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2010-08-02(Mon)

とうとう入院50日

8月2日(月) 入院50日目★手術28日目

とうとう入院50日目、である。
6月、入院した時は梅雨入りした後だったか…。夏がまるまる入院生活で過ぎていく。

今朝は6時前に起床、いつものようにNHKのニュース。7時半採血2本、8時「ゲゲゲの女房」(どうやら略称は「ゲゲ女」で定着しつつある模様)を見つつ朝食。
昨日の夕飯で、とうとうご飯のおかず類が完全に切れてしまった。朝食はおかずが貧弱で、今朝も小さなひろうすの煮物1つに味のないおひたしのみ。あとはどんぶり飯を味噌汁で流し込む以外ない。結局半分ほど残した。
飯が食えないと体力が戻らない。66〜67kgあった体重が60kgちょいだ。ダイエットなど始めた憶えはない。

「そうだおかず買いに行こう!」と思い立ち、マスクをして9時5分のシャトルバスで中央棟へ向かう。運転手のKさんは話しかけると必ず笑顔で返してくれるが、こちらが黙っていると必要以上のことは言ってこない。いい距離感の人だ。
数分で外来棟の入り口に着き、お礼を言ってエントランスに入ると「ぅわーん」と行き交う人たちの声やざわつきが聞こえてきて、何となく懐かしい。
ついつい正面玄関から入ると外に居た時の習慣でスタスタと歩いてしまうが、すぐに息が上がる。階段を手すりを使ってゆっくり歩き、地下のローソンへ。こんなところでふらついてコケたら、頭の鉢が割れるかどこかの骨を折りかねない。難儀やのう。

ここのローソンは普通の店舗プラス、T字帯や吸い飲み、食器類や紙おむつなど病院ならではのもの、そしてフードが充実しており、暖かいパン類まで置いてある。そして半分、といっても20〜30人は入れる2人掛けテーブル席と壁際の席があって、買ったものをその場で食べることも出来る大きさだ。棚の間も若干広めで、車椅子でも入れるようになっているのも「最新の施設」という感じ。

まずはご飯のおかず。今までは小分けされたものを買っていたふりかけの大きい袋、定番「ごはんですよ」、納豆4パックなどを仕入れる。レトルトカレーは迷ったが暖める鍋が談話室にないので諦めた。(後で思い出したが、ボンカレーだとレンジで温められたのだった…)
お茶なども買ってけっこう重い袋を持って正面玄関へ行くと、次は20分後。ああそうか、南病棟だと思い、すぐにとって返す。果たせるかな、さっき自分が載ってきたKさんのバスが南病棟に廻っており、ほぼ発車時刻で滑り込みセーフ。しかし息が切れた。

Kさんがスライドドアを開けてくれたのでお礼を言って座席に座ると、隣に男性の看護士か助手さんが座っていて「凄い荷物ですね」という。「ごはんのおかずなんですよ。もう死活問題です」と言うと「ああ、あっち(南西病棟)はあんまり置いてないですからねえ」と納得されてしまった。

部屋に戻ったら9時40分前、この「買い物」は効率的だった。タイムロスはいったん正面玄関へ行ったあと南玄関へ回ったくらいだった。ヘタをすると1時間仕事になるので、全然違う。
そろそろ病棟がざわつき始めている。新しい入院患者が入ってくると、まず病棟を看護婦さんが「ここがトイレ」「ここが浴室」と案内するのだが、そういう声も聞こえてくる。入院患者の付き添いらしい家族が連れてくる幼児の甲高い奇声と走り回る足音。新たな下駄かよと思うほどのカッツンカッツンという大きなつっかけの音。
昨日の静けさに比べると「活気がある」というよりは「やかましい」(笑)。

仕事が終わっていないのでイヤフォンで音楽でも聴きつつやるか、と思ってPCを開いたらN先生が診察に来られる。
肺炎の病状のことも少し話すが、中がどうなってるかは結局レントゲンでは解らないので、あさってのCTを見るしかない…ということは理解している。今日の採血の炎症反応やCTなどで今後のことを決めましょう、という確認。通院投薬治療になるばいいが、過度な期待は持たないようにしよう。退院は俺の意志で決まるわけではなく、医師が決める。それに従おう。「流れ」に無理に逆らっても、今まであまりいい思いをしたことはない。

ローソンの荷物を提げて普通に歩いただけで息が切れ、動悸がするような体。家に戻れば買い物やら掃除やら洗濯やら食事の支度など、そして今も明青さんにご迷惑をおかけしている猫の世話まで、日常やらねばいけない作業が圧倒的に増える。体力を回復させ、無理をしない範囲でちょっとずつ歩くようにして、普通の状態へ戻さねばならない。

昼は配膳の音がしたので、コップを入念に洗い、インスタント味噌汁を持って談話室へ。ガス給湯器があって熱湯も出るが、少量なのでここは水から湧かしたい。ポータブルのIHヒーターがあるので、やかんに少量の水はあっという間に沸騰。コップに味噌汁の元と湯を入れて、部屋に戻る。

やはり味噌汁があると全然違う。幸いおかずはかに玉、豚肉炒め、ピーマンとじゃこの和え物、とまあまあご飯に合うものだったので、ほぼ完食。味噌汁で口をしめらせて開始、味噌汁を飲み終えて終了というのは「食った〜!」という充足感があっていい。とてもいい。

午後は仕事〜休憩・逃避〜仕事。目が疲れた。そういえば必須である目薬は家に置いてきた。入院に最低限必要なものはまとめてあったし、たいていのものは買って済ませられる。でも家にあるものを新たに買わねばならないという場合、少し躊躇するのは貧乏性か…。

5時前に飲んでおいたプリンペランが効いてくれた。
6時、夕飯は納豆とインスタント味噌汁。おかずも山盛りの酢の物を残した以外は完食。
はっきり言う。納豆大好き。ナットウキナーゼは血液をサラサラに…って俺のような血小板が減少している人には良くないかも知れないけど、きっと大丈夫だ。うまいから。

その後は軽く目眩と頭痛がしたのでパソコンを閉じていたが、8時半過ぎから一気にこの記録。お見舞いコメントやメールなどいただいた方、ありがとうございます。

そうこうしつつ「今日は血痰が少ないな」と思っていたら、夜になってまた出始めた。胸の中にある肺炎の巣窟、いくつもある穴…まさしく「巣穴」のようなものから出てるのか。だとしたらいいことか、あるいはまずいのか。あさってのCTの結果まで、考えても仕方がない、考えないことにする。

吐き気がなくご飯が食べられるという事実をもって良しとしよう。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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