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2010-07-23(Fri)

変わりなし

7月23日(金) 入院40日目★手術18日目

夕べは12時まで頑張って起きていて、予定通りバクトラミン4錠、朝の胃酸過多を抑えるパリエットという薬を飲んで寝た。
薄くて痛いマットから低反発のものに替えて貰うとやはり体が楽で、助かった。
しかし朝は3時に尿意で目が覚め、戻ってからはあまり寝られず。寝汗をかかなくなった分排尿が増えたのは確か。特に夜中に起きるなどは、ほとんどなかった。起きたらぐっしょりの寝汗の方が異常で、手術後に正常に戻った…ということなら問題ないのだが。

朝7時前、夕べ低反発マットを持って来て替えてくれたベテランの看護婦さんが「(マット)どうでした?」と来たので、「全然違いました、良かったです」と言うと納得していた。よく通販でやっているシートタイプのものを最近自宅に買ったそうで、それはすごくいいですよということ。あれってけっこう高いんじゃ…と思ったらヤフオクで安く買えたという。安眠は大事なので、ベッドやマットにはお金をかけた方が絶対にいい。特に病気になると、普通の人なら何でもないことが大変な苦痛になったりすることもある。
わが家の場合、当初夫婦の寝室に使っていた部屋が小さかったので、大きなベッドは入れられなかった。仕方なく簡易ベッドみたいなものを2つ並べたのだが、上にさらに厚さ20cmほどのマットを敷いている。

看護婦さんと話をしているうち、というより後半向こうの話を聞いてるうちにまた強い吐き気が襲ってきた。耐えきれずベッド脇のゴミ箱に吐いてしまう。看護婦さんの話を聞きながら吐くとは我ながら失礼だが、仕方がない。
今日はとうとう胃液が出た。
看護婦さんが出て行ってしまってから、ふらふらと洗面台へ行くとやはりまた嘔吐。胃液を吐くのは本当にしんどい。顔を上げると自分の顔は赤紫で目が血走り、顎が震えている。
家に居る時も朝たまに、空腹になりすぎて胃液を吐くことはあった。だがこのところ毎日毎朝こうなるというのは、やはり薬のせいだろうか。毎朝寝起きがコレじゃあ、いきなり一日のスタートから消耗し、萎える。

今日の京都はうすく霞のようにかかった雲の上に水色の空。ジジジジジと蝉が朝早くから鳴いている。今日もきっと、暑いんだろう。
それにしても、入院が長い、きつい。
最初は一週間程度、長くて十日から二週間…と思っていた入院も、今日でもう40日だ。はじめから「一ヶ月以上入院」と知っていればそれなりの準備を整え、それなりのことを終えてから入るし、他人さまへの迷惑も最小限にとどめることが出来ようが、何しろ今回はいきなり肺に穴が開いて即入院、その場で胸腔ドレーンをぶっ刺されたわけだからどうしようもない。

結局ドレーンを入れたまま検査検査で内科に3週間、外科で手術、内科に戻って肺炎の治療。もう入院は今回で最後にしたい、本当に。
最近弱音・愚痴が多くなっているのは知っているが、ここにでも書かなければ言う相手さえいない。

その後8時朝食、味噌汁と、ご飯は1割ほどしか食べられず。
昨日までの吐き気と違い、今朝は胃液を吐いたので食道が焼けるようで、どうにも入って行かない。とりあえずりんごをキープし、下膳してしまう。あまり食事が摂れないと点滴を入れられてしまうのでなるべく残したくないのだが、今朝はどうにも食べられなかった。
すると例のベテラン看護婦さんとすれ違い「食べられました?」と聞かれたのでほとんど食べられなかった、あとでチューッと吸えるタイプのゼリーでも買ってきます、と伝える。
「吸えるタイプのゼリー」は自分でとっさに思いついて名案だと思ったので、しばらくして下の売店へゼリーを買いに行った。ビタミンタイプのもの、カロリー補給のもの、あとはカップの白桃ゼリー、野菜ジュースなど。
さっそく部屋に戻ってビタミン補給のゼリーを吸う。グレープフルーツ味で、微妙。だが飲みやすい。
その後は少しうとうとするが、バイタルはともかく話声や靴音、サンダルのつっかけ音などで何だかんだで起こされる。この部屋は風呂場とトイレ+共同洗面所+洗濯機がある部屋のほぼ向かいにあるので、人がひっきりなしに通るし、立ち話なども多いのだ。
とりあえず病院の床って吸音材とかで作れないものかねえ、とボーッと天井を見上げる。

昼前の検温は36.5℃平熱。血圧正常。
昼食はカレーと軟飯。もう普通ご飯でもいいかな、と思ったがまだ吐き気が治まらないので粥よりマシと思って食べる。カレーは家庭で子供用に作るような和風味(?)の、まあまあの味。最初は順調に食べ始めたが、途中からとても苦痛になってきた。それでもご飯8割がた、カレールーは全部食べきった。
食後は新たに増えたバンコミン(右手の痺れを訴えたあとに頼んだ、神経再生に良いというメチコバールと同様の薬剤)1錠、マグミット1錠、そして肺炎用のバクトラミンのデカい錠剤4錠。薬の種類を数えたら7種類もあった。

朝食前…プリンペラン(吐き気止め)
朝食後…バクトラミン(肺炎)4、マグミット(整腸)、バンコミン(ビタミンB12製剤 末梢神経障害治療薬)、ザイロリック(尿酸値降下)

昼食前…プリンペラン(吐き気止め)
昼食後…マグミット(整腸)、バンコミン(ビタミンB12製剤)

夕飯前…プリンペラン(吐き気止め)
夕飯後…バクトラミン(肺炎)4、マグミット(整腸)、バンコミン(ビタミンB12製剤)

睡眠前…バクトラミン(肺炎)4、レンドルミン(導眠剤)2、パリエット(胃酸分泌を抑制)

と、まあざっとこれだけの薬を飲んでいる。書いててワケわかんなくなった、一瞬。
ニューモシスチス肺炎用のバクトラミンは服用してそろそろ一週間、副作用が最も現れやすい時期になってきた。発熱や発疹、肝機能障害などが主なものらしいが、今のところは大丈夫のようす。ただ吐き気だけは早くから出始めたので、往生している。

午後は特に何も無く、研修医や医師や看護婦が出入りし、シャワーを浴び、買って来た週刊誌を読み、仕事もする。
それにしても延々と窓の外から「ポクポクポク」と木魚みたいな音でずーっとリズムを刻み、マーチングバンドが練習している曲が聞こえて来るのには参った。そんな難しい曲ではないので、曲そのものの練習ではなく、何らかのパフォーマンスのためだろう。これが耳について困る。
ちなみに「ポクポク」音はおそらく指導者だと思われ、5時を過ぎた頃に音が消えた。バンドのマーチだけは5時半過ぎまで繰り返された。どんだけ熱心なんだ。

夕方は空腹になっても吐き気が来ず、ひょっとしたらプリンペランを飲まずとも行けるか…と考える。ただ朝の胃液嘔吐を思い出し、胃酸過多と空腹感による嘔吐を防ごうと、残してあったりんご二切れ(朝食についていた)を食べた。
巨大化した脾臓によって右へ胃が窮屈に押されてるせいか、一度に大量ドカ食いが出来なくなったようだ。少量ずつ食べるとすぐ腹が減る。そうすると胃酸で…ってどうすりゃいいんだか。
6時夕飯は小降りの鰯蒲焼き2枚、ひろうすとカボチャの炊き合わせ、キュウリともずくの酢の物。気のせいか酒の肴に合いそうなもののような…。
幸い吐き気止め無しで8割がた食べられた。良かった。

食後ベッドから降りて歩き、下膳して部屋まで戻る間、咳き込んだら痰が上がってきた。廊下で吐くわけにいかず、慌てて部屋に戻って出すと茶色い「古い血」混じり。こういうものは治療の過程で出るべくして出るし、出さなければならない。起床時などずっと寝ていた後に起きると痰が出やすいが、立ったり歩いたり体を動かす方がいいのだろう。肺の病気は体を起こしていた方がいいそうだし。

その後は仕事を片付けて10時過ぎには薬を飲み、本を読む。
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コメント

ありがとうございます

お気遣いいただいてありがとうございます。
免疫はかなり低下しているようなので、退院・投薬続行となっても、他の感染症にも引き続き注意せねばならず、辛いところです。
まだまだ暑い日が続きますので、お気をつけて。

長井さんといえば水木さんに負けるとも劣らぬ「名言」がたくさん、ありますね。
でも何気ない、普段の香田さんとの夫婦漫才のようなやりとり(お二人は真面目でしたが)がけっこう好きでした。
よく口癖の「ふざけたことするなよ!」を言われました。返品を床に置くと「おいおい、あんまり詰むなよ、下行って見てみろよ」とか。あの神保町の材木屋の二階なので他に詰むところなかったんですけど。
長井さんは社員をよく叱り飛ばしてましたが、確かに小事務所の寄り合いであるあの二階で、青林堂だけがドアの前や踊り場、階段の隅、出入り口の手前までびっしり返本やら新刊やら積んでいたので、他の会社の方に「聞かせている」面もあったのかも知れません。
あのしゃがれ声で酒を飲みながら自分はあまり食べず、
「よう、若いんだからさあ、食っちゃえよ」
と肴を勧めてくれたのも懐かしいです。

お返事ありがとうございます。

お返事うれしいです。
コメントが反映されないこともあることと思っておりましたので。

長身の長井…やっぱりナイですよね。水木さんは長身でらっしゃるので向井君は結構いいと思うのですが。
でも結核を患う前は背は低いけれど顔は良かったみたいです。母方の叔父でもイケメンが一人おりまして、その人は長井に似ているといわれていたのですよ。

しかし、大叔父が私のことをそんな風に言ってくれていたとは意外でした。考え事に夢中になるのか、街で偶然会ってもすぐには相手がわからないような人でしたので。関心が薄いだろうと思っていました。
もっと大叔父に会って、あるいはもっと阿佐ヶ谷の家に厄介になって、もっともっと叔父の言葉を聞いておけばよかったです。
オウムが選挙に出たときの「仕方ねえよな。利口千人馬鹿千人だから」とか、結構名言がありました。

病院の中は適温なのですね。よかったです。
面白いものいろいろご覧になって、たくさん笑われて、免疫力アップなさってください。
(なんか変な日本語ですみません)

ご無沙汰しております

これはこれは、お久しぶりです。ご無沙汰しております。
長井さんがいつも「キョゥコちゃん」と呼んでおられたのをよく憶えています。
もちろん、長井さんの自宅での通夜や密葬、その後も。もう14年ですね…。

今「ゲゲゲの女房」が話題ですが、「ガロ」を知らない世代の人も多く、ネットで情報を探ってこちらへ来られる人もたまにおられます。
あのドラマはもちろんフィクションですが、ご覧になると、長井さんを長身イケメンの村上弘明が演じていて、最初はどうにもしっくり来ませんでした(笑)。
いや、長井さんがその逆だという意味ではなく、長井さんの長井さんたる魅力=小柄なのにオーラ溢れる、永島先生が「小さな巨人」と称したようなパワーが「スマートでいい人」になっててちょっとつまんないな、というか。
塩竃から東京へ出て来て、戦後闇市時代から特価本卸しや貸本漫画、そして「ガロ」と、生きる戦後漫画史みたいな長井さんの傍に十数年居られたことは、自分にとっては本当に有り難く、かつ楽しいことでした。
97年に「ガロ」は消え、その後「アックス」と別資本による「ガロ」へと分裂したりしながら活動しているようですが、そのどちらにも俺は関わっておりません。
いい本があれば読む、読者の立場を楽しむようにしております。

病院に居るので、実はこのところの酷暑の実感があまりありません。個室は26℃設定のエアコンが常についており、窓から見る日差し、道行く人の様子、たまに検査で外に出るような時に、病院じゃなくて外に買い物に出たり歩いたりしなければならない状況だったら大変だった、と思ったりしました。
普通の人でも暑さで命を落とすような状況です、遠藤さんもお身体ご自愛下さい。
ではでは

大変ご無沙汰しております。

長井勝一のところで世話になっていました長井の姪の娘です。長井の葬儀のときと、その前に何度か編集部に遊びに行かせてもらったときにお会いしましたが覚えていらっしゃいますでしょうか。
やまださんとご結婚なさったことも、やまださんが亡くなったことも知らず、白取さんが闘病中なのも知りませんでした。てっきり『アックス』にいらっしゃると思ってばかりいました。
ツイッターの村崎さんの事件の話からここにきて、びっくりしました。大変な酷暑ですがどうぞお大事になさってください。

いまのゲゲゲのブームにちょっと戸惑っております。いまこんなに騒がれるのなら長井がいたときにもう少し本を買ってもらいたかったです。まだドラマを見ていないのですが。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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