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2010-08-07(Sat)

吐き気消失

8月7日(土) 入院55日目 手術33日目

夕べは10時消灯、テレビだけつけて横になりNHKスペシャル「181冊の報告書」を見た。日本人の医師団と調査隊は原爆投下直後から広島入りし、詳細な被害報告書を作成していった。建造物の被災状況よりも、なんと言っても圧巻なのは極めて詳細な「181冊の被爆者の医学報告書」。
調査は原爆投下後から遺体解剖も含めて被爆者たちの死んでいく過程や回復していく過程など、詳細な調査を行ったわけだが、それはあくまで「調査」「観察」であって「治療」ではなく、やがてやってくるGHQ=米軍にそれらを言われもしないのにそっくり差し出し、米軍(GHQの軍医大佐)が歓喜したという話。実際の大本営医務局の患部や軍医佐官などの証言なので、圧倒的なリアリティ。
「どうせ出せと言われるのだから差し出した」というのは本音だろう。要するに日本軍側の数少ない「カード」の一つであったわけで、「これで何とか穏便に」という意味でもあったのだろう。(これは証言者=軍医将校の言葉からも察せられる)
いっぽうで患者側は、自分の11歳の娘が目の前で亡くなり、その遺体をおぶって帰ろうとしたら呼び止められ「解剖させて欲しい」と言われたという話。一度は断ったが、被爆者のためだ、今後の治療に活かしたいと言われて献体したという。実際は米軍に渡すためだったのだが。
また幸い回復に向かっていた人もその過程…バイタルから写真からを細かく記録され、「まるでモルモット扱いだった」と憤る人もいる。とにかく原爆投下国=戦勝国、原爆被災国=敗戦国という構図がくっきりと浮かび上がる。

ところが残念ながら番組を40分ほど見ていたところで薬が効いてきた。どうにも抗いがたい眠気で、テレビを消して枕元の電灯の光量を落とし、11時前には寝てしまった。いずれ再放送でまた見よう…。



今朝は朝方何度か目が覚めたが6時過ぎまで比較的熟睡。やはり週末で静かだったせいか。完全に起床したのは6時半。

昨日は夕方以降劇的に減り、たまに出ても薄い茶色か黄色に近いものだったので、確実に治ってるな、と安心していた。今朝の洗顔時は赤茶色のものが多めに出た。もっとも鮮血のようなものではなく、薄いものではある。その後も数回ベッド上で出すが、赤はほぼ混じらなくなった。

8時朝食はインスタント味噌汁を追加し納豆でもりもり食べる。
朝が一番調子がいいし食間が開いているから腹も減っていて、しかも胃酸過多や吐き気もないため、ここで出来るだけ食べておきたい。
もっとも今日からバクトラミンは一日一錠、つまり12分の1に減るので副作用である吐き気も弱まるのではないかと期待している。

看護婦さんに聞くと、免疫低下の患者さんでニューモシスチス肺炎の予防にバクトラミンをこの量飲んでいる患者を見たことがあるが、この量で副作用が出た人はいなかった、と言っていた。吐き気さえ無くなってくれれば、日常ずいぶんと助かる。

家に戻ってまずは掃除などもあるが、食事の問題がある。
買い物に外に出て、猛暑の中荷物を持って戻ってくるのはまだ無理っぽい。無理をすればやれるし、今まで割合に無理をしてきた自覚はあるが、今回でもう懲り懲りだ。我慢したり無理をしてもいいことは何一つなく、逆に状態は悪化するしその結果他人様にご迷惑をおかけする。無理はしない、出来ない。
昨日お見舞いに来て下さったI内科の奥さんも「今は、もの凄く暑いですから、気をつけて下さいよ、普通の人でも倒れるくらいやし…」と言っていたので、当分はまず体力回復を優先。けれどそのためには食わねばならず、買い物は必須。悩ましい。

…と、思っていたら10時過ぎに看護婦さんが「やはりバクトラミンは中断になりました」と言って、明日からの分を引き上げに来た。「ええっ?」とへどもどしていると「N先生から説明がありますので…」とのこと。
直後にすぐN先生が来られ、色々総合的にI先生や他とも相談した結果、予防的にバクトラミンを飲まなくても行けるだろう、という結論になったという。
「大丈夫なんでしょうか」と聞くと「不安はあると思いますが、こちらも複数で相談して意見も交換しつつやってますし、不安は任せてもらえれば」とのこと。専門家がそう判断したのなら、素人である患者がとやかくいう筋合いはない。

結論として、一つは肺炎の薬に対する耐性の問題もあるし、これまで通り予防に気をつけつつ、外来で画像も含め定期的に診ていって、何かあればすぐ対処する…という方向で行くこと。要するに俺の場合は今回のように咳が続き血痰が出たらすぐに病院行け、ということなのだ。当然である。
薬も医師が飲まずとも良いと太鼓判を押したのなら、吐き気の出る薬を無理に飲む必要はない。今後またぶり返すようならキッチリ投薬治療で治す、治ったら中断する。「飲み続け」はしなくても大丈夫。
よし解りました。

あとは血液内科の診察間隔との間にうまく日程を組んでいって貰えると、こちらとしてはさらに安心である。
N先生は「まあでも今回はこれだけ長くなってしまって…」とちょっと済まなそうに言われるので、「でも気胸の原因が肺炎と解って、思いがけず腫瘍も取れたし、その結果ということなので良かったです」と答える。それは本心だ。

その後恒例の(?)強い眠気が来て、昼まで寝てしまった。久しぶりに少し寝汗をかいた。
昼食が運ばれて来たが、どうもどんぶり一杯の白米に食欲が出ない。納豆は朝食べたし、このところ「ごはんですよ」やふりかけや味付け海苔やら、一口カレーまでバリエーションを広げたが、どうにも口へ持って行けない。仕方ないので酢豚やサラダなどおかずだけを食べた。
下膳するときに今日担当の看護婦メガネっ娘のTさんがちょうど来て「どのくらい食べはりました?」とお膳を覗かれたので、コレコレというと「明日一日だけですけど、朝パンにしましょうか」と言ってくれる。明後日退院だけど「出来たら、でいいです」とお願いした。こりゃ有り難い。

午後はほぼ仕事。

途中、バイタルで来たTさんとけっこう長く世間話。
彼女のお母さんが朝ドラ「ゲゲゲの女房」のファンで、水木さんやドラマ中の「ゼタ」=「ガロ」について検索したら俺の名前が出て来て驚いたと言われる。いやはやバレてしまった。ていうかこんな名前二人といないので、ググられればすぐバレるが。バレてしまっては仕方ないので、「ガロ」のことなども含めてちょっと雑談。これもまあ今日は病棟も患者が少ないのでゆったりしているということだ。

当然なのだけど、バクトラミンの服用をやめたので吐き気が全くこない。夕方になり空腹になっても、吐き気や気持ち悪さがなく、空腹感のみ。これで当たり前なのだが嬉しい。普通に腹が減る、普通に食欲がある、これで普通の量を食べられてさらに健康なら言うことなしなのだが。とにかく「普通」が有り難い。

食事といえば、とうぶんは恐らくこの猛暑の中買い物に行き、荷物をぶら下げて帰るのは無理だとして、色々考えていた。切実な問題だからだ、。今家の冷凍庫に何があったかを思い出し、一手間アレンジすればすぐに食べられるもの、暖めるだけで一食になるものを中心に、冷凍食品をいくつかネットで調べて宅配の注文をする。

こんな感じでも割合マメな方なので、ご飯は一膳分ずつ、大量に作ったビーフシチューも夏野菜のトマトソースも刻んだ九条ネギなども小分けしてキチンと冷凍してある。牛丼の具もまだいくつかあったはず。あとは冷凍ピラフとか、レトルト類を少し買い足せば数日くらいは何とかなりそうだ。
生鮮、野菜はちょっとの間我慢するか、体調を見て夕方涼しくなった頃合いに近所に行くとか、考えよう。

夕飯前、看護士の「気胸の先輩」=N君が「今日で最後なので」とわざわざ挨拶に来てくれた。シフトによっては明日・明後日といない人もいるので来てくれたわけだが、2ヶ月近くとなると皆さんすっかり顔なじみになり、けっこう話し込むようになった人も何人かいる。
「長かったですねえ」と言われしみぢみ「そうやねえ」と返すが、まあこればかりは仕方がないこと。何しろ病気の体の上に病気病気…と来たわけで、望んだわけでもないし、望むわけもない。
「お互い気をつけようがないけど、気をつけましょう」みたいな話をして、「ひょっとしたらまた入るかも知れないのでその時はお世話になります」と冗談半分、本気半分でお願いした。

夕飯は空腹で食欲モリモリだったが、出て来た魚の煮付けがどうにも生臭くて断念(文句ばかりで申し訳ない)。ここは納豆の再登板、ふりかけなどの合わせ技で何とか魚以外のものは概ね食べられた。食後の薬もバクトラミンのでかい錠剤4つが減るとマグミットとバンコミンの小さい錠剤が2つだけなので、ずいぶん減ったなという印象。

バンコミンといえば右腕の痺れ、薬のせいかどうか単に時間が経ったせいか、伸ばした時のビリッとくる痛みがホンの少し、ごくごくわずかながら薄れてきた。このまま無くなるといいのだが。

夜もそのまま仕事。
寝る前に体重を測ると60.90kg、微妙〜に増えているがトイレ一回で元に戻るような数字か。吐き気がないとあれこれと食事への欲求が復活する。それも病院ではほとんど出ないこってり系の肉料理とか、不健康なジャンクフードとか。三度三度きちんと決められたカロリー、計算された塩分や栄養素の配分を満たした食事は確かに健康的ではある。
実際腸の状態も正常に戻りすこぶる快便(失礼)、家に戻ってもこの状態を維持すればいいだけの話なのは承知している…んだけど。

腸の健康は免疫アップに直結するというし、ビール好きもほどほどにしないといかんのか…と考えていたら友人がイベント会場で見たステーキやピザやハンバーガー的なものの報告の挙げ句ビールを飲んだと知って激しく羨ましくなる。
いやいかん、のど元過ぎればナントカで、けっこう気がつくと不摂生気味になりがちだから、気をつけねば。と言いつつ「のど元」でビールの喉ごしを想像してグビリとなる始末、現金なものである。

しかし体の健康は心の平穏=健康につながるし、心の平穏も健康に悪いことはないだろう。もうすでに体は健康体ではないが、せめてこの上に心労、心痛をを増やさないようにしたい。
まず退院、まずリハビリ、まず恩返し。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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