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2010-07-27(Tue)

肺炎完治まで入院で…

7月27日(火) 入院44日目★手術22日目

朝方4時前にトイレで起きてから、6時過ぎまで寝られずごろごろ。ウトウトしたと思ったら朝のバイタルで起こされたのが7時前。このところ睡眠時間は正味5〜6時間というところか。
部屋のエアコンはずっと26度設定。これだと朝方小寒くなったりすることもあるが、27度に1度上げただけで汗が出るほど弱くなる。その「1度の差」って何なのか不明。

昨日打たれたツベルクリン注射は盛り上がりも少なくなって、やや薄赤いだけ。かゆみすらない。BCGを打ったのはもう40年近く前の話。今回の入院でも確か結核菌はもうとっくに調べて貰い、陰性だった。これも退院するための色々な用意のためかも知らん、例えば予防的にいくつかの抗生物質を飲まねばならないと思うが、それらの選択とか。

8時前に朝食。
ご飯に変えてから毎朝味噌汁がつくのが嬉しい。全体に病院食は薄味だが、味噌汁は出汁がしっかりきいていてうまい。この病院の食事で一番うまいと言ってもいい。いや一番うまい。ただ量が少なく、大きめのおたまで軽く1杯ポチャッと入れた感じ。大ぶりの汁椀にたっぷり欲しいくらい。
8時から朝の連ドラ「ゲゲゲの女房」を見ていたら、水木さんの奥さんがアシスタントに鍋で味噌汁を出すシーンがあり、こちらも味噌汁をすすっていたのでシンクロに笑う。おかずは練り物といんげんの煮物というご飯の友としては微妙な感じ。「ごはんですよ」にはお世話になりっぱなしです。

9時半過ぎ、「明青」のおかあさんが来てくれた。
「お財布忘れてきてタクシー待たせてるから」といって、フルーツゼリーを3つ冷蔵庫へ入れてくれ、俺がベッドから降りようとすると「ネコちゃんも変わりないし、気にせんと!」と言って手を振ってすぐ帰られてしまった。ああ、すんませんすんませんほんますんません。

何度も何度も繰り返し思うけれども、自分と連れ合いは京都に骨を埋める覚悟で東京を引き払って越してきた。じっくり時間をとってそれなりの手段をとれば、お金になるようなものも、夫婦揃って病人では引越自体が大仕事なので、たくさん捨てた。出来るだけ身軽にして、親戚も誰も知り合いのいない地に移り住んだ。
楽しい暮らしも連れ合いがアッという間に斃れ、自分の病気も進行こそ緩慢なものの、真綿で首を絞めるようにじわじわと帯状疱疹や肺炎が襲ってくる。
そんな中で、連れ合いと二人でお邪魔するようになったお店のご夫婦が、「他人」のためにしょっちゅう猫の世話、ポストの整理をして下さってもう44日になるのだ。
こんな非常識なこと、とても許されることではないと思う。早く終わらせたいと思う。でもそれにはこの肺炎を何とかしなければならない。もどかしい。

自分もどれだけ痩せたか不明で、実は体重を測るのを躊躇している。腕時計も廻るようになってしまったし、結婚指輪も捻らなくてもスポッと抜ける。こんな状態で肺炎抱えてふらふら社会に出られるわけがない。
体力がついたらお店へ伺ってお礼をしなきゃ。まずは治す、治る!


その後看護婦さんに「ケツナイ(血液内科)に呼ばれましたから、11時5分のバスで」と言われる。これは元々外来の診察日だった予定。8週間前、まさか次の診察日に入院中とは思わなかった。
バスは5分ほど遅れて来て、車椅子や患者を積んで出発。今日も日差しが強い。
外来棟正面玄関から入ってくると、何だか外来に普通に行くような気になって足が速くなる。しかし今の体で、しかもマスクなのですぐに息が切れた。2階へはエレベータで上がり、受付をして診察室前で待つ。
体から贅肉が落ちたのはいいが(たぷんたぷんしたところがほぼ無くなった)、筋力も衰えているので、単に弱い人(笑)。その上肺をやられているんだから、俺の弱さハンパねえ…と思いつつ、隣でイチャイチャする若いカップルをチラ見。
彼氏「ごほっごほっ」
彼女「ンだいじょぉぅぶぅぅ〜ン?」さすさすさす(背中)
彼氏「だいじょうぶだよ」にやにや
彼女「ほぉんとぉう〜?」上目遣い

前の人が出て行くとすぐI先生が顔を出して呼び入れてくれ、診察室へ。
I先生も俺も、とりあえずお互い「いやしかし、驚きましたねえ」。
ここで何度も既出の通り、リンパ性の腫瘤だと思ったものが胸腺腫だったこと、しかもステージ?bで全摘できたこと、肺の中の嚢胞がいわゆるブラではなくニューモシスチス肺炎の特異的な例だったこと。
「HIV陰性でニューモシスチスにかかってしかも穴開けタイプというのは珍しいそうです」と話すと「そうですね、まあ免疫がそこまで落ちているということですね」とのこと。
こちらの最大の懸念「それで、元の病気が動いているということはないでしょうか」と聞くと「それは今のところないようですね」と採血の細かいデータを表示させつつ、確認。こちらもホッとした。
今の自分に一番怖いのは日和見感染か。
1000代半ば前後をうろうろしてた白血球数がなぜかここしばらく2500前後と上がってきているが、とりあえず今のところそれ以上増え続けてはいない。血小板数も一時かなり落ち込んだのが、12万前後に落ち着いている。それらが正常かどうかの保証はないが。

「今現在の状態としてはいかがですか?」と言われるので「おかげさまで手術以降咳も減ったし、血痰も今では古い血の残りが出るだけになって回数も減りました。肺炎の薬、バクトラミンを飲み始めてからははっきり減ってきています」と話す。
先生は「ああ、バクトラミンですね」と言われるので「あれを1日12錠飲んでます」と言うと「大変ですね」と言われる。体重60kg以上の人は12錠を3回つまり1回4錠、あのデカい錠剤を飲み下さねばならない。しかもすりつぶしたり割ったりしてはいけない薬=胃でゆっくり溶かし吸収すべき薬なので、そのままで。最初4つ全部いっぺんについグワッと飲んだら、喉に詰まりそうになった。それからは最高2錠と他の小さい錠剤1つ程度に気をつけている。

とにかく、こんな肺炎を発症したのは免疫がそこまで低下しているから。
免疫が低下しているのは、白血病のせい。
その白血病は今のところ、それ以上のことはせず大人しくしている。
ハンパな血球をガンガン作り出すこともせず、ただ人の免疫を低下させた状態に保っているだけ。
なのでこちらとしてはとにかくあらゆる感染症に注意し、何かあればその都度対処療法で行くしかない。左肺に穴が開いたら、また手術だ。

次は「6週間後くらいにしておきましょう」というので9月7日に予約を入れてもらった。
帰りは地下のローソンへ。11時半を過ぎたあたりで昼飯を買う客でけっこう混んでいる。不織布マスクの鼻の部分をキュッとつまんで鼻に密着させ、顎下までキッチリ覆う。これでウィルスは防げないし衣服や髪にも付着する、けれど直接吸うよりはマシだしその他のいらんもん・特に悪臭も多少和らぐ。
とにかくこういう病気になると、そして特に入院し防疫に気をつけていると、臭いに敏感になっている。人様の臭いに文句を言う筋合いではなく、それら一つ一つの臭気にこちらが鋭敏になっている、ということ。なのでもちろん(他の人もそうであるように)「ウッ」と思っても平静にしているが、中には同じエレベータに乗っていると吐き気を催すほど地獄のような臭気の人も居るので、そういう意味でもマスクは必須。

結局買い物はチルドカップのコーヒーだけ…と思って棚を眺めていたら、納豆発見! 「超小粒・おかめ納豆」。しかし4連…。ミニカップ3つパックとかでいいんだけど…としばらく逡巡した挙げ句、結局買ってしまった。何しろご飯のおかずが薄味ばかりなので、のり佃煮やふりかけのヘビーローテーションもいい加減飽きる。白ネギは売ってないしあっても刻む手段もないが、納豆は嬉しい。匂いだけが問題だが…。

正面玄関にゆっくり歩いて行くと、ちょうどバスが着いたところ。運良くすぐに乗れた。しかしそこから南病棟へ廻るとどんどん患者が増え、結局超満員。
この乗り降り、待ち時間がけっこう長く、久々に歩いたこともあって少し疲れた。
病室に戻ると12時10分。
ご飯が置いてあったのでさっそく納豆パックを開けてかきまぜる。からしと醤油だけだが、久しぶりなのでもの凄くうまい。思わず納豆だけでご飯を三分の一以上食べてしまい、もう1パック開けた。4連パックで正解だったんすか…。
気がつくとおかずのサバの塩焼きなどに手をつけていなかった。しかしご飯はもう残り少なく、結局少し残してしまうというマヌケぶり。白飯に納豆で、どんぶり一杯完食。

午後は主に仕事。時々逃避&休憩。逃避といってもツイッターで知り合いとやりとりしたり、ぼーっと外を眺めたり、まあこの記録を詳細につけるのも、自己相対化デアル! と言いつつ逃避ではある。ぼーっとしてる方が多いかも。

夕飯はビーフシチュー、というより和風ハヤシライスのような味。おひたしとご飯を少し残した。ていうか今の自分にはご飯の量、多すぎると思う…。昨日納豆飯でどんぶり一杯完食したら他のものほとんど入らなくなったし。

食後しばらくテレビでニュースを見ていると服薬の確認。その時「もう吐き気止めは飲んでないですね」と言われたが、一応「お守りに」引き上げないようにして貰う。それから間を置かず、ちょっと腹が苦しくなったせいか、弱い吐き気が来たが我慢。食う前ならともかく食った後、薬も飲んだ後に吐きたくない。

その後夜も仕事→休憩を繰り返しつついると、N先生が来て、俺の肺炎について色々各方面とも話し合った結果、「やはり3週間、きっちり入院された方がいいということになったんですが」とのこと。

退院フラグ消えたか…。
今で10日ほどだから、あと10日…。
「明青」さん、すみません…。

文献によれば、同じ慢性血液腫瘍・CLL、かつ非HIV感染者でニューモシスチス(旧カリニ)肺炎になった例は非常に珍しいが、あったという。ただそれは治療中に骨髄抑制が出た状態での話で、俺のような無治療の状態で感染というのはそれこそ「報告レベル」(学会?)だそうだ。本当に珍しいづくしである。
血液の詳しい検査によって、この肺炎に対する免疫も落ちていることが判明したというし、とりあえず規定のバクトラミン服用期間=一日12錠を3週間、肺のレントゲンやCT、喀痰などで回復を見ながら入院で治療した方が安全でしょう、ということ。

もともと「はよ出せ」などと無理や我が儘を言うつもりはなかったし、怖いのはこの肺炎だけじゃない。結核、カビ類、世の中は普通の人なら何でもないが免疫の落ちた人には殺人的な、弱い者には徹底的に強い菌がうようよしている。
そこへ肺炎が完治していない状況で戻り、ただでさえ弱っている体にこれ以上余計なものが入ったらそれこそ命の危機に直結だ。なのでこの肺炎をきっちり治して、お墨付きを貰ってから出た方が自分も安心です、と話す。
免疫抑制中の人に、予防的にこの肺炎の薬や結核菌を殺す薬を飲ませることも多いそうなので、N先生は「そういうことも考えた方がいいかも知れませんね」とのこと。

しかし報告レベルとは俺もどこまで珍品なんだか。
N先生が「入院もここまで長くなると、ちょっとしんどいでしょうけど…」と言うので「でももし気胸にならなかったらカリニじゃないか調べる、なんてことにはならなかったですし」と話す。
通常の人よりも細かい、血液腫瘍の患者の検査項目にさえない、特定の1種類の病気の存在を名指しで「血中の成分を細かく調べてくれ」と言える人は超能力者だろう。
俺が当初咳が出たのを「喉風邪か」と思い、風邪薬を飲み、検温では微熱もなかったので「長いなあ」、痰が出始めたので「しつこいなあ」、血が混じりだしたので「咳をしているうちにどっか切れたか、血が止まりにくいしなあ」…で済ませていたら。
胸腺腫もステージ?bで全摘出来たのも、肺炎で肺に穴が開いてたことも知らず、手遅れになっていた可能性もある。N先生も「実際白取さんの場合はそういう場合(風邪を引きやすい、長引きやすい、血が止まりにくい)も考えられますからね」というし、要はこういう「流れ」なのでそれをねじ曲げて「家に帰せ」などとはとても言えない。言えるはずがない。

あと十日ほど、渡辺さんすみません。こちらも頑張って肺炎をやっつけてから、体力つけてお礼に伺いますので!
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コメント

ご無沙汰しております

気胸、経験者でしたか…。胸腔ドレナージはまさに他人に「刺される」わけで、嫌なものです。
自分の場合は通常の気胸と違い、珍しい症例で、免疫力が落ちたためにかかった肺炎が作った袋のようなものが、肺の壁を道連れに穴を開けたらしいです。
なのでその穴の元がまだたくさん両肺にあり、肺炎の治療でそれらが消えるのかどうかはまだ不明です…。
通常の気胸も再発を繰り返す人も多いので、心配ですね。

あと長沢さん胆嚢炎ですか…。俺も胆石発作を何年か放置していて、肝炎寸前になって入院、引越後に胆嚢摘出術をしました。あれも痛いですよ、地獄のように…。
ただ病室の不満や愚痴が出るようだと、関心が他者に向かう余裕が出来た証拠なので(笑)、大丈夫ですよ。治れば普通の生活、です。
お二人とも、お身体ご自愛ください。

気胸と胆石

久々にこちらを覘いてびっくりしました。
白取さんがまたえらい事になったはるわー。
私も12年前、気胸をやったので、ドレーンをいれる時の苦痛、手術後咳をしただけで縫合部分が破れるのではという恐怖など生々しく思い出してしまいました。でも今は破れそうな所はコーティングしてもらえるのですね。当時はそんな技術はなかったのか、「破れたらまた来てねー」で帰されてしまいました。
おかげで私の胸にはブラがたくさんあるそうです。なんてことを言っていたら主人が急性胆嚢炎で入院してしまいました。敗血症寸前まで行ってちょっとやばかったです。今は同室の爺さん達がうるさいとか、早く飯を食いたい、いい加減点滴を抜いてくれとか言って騒いでます。
白取さんの病室での様子、すごく参考にさせてもらっています。白取さんはご病気のこともあるので、簡単にはいかないでしょうがお互い早くシャバに出たいものですね。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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