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2010-08-06(Fri)

嬉しいお見舞い

8月6日(金) 入院54日目 手術32日目

昨晩は食後ぐったりしてテレビをずっと眺めていた。
NHK「クローズアップ現代」、最新の技術で広島に投下された原爆のキノコ雲の高さを解析された映像を見る。従来8000〜10000mの高さまでと見られていた雲は、多くの写真、新たな米軍撮影の原版などを解析したデータでキノコ雲の3DCGを作り、当日の風速や風向きなども考慮して算出した高さは、何と15000m以上と解ったという。
これで従来「黒い雨」が降ったとされてきた以外の、かなり広い範囲で雨が降った=放射性物質が混じった雨水を浴びた人の数が増えた、ということになるという。国の被爆者認定、保障にも影響するだろう。
それにしても、リアルに再現されたもくもくと邪悪に広がるキノコ雲は、何というか形容しがたい不気味さだ。だが現実に見た人たち、雨を浴びた人たちがまだたくさんおられる。

その後ブログを更新し終えると「「気胸の先輩」看護士クンが来て、退院が決まったことやら色々と世間話。10時半には薬を飲んで就寝。毎朝5時に起きるというのが続いているので、10時ころにはだいたい眠くなる。

夜中2時過ぎか、看護婦さんが入ってくる気配で目を覚ますが、それまでは熟睡、あとは例によって薄い眠りで3時、5時とそーっと様子を見に来る看護婦さんを確認。

そんな感じで6時半起床。今日は抜けるような青空というのか、視界には積乱雲もなく一面のスカイブルー。そしてセミの声。

朝は喀痰検査があるので歯磨きのあとうがいをして出そうとしたが、気管から出すのと食道から出すのとごっちゃになって吐きそうになり、慌ててやめる。その後ベッドに戻って何度か痰が出たので献体は取れたが、吐き気を抑えるのに大変だった。

今日の夜で先月16日夜からバクトラミンを飲み始めて規定の3週間に達する。
(数回吐き気が副作用かどうかの確認のために中断したので、今日いっぱい飲めば規定量)
血痰はつい数日前まで赤い色が混じっていたが、ここ2日ばかりは朝に赤いのがちょっと混じる程度で、あとは茶色の古い血が痰として上がってきて、黄色く薄くなるというパターン。昨日は夜に少し赤がかったものが出たが、今朝はほとんど赤がない。

薬の効き目も凄いがこの規定量・服用期間できっちり結果が如実に出るというのも、凄いなあと感心。規定量を終えたらいったん終了、次の外来まで様子を見て、検査で穴が大きくなったりするようなら、服用を続けるかも知れない…という予定。

朝食前に採血。看護士が「新人の採血の訓練なんですがいいでしょうか」というので快諾。試験管4本。聞くとじゅうぶん練習の上、患者さんにも数回行っているというので安心。特段うまくも、ヘタでもなかったけれど、抜く時はハネを抑えてまず針を上ではなく手前に引かないと、痛いですよ。採血評論家か。

NHKでは広島での被爆者追悼式典の中継、夕べ見たキノコ雲を思い出し、思わず黙祷。
朝食は納豆で8割がた食べられた。

朝ドラ「ゲゲ女」では深沢率いる嵐青社が大手と「ゼタ」ごと買収されることが決まったが、よく聞けば大手は「ゼタ」の看板と人気作家だけが欲しかった…ゆえに商業主義よりも「いい漫画」を載せたい、いい新人を発掘して育てたい…という深沢の気持ちは踏みにじられ…という回。
深沢は騙されるところだったわけだが、キッパリ断り酒場でヤケ酒、居合わせた出版関係者が漫画をバカにする発言をするのにキレて乱闘…。

「ガロ」にも某超大手版元から同じような話があり、同じような経緯でお断りした、という事実があることは長井さん含め複数の人から聞いて知っている、周知の事実ではある。あの小柄で「片肺」の長井さんが酒場で喧嘩をしたのかは聞いていないが(笑)、ここら辺も実際と虚構が絡めてあって、フィクションであるこの連続ドラマが「ガロ」や長井さんを知る我々にも、知らない今の人たちにも楽しめる要因になっているのだろう。

その後はまた猛烈な眠気が来てベッドに横になる。久々に寝汗をかいた。
シャワーのあと昼食。あまり食欲がなく、インスタント味噌汁のおかげで何とか半分ほど掻き込んだ。

調子はそれほど悪くない、なのであとは「退屈だな」と思っていたらN先生が今朝の採血のデータを持ってきた。
「白血球がちょっと減ってるんですよね、それとリンパ球の割合も低いので(13%)、計算すると220くらいしかないんですよ」とのこと。

その中でも「CD-4」に関しては特殊な検査項目なので今回は算出していないが、リンパ球の数を見れば推して知るべし…か。
「普通は500を切ると何らかの予防が必要と言われてますし、200を切ると危険なので、やっぱり白取さんの場合は予防的に(バクトラミンを)飲んで貰った方がいいと思うんですよ」とのことだ。
そうなんだ…。一度中止し様子を見るなんてレベルじゃないわけだ。いい方向へ向かっている、肺炎が治れば…と思っていたが、これでは外へ出ればまた肺炎がぶり返すか、新たな感染をしかねない。
「それはこちらも怖いので、むしろ積極的にお願いしたいです」と言うと
「肝機能を見ても悪くないので、この場合やと…一日一錠とか飲んで行かれた方がいいかも知れませんね。薬さえ飲んでおけば予防できますから」とのこと。
「退院までにI先生とも相談します、ちょっとバタバタしてすみませんが」と言ってN先生は去って行った。

何というか…これから先も「生きていくのが命がけ」か。意味がよく解らんが。

ちょっと落ち込んでいると、突然部屋のドアがノックされる。
看護婦さんや先生なら返答しなくても有無を言わさず入ってくるので黙っていたら、影はあれど入ってくる気配がない。「ハイ」と返答すると、何とうちのマンションの下にあるI内科クリニックのI先生の奥さんだった。

気胸と判明して入院支度をしに戻った時、ちょうど奥さんと会ったので「これから入院で」という話をしたのだが、「その後帰って来られた様子もないので、まさかまだ入院されてるとは知らなくてすみません」と申し訳なさそうに言われる。いや俺も一週間か十日とその時お伝えしたので、そう思ってたわけで。

お見舞いにご飯のおかずと韓国海苔、塩昆布、そしてスティック型の「一口カレー」をいただいた! こ、これならコップで湯煎できる! 「入院が長引かはると、食事がどうしてもねえ」とのこと、さすが入院患者の心理をよくご存知である。
こちらは退院まではもう検査や採血もないので、ヒマなだけ。むしろお客さんは大歓迎なので、座っていただいて話し込んでしまった。

詳しくは書けないが、奥さんのお兄さんは俺と同様血液腫瘍で亡くなられており、免疫抑制の怖さ、治療の過酷さなどをよくご存知だ。(ちなみにその方は生前やまだ紫のファンでおられ、今では感化された義理のお姉さんもファンでいらっしゃる)
気胸から手術〜肺炎という経緯、連れ合いの病気の話などお互い尽きることがなく、結局4時過ぎまで長くお引き留めしてしまった。

俺の場合5年生存率50%のうちには何とか入っているが、あと何年生きられるか。一年一年がサバイバルのようなものだが、奥さんは「今の薬品開発は凄いスピードだからきっといい薬が見つかりますよ」と慰めてくれた。あまり気長には待てないが、抗がん剤投与〜骨髄移植…という薬剤もプロトコルも決まっているタイプであっても、免疫抑制中の肺炎で亡くなる人も多い。
自分は有効な薬剤がなく、今すでにT細胞に関しては著しく減少しているわけだし、QOLを考えても過酷な治療に踏み切るかと聞かれれば断るだろう。「流れ」がそう向けば従うが、それは今のところ無いようだ。そっと気をつけながら生きろ、ということだろう。

しかし途中軽く吐き気が来て薬を飲んだものの、久々に看護婦さんや先生たち以外の人と長々とおしゃべりが出来て、気分は少し晴れた。知り合いのほとんどいないこちらで、「明青」さんといいI先生ご夫婦といい、有り難い。ほんとうに有り難い。

夕飯時に吐き気は消えてくれたのは良かったが、まさかの揚げ物登場。
前もこういうことあったな、と苦笑。ころもはふにゃふにゃになっているが、柔らかいミニヒレカツが3つ。普通なら驚喜するところだがちょっとげんなりだ。
さっそくいただいた一口カレーのスティックを2本、コップを熱湯に入れて湯煎。けっこうおいしかったし一口どころか三口ほど1本でいけるので、ご飯はかなり食べられた。おかずはヒレカツの小さいのを3つ食べたら、もうギブアップ。
胃が脾臓で圧迫されて窮屈な上痩せたので、余計に小さくなったらしい。

その後はあまり体調が良くない。下腹部に不快感があり、そのせいか吐き気が弱くずっと続いている。薬を飲むほどではないものの、一日でこう起伏が激しいときつい。
日中看護婦さんも「大変ですね」と言ってくれるが、抗がん剤やステロイドなどの使用でもっと厳しい副作用に悩む人も多い。
この薬のおかげで自分にとって致死性の肺炎から命を守れるわけだから、散発的に起きる吐き気、それも吐き気止めで抑えていられるような程度なら良しとする。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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