--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010-08-08(Sun)

退院前夜

8月8日(日) 入院56日目 手術34日目

夕べは11時前には眠れた。夜中もあまり目が覚めることもなく、4時ころまで熟睡。
起床6時。洗顔などして排便後体重を測りに行くと59.95kg! まさかの60kg割れ。起床時は前の晩に比べ発汗分が若干あるが、さらに排便した分があるので、まあ…その分だろう。吐き気は消えたものの、すっかり食が細くなったからなあ。時間をかけてちまちま食べられればいいんだけど。例えば、何かを、飲みながら、ちょっとずつ、つまみを…とか…。

今朝は青地を白やグレーの雲で埋めていった感じで日差しは弱い。セミは相変わらず。
いよいよ今回の入院も最後の一日、明日は退院だ。
しかし今朝はなぜか痰が多い。赤はもう最初だけでほぼ消え、朝イチは薄い赤に茶色、その後は黄色に近い痰がけっこう出る。咳はほぼない。なるほど肺炎はとりあえず「治った」と言える状態なのだろう。

朝食は久々のパン。サラダと牛乳とカットパインナップル、ほぼ完食。
それから少しだけ荷物を片付け、シャワーの後洗濯しようか迷うが、持ち帰って洗うことにする。何せ一回200円、乾燥機100円だ。テレビカードだけでもうオンボロアナログテレビなら楽勝に買えるくらい使ったし、ペットボトルの飲み物やご飯のおかずだ何だと、2ヶ月も入院していると細ごまとけっこうお金を使っているものだ。やれやれ色々大変だ。

今日は睡魔は来ず、少し仕事関係の連絡などをし、昼食はカップワンタンの力も借りつつ完食。久々に全て残さずに食べられた。

明青」のおかあさんからメール「いよいよ退院ですね」とのこと、とにかくリハビリをして、必ずご挨拶、お礼に伺いますと返信。何をどう言っても何をしてもこの間の恩義に報いることは難しいが、まず元気になって顔を見せること、それからキチンとお礼をして恩返しをすること。退院後にまずやらねばならないことはそれだ。

午後はとりあえず仕事も一段落、高校野球でも見るかと思ったらテレビカードが心許ない。ここで新たなカードを買うのは大馬鹿野郎なので(精算は出来るとはいえ)、携帯の地デジ画面で見る。
携帯のワンセグといえばここしばらくやけに映りがいいというかこれまでブロックノイズが出ていた局も全局くっきりなめらかに映るようになっている。
そういえば比叡山中継局の話があったな、と思い調べてみたら7月22日に開局したばかりだった(京都・比叡山の地上デジタル放送中継局の開局について 近畿総合通信局)。
一応府庁所在地で政令指定都市なのに、盆地のせいか洛北のわが家ではいくつかの局がブロックノイズで不安定だったし、メゾネットの「2階」では北側を向いているせいか、NHKと京都テレビの2局くらいしか安定して映らなかった。なので室内アンテナを買ってきて何とか視聴していたわけだが、これで不要になったか。帰宅したら調べてみよう。

午後は仕事を休み休み甲子園をワンセグで見つつ。
夕飯は残っていた納豆をまさかの2パック食い。堪能した! ていうかしばらく納豆いらねえ!
小物の整理は複雑である。
入院には欠かせないハサミや爪切り、小型の鏡や耳栓などをコンパクトに収めてあるボックス、テーブルに引っかけてものかけにするフック、シャンプーやボディソープの小瓶。病院用の洗顔道具やブラシ、整髪料などなど、二度と使わない方がいいに決まっているが、次に使うためにきちんと整理してしまっておかねばならない。使う日が来なければいいのにと思いつつ。
それらもあっという間に終了。仕事のデータが来るまでヒマをもてあます。
消灯のころようやくデータが来たので作業、転送。これがまた速度が遅く、眠気が来るのを我慢しつつ。こうして入院最後の夜は更けたのであった。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。