--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010-08-09(Mon)

退院した

8月9日(月) 入院57日目 手術35日目、退院日

夕べは土壇場で仕事のデータが飛び込み、転送作業があって寝る寸前まで追われた。
というよりもう眠剤を飲んでいたので朦朧としながら、なぜか途中で途切れるftpソフトをなだめすかしたり再起動させたり。最後は転送かけながら半ば寝ていて、夜勤の看護婦さんに「大丈夫?」と言われて慌てて作業を中断して寝た。
朝はその看護婦さんが「こいつ結局電気つけたまま寝てやがる」的に枕元の電灯を消して出て行った気配で起こされた。時計を見ると5時。
朦朧としていたがすぐ起きて洗顔などを済ませ、作業再開。何か退院の日なのにドタバタした朝である。

外は相変わらず天気の良い、退院日和・仏滅の朝。
仕事は何とか朝食前に終わり、さすがにすぐパソコンも閉じた。
朝食はパンにりんごジャム、あとはもう忘れた(今は夜の10時半…記憶が…)。

退院の支度は前の日におおまかには終えていたので、粛々と最後の荷造り。
パジャマの上はメッシュのTシャツに着替え、下だけはジーンズを出しておく。病院内でサンダル代わりに履いていたスリッポン式の靴も袋に仕舞い、vansの靴と靴下を用意。

あとはテレビカードが小一時間残っていたので「ゲゲ女」に続けて甲子園を眺めつつ窓の外を眺めたりしていると、N先生が来た。これから外来へ行くそうだが、来週の外来予約の確認。何だかI先生の外来は一杯一杯だったところに無理に入れてくれたそうで、時間が特に決まっていないという。
「何時ころに来られますか」と聞かれたので、「じゃあ10時ころ……」と言うと「それじゃそう伝えておきますので」ということ。「色々ありがとうございました」と頭を下げて見送った後、何か伝え忘れていたような気がしつつベッドに戻り、とりあえず腰掛けてテレビを眺める。

看護婦さんが食後の薬の確認に来た際、朝のバイタルの時に聞き忘れたので「いつ退院OKなんでしょう」と聞くと、もういつでもいいとのこと。「え…?」と拍子抜け。着替えて荷造り身支度が出来たら、いつでも帰っていいという。ええと、そういうシステムだったか。もう何度目かになるが、脳萎縮してるのか俺は…。会計の書類は下の事務のところで、郵送するように言えば待ってなくても送ってくれるという。
その時、N先生に言い忘れていたことを思い出した。
保険給付申請用の診断書を次の外来の時に用意しておいて貰いたい、ということだった。なので看護婦さんに伝えておいて貰うようにお願いした。思い出せて良かった。最近本当に記憶力がまずい。

さて今回は感染予防の面と自分の精神的なものもあり、(最初のチンピラと同室だった一週間、外科病棟の一週間ほど以外は)ずっと個室での入院生活だったので、差額ベッド代を保険の入院給付でまかなわねば、大変な持ち出しになるのである。
ちなみに高額医療費補助があるので所得に応じて月々の医療費は一定額以上は還付される。請求からあらかじめそれを引いておいてくれると有り難いので、その証明書発行手続きも区役所へ行って行わねばならない。面倒だが病気をするとお金に関してはそれこそ死活問題である。

そんなこんなでとうに荷造りは終え、身支度といってもパジャマの下をジーンズに履き替えるのみ。
一瞬で終了。ジーンズは前のベルト穴より2つ絞ったのに、まだゆるゆるで驚いた。どんだけ痩せたんだよ俺…。

とにかく退院。ようやく退院…、だ。
ずっしり重いキャスター付のキャリーバッグとパンパンになったボストンバッグ、靴を入れた紙袋を持って、9時過ぎに病室を出る。ドアは開放しておいた。
エレベータ手前で詰め所をチラと覗くと皆さん忙しそうだったが、こちらに気付いた看護婦さんが二人見送りに出て来てくれた。本当は一人一人、今日は非番の人たちにも挨拶をしたかったところだが仕方が無い。お二人はエレベータに乗りつつ「お世話になりました」という俺に「お大事に」と手を振って見送ってくれた。こちらも「また来るかも知れませんが」とも一応言っておいた。半分本気である、何しろこんな体なので冗談抜きでまた肺炎なり気胸なりでお世話になるやも知れん。

病棟一階の事務室で退院会計を自宅へ郵送してもらうようお願いし、支払い誓約書というのにサインさせられて、保険証確認のあと晴れて自由の身となった。携帯からタクシーを呼ぶと数分ですぐ来てくれたので、荷物を積み込んで住み慣れた(?)病棟を後にした。
ここから敷地外へ出る時はいつもシャトルバスだったが、今日はタクシーで、向かう先は中央棟ではなく、自宅である。

それにしても2ヶ月近く入っていたと思うと感慨深いものがある。
挨拶したかった看護婦さんや研修医、手術前後に大部屋で会ったじいちゃんやおっちゃんたちも気になる人が何人か居る。でもご縁があったらまた、会えるだろう。
二度ほど信号につかまり、叡電の踏切にひっかかった割には980円で自宅前に到着。やっぱり近い。
車を降りて一息。うちのマンションの向かいにはauショップが普通に営業している。いつオープンしたのだ。ていうか俺が入院中か。浦島太郎か。
マンションのポストは「明青」の渡辺さんが取り入れて下さったらしくカラだったので、そのまま部屋へ。

久々の我が家は……。

玄関から廊下を進んでリビングへ一歩入るとソファの上にユキとシマがおり、二匹とも少し驚いた顔で俺を見ている。シマが上目遣いにそっとどこかへ隠れようとしたので「シマ!」と呼ぶと声で解ったのか、すぐに納得して動きを止めた。どうやら俺にしては痩せており、マスクをずらしてもヒゲも無くなったし…と訝しんでいたらしい。
ユキの方は耳が聞こえないので呼んでも解らず、相変わらず目を丸くして警戒顔。連れ合いが生前教えた「手話」で「おいで」(手をなでるようにくるくる小さくまわす)をやると、「ハッ」としたような顔で「んにゃお!」と鳴いた。「明青」のおかあさんが報告して下さった通り、元気そうだ。

近付いていくと二匹とも、何だかボルボックスのようにぽよぽよしている。どうやら春の毛が夏になって抜け替わるのをブラッシンぐしてなかったので、地毛の上に冬毛がぼわぼわになっているようだ。試しにシマを櫛で一回梳いてやると、何とゴッソリと信じられないほど大量の毛が抜けた。「おまえ、抗癌剤投与中かよ!」と思わず不謹慎な冗談を言う。(癌患者だから言えるジョークなので一般の人は真似しないこと)続けて二度、三度と梳くと、ハゲにならんかと思えるほど大量・大漁に毛が抜ける。

そういえば回りを見渡すとソファの上も抜け毛だらけで真っ白、床の隅にも綿埃状になった毛がそこここにある。俺の場合日常、猫の毛を櫛で梳いてやるのは半ば趣味というか、仕事の合間の休憩・息抜きだったり、それこそ毛並みが綺麗になると嬉しいので毎日やっていのだが、さすがに二ヶ月放置した抜け毛は尋常じゃなかった。
シマは特に元もと毛が多いというかみっしりしているので、もの凄い量だ。ユキも短いくせに抜ける抜ける。二匹合わせて一通り梳き終えると筋肉痛で右手が痛くなり、ゴミ箱にはかなりの量の毛が溜まった。これほど抜けて本当にハゲないかと思えるほどの量である。それでも「もういいだろう」とひと撫ですると、まだまだごそっと抜けて、すぐに抜け毛が宙を舞う。

こりゃ掃除するしかない…!

退院直後だから無理せず大人しく……も何も、これだけ舞う猫の毛の中で暮らせるわけもなく、恐らく肺にも悪そうだ。マスクをしたままだったのも好都合、クーラーをつけると毛が舞うのでそのままダイソン君をひっぱり出し、玄関からリビングまで一気に掃除を開始。最後に毛だらけのソファの毛も丁寧に吸い取っていく。
落ち着いたところでクーラーを25度にし、開いていた窓を閉め、ようやく一息ついた。掃除をしないと窓を閉め切れなかったので、これでようやく涼しくなる。以前のように「病的」なほど滝のような汗をかかず、そこそこの発汗で終えた。

落ち着いたところでまずは、「明青」のおかあさんには「退院しました」と電話を入れ、御礼を言う。
何と冷蔵庫には花が枯れないように入れてあって、今日の分のトマト、レタスにキュウリとオニオンスライスサラダ、そして俺の大好きなポテトサラダまで入れておいてくれた!!
「(人間用の)トイレも掃除しておきましたからね」と言われてもう恐縮至極。俺が退院早々なるべく無理しないように、という配慮から色々……もう頭が上がりません。
そのうえ「当分暑い中買い物も大変やから、明日休みやし要るもの野菜なんかあったら書いといてくれたら買ってきてあげるし」とも言って下さる。それはもうひたすらに固辞させていただいた。有り難いが、有り難すぎてもう土下寝しても足りず地中に首を突っ込まねばならなくなる。
こちらもリハビリもあるので、涼しい時間とか見計らってなるべくちょっとは歩くようにしますし、と話して納得していただいた。

それにしても本当に助かりました。
ありがとうございました。
このご恩は一生忘れません。
正直、どんな身内より実の親兄弟よりも、一番お世話になりました。御礼にはいずれちゃんとお伺いさせていただきます。
これほど赤の他人のために、二ヶ月もの間、猫たちの世話をし色々と世話をやいて下さる方はそうはおられない。本当に、感謝してもしきれません。

それから母親とゆうちゃんにもメール。仕事関係の人へのメールはちょっと後回し。疲れた。ツイッターで@をくれた人へ少し返し、とりあえず脱力。

その後1時ころお腹が空いたが、冷蔵庫の卵、ベーコン、その他の食品の賞味期限は当然ながら6月で切れている。もちろん粛々と全部捨てた。ご飯は冷凍してあるがサラダと何を食べようか……と思いつつ、郵便物を整理していたら未払いの公共料金がいくつかあったので、結局コンビニへ行くことにした。

幸い外は曇って来て気温もけっこう下がったようだ。今だ、という感じで1時ころ出た。
マスクをしているとこの季節は「おかしな人」に見えるので、それとなく咳をしつつ「病気なんです」的なアピールをしつつATMでお金をおろして支払いを済ませ、朝用のホットドッグも…と思ったら売り切れなのか置かなくなったのか、一つもない。ここ二ヶ月ほど、週に4つは買っていた俺が買わなくなったので売れセンではなくなったのか。
仕方なく弁当は交差点の有機栽培の野菜を使っている総菜店で弁当を買い、帰りがけ再びコンビニで明日の分の牛丼弁当とサンドイッチも買って戻った。この時は雨上がりで蒸し暑さが増してきたせいか、汗がだらだら出て来た。ゆっくり歩いたので、疲労感はなかった。

空腹だったのでさっそく買ってきた「出来たてほっかほかのイタリアンハンバーグ弁当」をもりもり食べる。う、うまい。こういう味は久しぶりだ。うまいうまいと一人ごちながら高校野球を見る。そして食後はぐったりしていた。ちょっと動きすぎたか。

それから夕方までほとんど働かず、仕事関連のやりとりを少ししたくらいで、ソファでテレビを眺めたりして過ごした。
そうして6時ころ、退院祝だからと三津子にも陰膳をつくり、お酒をあげて、俺は缶ビールを一本だけあけた。
久しぶりのビールは「うまい」というよりは苦くて一口ゴクリでとどまる。ゴウゴク・プハー! とはいかなかった。その後も「明青」さんにいただいたサラダをつまみに、その一本をチビチビと飲みつつテレビを眺める。
しかし一時は本当に、家に帰れるのだろうかと本気で心配になった瞬間があった。これまでももちろん、そういうところを越えてどうにかこうにか持ちこたえては来た。だが「だから今回も」という保証は自分の場合、全くない。実際こんな肺炎で肺に穴があくこと自体、生命の危機であったわけだし、腫瘍だって放置していれば悪性となり浸潤していたかも知れない。
とにかくまたも生かされたことに感謝、そしてビールが苦いながらも飲めることに、ひたすら感謝。




それから夜になってふと気が付いて、サウナのような二階のクーラーを寝る前につけておこう…と思い立ったが、なぜかリモコンがない。
入院直前までケホンケホンと咳をし血痰を出しつつ、リモコンで弱く風を送ったりしていたはずだが、枕元はおろかベッドの下からどこをどう探しても見つからない。結局何度か諦めてはまた探し、を繰り返しその都度汗だくになるので諦めた。

ネットで検索しても東芝のサイトでは検索の対象ですらなく、リストすら掲載されていない。コロコロとエアコンのモデルチェンジをするのは仕方ないにしても、本体型番と対応リモコンの型番一覧くらい、pdfでも何でも良いから載せといてくれないものか。
このエアコンは十数年前の古いもので、もちろん大家さんが取り付けたものだ。まとめてあった据え置き家電類の説明書を取り出して見ると、本体の型番は掲載してあるがリモコン自体の型番は書いてない。本体の裏を見よ、ってそれ無くしたら終わりか! リモコンの型番が解らなければ検索しようもなく、東芝のサイトにはエアコン本体とリモコンの型番との対比表も前述のように一切ない。それどころかDVDなどはあるが、そもそも「エアコンのリモコン」という消耗品の販売すらしていない、選択肢にないのだ。

しょうがないのでもう一度だけ寝室を入念に探すが、ないものはない。また汗だくになる。不思議だ、あんなもの持って下に降りることは金輪際ないし、だいたい持ち歩くものでもない。
説明書によって、どうやら本体の非常運転スイッチを押すと自動運転してくれるらしいのがわかったので、そうしておく。結局「備品を紛失」したわけで、弁償するか同等品を用意せねばならない。それにそもそも温度設定などが出来ないと困る。
ヤフオクで探すとリモコンの型番で並んでいるため、お手上げ。結局写真を一点一点見つつ、カタログのイラストと照合してようやく同じものを見つけ、型番も同時に判明した。疲れた…。
1500円と送料500円也で中古リモコンを落札…。

そんなこんなで11時過ぎ、ヘトヘトなので休むことにする。長い一日であった。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。