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2010-08-03(Tue)

非日常生活

8月3日(火) 入院51日目★手術29日目

夕べは11時就寝、3時ころトイレで起きたあとウトウト。5時ころ、部屋のドアを「ドドン!!」と叩かれたような音がしたので何事かと飛び起きて出て行ってみると、看護婦さんが二人駆けつけたところで、こちらに「ごめんなさい」というサインをしている。
隣の部屋のじいさんが廊下が暗かったのと昨日入院したばかりで慣れてなかったので、よろけてドアにぶつかったそうだ。そうすか、ですぐ戻ったが目が覚めてしまい結局そのまま起床。

朝はいつもながら胃酸過多も吐き気もなく調子がいい。
肺炎治療薬バクトラミンの副作用で出て来たのは、俺の場合唯一この吐き気。しかしこれがあるとないとでは大違いだ。血痰は今日も赤が混じる。しつこい。
8時ころまでは雑事をしながら、ツイッターで知り合いとやりとり。

8時朝食はインスタント味噌汁と納豆で待ち構える。今日もご飯のおかずになるようなものは無かったので、納豆大活躍。でも朝は味噌汁ついてたんだった…。両方飲んだけど。

午前中も特に吐き気はなし。それにしても三度三度白飯だとバリエーションにも苦労する。思い立って下の売店へボンカレー(レンジで温められる)がないか見に行くと、レトルトの湯煎方式のしかない。
すごすご戻ってくると昼食が来ていて、何とカレー。奇跡が起きた(笑)。もちろん完食。

午後はずっと仕事に集中。集中しすぎて目がしょぼしょぼ、肩や首がビキビキ、頭はクラクラし出したので3時過ぎに休憩。風呂でも…と思ったら「使用中」。
とりあえずストレッチでもしつつ待とう、とベッドの上に渡してあるキャスター付テーブル(ボロいのでぐらぐらしていて「キュラキュラキュラ」と車輪も妙な音を立てる)を足下へ押したら、テーブルの上の外付けHDDが電源ケーブルに引っ張られて床に落下。
ケーブルの長さが足りない気味だったので注意していたのに、今日のシーツ交換時にベッド脇の小テーブルをずらした時、足に噛んでいたようだ。

「カシャン!」というプラスチックのあたる音がして、外側の筐体が外れて3.5inchHDDの基盤面が剥き出し状態。真っ青になる。とりあえず拾って筐体にはめ込み、恐る恐る電源とUSBケーブルをさし込み、スイッチオン。何も言わない。PCも認識せず、ドライブ表示も出ない。変な汗が出る。
もう一回筐体から出して今度はHDD剥き出しのままもう一度さし込んで見ると、無事モーターの回転音とアクセスするカリカリという音が聞こえ、PCも認識した。ホッと一安心だけど、この状態だと次に落下させたらアウトかもな…。仕事のデータと、入院中の記録などが入っているからすぐにでも移動させたいが、なんだかんだで200Gbほどあり、ミニノートへの移動は無理。
注意して使いつつ、退院したら真っ先にバックアップか…。それまで持ってくれるといいが。

その後はHDDを少し休めるために作業をやめる。シャワーのあとはテレビを見たり週刊誌を読んだり。
夕飯はアジの塩焼き、豆の煮物、おひたし。「伯方の塩」の小瓶を買っておいたので、付け合わせの茹で山芋に軽く振って食べたらうまかった。ただアジは少々生臭くて完食出来ず。
そういえばこのところメシに文句ばかり言ってるような気がする。気持ちに余裕が出ている証拠かも知れない。塩分量やカロリーなど制約も多い中、頑張って作ってくれる人たちがいるわけで、あまり文句を言っては申し訳ないな、と反省。ただこないだのなまり節(以下略)

夕方看護婦さんとも話したのだが、現状はとにかく回復しつつある実感は何となくある、けれどその「裏付け」がない状況だ。
採血の結果ではCRP(炎症反応)が一時期減ったと思ったらまた上がっていたりで、はっきりしない。いくら血痰が減ってきた、咳もずいぶん減った…という実感があっても、医師の納得できる根拠がなければ向こうも「もう出ても安全」とは言えまい。

その根拠の一つとなる重要な検査が、明日の胸部造影CT。結局袋状の穴は薬でどうなるのか、そもそも実際薬は効いているのかいないのか、回復しているのかしていないのか、順調なのか停滞しているのか。それらはいくら考えても想像しても、あまり意味のないことだ。

看護婦さんと世間話で「でも長いと気持ちの面で大変ですよね」、「病室にずっと居るということって、非日常じゃないですか」。「あらかじめ期間が決まっていたわけではないので余計にしんどいですよね」とも言われ、その通りなんだけど、俺の場合はもう「流れ」なので仕方がないと思っている。くよくよしてもやきもきしてもイライラしても泣きわめいても、肺炎がピタリと治るわけでもなし…。

しかしいい加減、出たいよ(本音)。

トイレのついでに体重を測ったら、61.3kg。微増ながらこれも順調だと思おう。
その後8時過ぎ、I先生が病室に来られ、今後のことを少しお聞きする。
まず量肺にある「穴」、これの壁が薄く鳴ってきているのがレントゲンで見ても解るので、それはいいことでしょうということ。ただ先週のレントゲンで右肺に少し水が溜まっているのが見えたが、量的にはあまり変わらないのだけど、依然あるという。肺の中にある「穴」の中にも少し液体があるようなので、針を刺して何なのか調べたいということ。
治療効果については明日のCTである程度評価できるので、それから退院などについては考えましょう、とのことだった。

ここからは素人の素朴な疑問
・胸腺腫を?期で摘出できたことは喜ばしいものの、白血病患者としては大事なT細胞の生成に必要な胸腺が無くなってしまい、今後ますますCD4T細胞が減りはしないかということ。500を切るとニューモシスチス・カリニの感染リスクが高くなり、200を切ったら投薬で予防するというレベル。先日I先生に伺ったところによると、俺の場合はなんと120〜140程度だったという。もう発症して当然のレベルだったわけだ。

元々のCLL(慢性リンパ性白血病)にしても、俺の場合T細胞性なので、B細胞性に効くリツキサンも効果がなく、今のところそれほど有効な治療法というのがないようだ。骨髄移植をしてもそれほど延命できるかどうか保証もない。そもそも今のこの免疫抑制に近い状態で移植〜寛解まで持ってける体なんだろうか。
CLLのステージは俺の場合明らかに?期だとすれば、10年生存率は無治療で10〜20%程度らしい。5年で50%だから、とりあえずそこはクリアしたわけだが、これからの残り5年は厳しいものになりそうだ。

何しろ懸念されていたさまざまな感染症やウイルス性疾患を、こうして実際にもう発症している。帯状疱疹の悪化、今回のニューモシスチス=カリニ肺炎。まだまだ日和見感染はたくさんあるし、世間は真菌だの黴だの免疫の落ちた人には怖い怖い目に見えない敵がうようよいる。

それらをかいくぐり、たとえ何かに感染しても重症化せぬうちに素早く治療が出来て予後がいい、それらが重なって、運もあるしタイミングも合えば何とか生き延びられるというわけだ。
あと5年は正直、この状態だとどう考えても厳しいというのが実感。
けれどもその終わりの時は、きっと教えてくれるひとがいるので、それも「流れ」に従うまでだが。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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