だ。
その後担当の看護婦Oさんがバイタルに来る。
平熱、血圧も正常。今日も喀痰検査があり、通常のと細胞を調べるのと2つ出してという。何とか頑張って1つ出すが透明の、あまり良くない献体。「一応出しておきます」と言ってくれたが、いつもの茶色い血? 混じりの痰が出ない。しばらくすると喉がイガイガして、慌ててもう1つの容器に出すと、いいのが出た。汚い話で申し訳ない。

体重測定の日なので測ると62kg。咳が出始めの頃は67〜8kgあり入院時64kgだったので、5kgくらい痩せているか。無理してでも食べないと、体力がどんどん落ちる。
自分の場合、傍目には腹が出ているようにみえるが、それは巨大化した脾臓=「巨脾」というもので、それ以外はむしろ痩せているから、実質は60kgを切っただろう。50kg台というと20代の頃以来か。

吐き気止めを昨日寝る前に頓服したと報告したら「量的にオーバーだから朝は飲んでは駄目」と言われる。しょうがないので何とか我慢しつつおかゆを7分ほど、卵焼きを2切れ食べた。吐き気止めを頓服出来ないって意味ないやん、と思う。吐き気は何時間おき、とか食事前、という具合にきっちり訪れるものではなく、波があって来るものだ。ちょっと来たな、と思った時に飲んでおける薬じゃないと意味ないだろう。

その後シャワーしようと部屋の前の風呂場を見に行くがずーっと「使用中」。11時になってようやく空いた、それと思ったら別な部屋ののおっさんが風呂道具を持って来たので、譲ってしまう。こういう時に「先にドアに手をかけたんだから俺が先な」となれる厚顔さがあれば、免疫もここまで落ち込む病気にならなかったのかも知れない、とフと思った。

その少し前、部屋にI先生が来て、少し病気の話をする。
採血から解る免疫力の低下ということだと、好中球数はまあこれまで通り雑菌に気をつけていれば大丈夫というレベル。だが、CD4という項目があり、これが減るとこういう肺炎や結核などにかかるリスクが高いそうで、それをちゃんと算定するための採血をしたいということ。
自分の場合白血球の中のリンパ球数が少なく、しかもそれが正常なものかという疑いもあるので、ヘタをするとHIV感染者でもないのにエイズ患者並の免疫力しかないかも、というので驚く。しかもT細胞性の白血病なので余計に免疫関連に影響している可能性がある。
うーん、弱い、弱すぎるぞ俺。

昼前にシャワーを済ませて部屋に戻る。気がついたら汗が出ていた。あれほど汗かきで、ちょっとうたた寝したくらいでも寝汗ぐっしょりという体質だったのに、今はほとんど汗をかかない。クーラーつけた部屋にいるから、というのなら手術前も同じ状況だったので、これは腫瘍を取ったことと関係あるのか、人体とは本当に不思議だ。

しばらくして研修医のKさんが来て試験管1本血を取られた。

こういう記録をつけ、公開しているのは昨日も書いたように、離れたところで俺の様子を心配してくれる人たちが居てくれるからである。
そういう人の中には、詳しくは明かされていないが現役の医療従事者の方も居るようで、「それはあまり心配しなくていいですよ」とか「次に先生にこういうことを聞いてみては」といったアドバイスをくれる人もある。もちろん押しつけではなく、こちらがこういうことを思っている、疑問だ、というものへの回答として、である。
顔も名前も知らないのに、人の命、健康を気遣ってくれるのは有り難いことだ。

こうして記録をつけていても、実はけっこう大変な部分はある。

一番は肺炎の治療薬の副作用で、吐き気が断続的に波のように来ること。
もちろん腫瘍摘出と右肺の手術をしたあとの、右胸脇の傷やドレーン後の傷に気を遣うこと。
手術の後遺症か、右胸の鎖骨あたりから肋骨数本あたり、皮膚の上から抑えると割合強い痛みがあること。
血痰はだいぶ減ったが、毎朝茶色い痰が必ず出ることと、細かい咳が若干残っていること。
「特急」(下痢)体質だった自分が入院環境におかれるとたちまち便秘にかわり、下腹部が常に不快であること。

…こういうことはもちろんまだ治療中である肺炎のせいもあるし、終わった手術の後遺症と言うべきこともある、だから「日にち薬」で治っていくものではあるが、その治りが自分の場合は緩慢なように思える。元々の病気のせいで、体の免疫だけでなく再生能力も落ちているのか、傷が出来たりしても治りがひどく遅い。

もちろんそれらはあくまでこの入院中のもので、最大のストレスは自分が白血病患者であり免疫力がひどく低下しており、その結果放置すれば確実に死ぬような肺炎にかかったり、今後も様々な日和見感染の懸念がある…ということではある。
しかしそれはもうなってしまった以上、どうしようもない。根本的な治療薬も方法もない(死んでもいいぐらいの気持ちで試すならいくらでも方法はあるが)ので、その都度対処療法しかない。

夕方トイレに行くので部屋を出たら、突然横から熱風がゴオオと吹き付けた。廊下を熱風の帯が横切るようにクロスしているのだ。何じゃこりゃ、乾燥機が壊れたのかと思ったら隣の個室が空いたので換気に窓を開け、廊下を挟んだ反対側のトイレや洗濯機のある部屋の窓との間に風が通り、外気=熱風のベルト地帯が発生していたわけ。つまり外はそれだけ高温ということだ。京都も連日「酷暑日」である。
病院の外来棟の前の警備員、駐車場の係員など外での立ち仕事の人は大変だろう。と思っていたらNHKのニュースで「熱中症で170人が病院行き、2人が死亡」と言っていた。明日の予想最高気温は37℃。

夕飯はグラタン…とおかゆ。吐き気止めが効いて、グラタン完食、おかゆはふりかけと「ごはんですよ」でほぼ完食。漬け物以外の煮物とおひたしは残した。
ここ2、3日ちょっとずつしか食べていないので、便通がない。それゆえか腹が張り、一度にたくさん食べられない…と夜担当の看護士君に話して下剤の錠剤を貰ったら、直後にお通じあり。
下腹部の膨満感と吐き気が治まっているだけで、これほど楽か、と。こういう「ちょっとした不快」でも無数に積み重なると、何もかも嫌になるほどしんどいものだ。少しずつ減るといいのだが。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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