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2010-08-05(Thu)

退院日決まる

8月5日(木) 入院53日目 手術31日目

夜中、3時5時と目が覚めつつ6時半起床、今日の京都は青空がもの凄く綺麗。見渡す限り透明なスカイブルーの空。白い雲がぽかりぽかりとまばらに浮いている。空が広い。高層ビルがなく空が広いという街はいい。本当に、いい。

朝は味噌汁、焼き鮭、無味のキャベツもみのゆかり和え以外、「ゲゲゲの女房」を観つつ食べた。食後コーヒー牛乳を飲んでいるとN先生。「CTの結果について昨日I先生から聞かれました?」というので聞いたと答える。その確認と今後のことについて。
今後に関しては一度またカンファレンスで相談して決めたいということで、例えば通院をどうするかとか、予防的投薬をするかなど。

こちらとしては白血病の動きを見る血液内科の診察が6〜8週間おきなので、その間に呼吸器内科の外来診察日があると安心なのだが。実際、咳と痰がしばらく続いていた時はもうすぐ血液内科の診察日だから、そこで解るだろうと思っていた。
けれど採血の結果では基礎疾患である白血病の動きはない、ということだったし、元々免疫も落ちているから先生にも「喉風邪が長引いてまして」とこちらから自己申告してしまった。
その時点では微熱もなく実際に咳、痰が続いてたくらいだったので、まさか肺の中にニューモチスチスが巣穴をいくつも穿っているとは誰も思わなかっただろう。
結局その診察日から数日で、その中の一つが肺の壁もろとも破れて気胸になり、入院…となったわけだ。
今後はこれに対する予防も必要だろうか、いずれにせよ呼吸器内科の診察も血液内科の間に定期的に入れていただけると、精神的にも非常に心強い。もうずっと何らかの薬を予防的に飲まねばならないのは、帯状疱疹の時に一度覚悟している。実際は帯状疱疹の抗ウィルス薬は服用せずに済んでいるが、肺炎だって早く見つけるに越したことはないし…。

9時過ぎにレントゲンに呼ばれて胸部撮影。
その後bluetoothイヤホンのあまりの音の悪さ(笑)に辟易して有線ヘッドフォンに換えて音楽を聴いていると、11時過ぎにN先生が来て「今よろしいですか」とのこと。
CTの画像を見せていただけるということで、PCのある面談室へ。左側に治療前の断層、右側に昨日の断層で同じ箇所を見ていくと、大穴が開いていたのが潰れたように塞がっていたり、大きかったものが小さくなったりしている。視覚的に確認すると一目瞭然。
「治療効果はあるということはもうこれではっきり解りますね」ということで、あとは規定の3週間で一度薬をやめ、それ以降はどうするか、いったん止めて様子を見て穴が大きくなるようならまた服用するか、予防的に飲んでいくかなど、I先生とも相談して決めるということ。
「入院もね、かなり長くなりましたからいったん退院という方向で考えると思います」…やった、良かった。
もちろん外来で画像は見ていかなきゃならないので、通院はしてもらいますとのことだが、それはこちらもむしろ積極的にお願いしたい。何しろこれ以上注意しようがないレベルでいたつもりなのに、こんな弱い肺炎菌にやられるんだから。

昼ははまちの何とかがもの凄くまずくて食べられず、他のもので半分ほど。贅沢言っちゃいられないが、やっぱり無理なものは無理。
その後薬を飲んで食休みにテレビを見ていると、1時間ほどで少し吐き気が来た。慌ててプリンペランを飲む。バクトラミンの副作用は俺の場合吐き気だけのようだが、これは食前・食後関係なく来るので本当に不快。食後だと食ったものを吐いてしまうので、それだけは防止したい。

吐き気止めを飲んでぐったりしていると、N先生が再訪。
「I先生と相談したんですが、薬は一応止めて、それで退院して貰って様子を見るということになりました」とのこと。
来た、ついに退院…!
「一応薬をやめてみて、どうなるかという観察も出来ますので、週明けということで」決定。
それから一週間後に画像診断も含めて外来に予約を入れてもらい、肺炎がぶり返してないかなどを調べることになった。
あと3日、はっきり先が見えたので一安心だ。良かった…。「うれしいい!」というより脱力。まず猫や家を見て下さっている「明青」のおかあさんにご報告、それから実家とゆうちゃんにメール。それにしても長かった…あと3日だ…。

その後ツイッターでも心配していただいた方々にご報告。おめでとう、のつぶやきに返答。顔も知らない人たちが多いのに、共闘した仲間のように喜んでくれているのが素直に有り難い。友人からメールも来た。本当にたくさんの人に心配をかけ、励まされて生きている。ただひたすらに、感謝しかない。

教授回診の直後、I先生が「N先生から退院のこと聞かれました?」と入って来られたので「はい」と答える。薬は「この後予防的に少ない分量飲んでもらうことになると思いますし、外来で様子見させて貰いますから」と言われる。こちらも「血液内科が6週おきなので、その間何かあったらと考えると、有り難いです」とお願いをする。
「まあ、そんなに神経質にならなくても恐らく大丈夫と思いますよ」と笑われてしまった。

夕飯前は軽い吐き気がする予感がしたので、予防的に吐き気止めプリンペランを飲む。しかしあまり食欲が湧かず、納豆で無理矢理食べた。その後はなぜか怠さがあり、ずっとベッド上で仰向けに寝ている。

今月の月命日も病室か、もどかしい…と思っていたら、退院日決定という嬉しい知らせが聞けた。
いつもいつも本当に、ありがとう。
花はないけど、写真に合掌。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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