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2010-08-17(Tue)

呼吸器内科外来診察日

8月17日(火)

8時起床。
ゆうべは送り火を見て、連れやご先祖様と一杯やり、12時過ぎに寝た。今年も自宅で見られて良かったと、しみぢみ思った。
夜は割合しっかり寝られ、足元にはユキ、ベッドの下のつづらにはシマが寝ているのもいつも通り。いつも通りの平穏、普通が幸せな生活である。こちらが起きると二匹とも付いて降りて来た。

今日は退院後最初の呼吸器内科の診察日。特に予約時間はなく空き時間に入れてもらっているので、とりあえず猫たちにご飯と水をあげてから、着替えて病院へ向かう。
薄曇りで、すでに30℃近くありそうな暑さ。すぐにタクシーが来たので病院へ。

まず2階で採血、それから1階へ降りて胸部レントゲンを済ませてしまう。この時点で10時あたりだったか、腹が減ったのでドトールでレタスドッグでも…と行ったら満員&行列といういつものパターン、レストランで醤油ラーメン。もうね、ここの醤油ラーメンはいわゆる(以下略)
今日はちょっと麺が変わったかな、という印象ながら、スープまで完食、汗が噴き出てきたので扇子で扇ぎつつアイスコーヒーを頼んでしばらく一服する。

そこからは2階の回廊へ上がり、呼吸器内科外来受付の近く、中央ホールの大画面テレビを正面から見下ろす位置の椅子に腰掛けて、甲子園中継、早実対関東一高の東京勢対決を見る。どうせ音声はくぐもって聞こえないので、携帯のプレーヤーで音楽をイヤホンで聴きつつ観戦。
しかし途中いいところで「この続きは教育テレビで放送します」になり、そこかしこから「ああ…」という溜息というか軽いどよめきが起こったが、病院は空気読まず。
こちらは呼び出し機がずっと「病院内でお待ちください」のままだったので、そのままその席でずっと待っていた。

12時半ころだったか、突然呼び出し機がブーと鳴り「診察室へお入りください」になったので、慌てて小走りで外待合を抜け中待合廊下に面した診察室をノックすると、隣の部屋の前に居たI先生が「こちらですよ」と言われる。
どうやらアナウンスで何度か呼び出されたらしいが、俺はイヤホンで音楽を聴いていたので解らなかったわけで、それで呼び出し機を鳴らしたということ。えらいすいません。
「その機械で呼び出すと違う部屋が表示されてしまいますんでね」と言われて恐縮至極。外来に登録されている部屋番号はI先生の下の先生がたの診察室らしく、こういうイレギュラーの人は直接呼ばれることもあるのだった。迂闊。

さて「その後どうですか」と言われるので、血痰はもう古い血もほぼ出なくなり、朝の起き抜けに黄色い痰が少量混じる程度で、日中の咳もほぼ無くなった。発熱もない、とお伝えする。
採血の結果は変わりなく、こちらはまあ経過としては良好なのだが、胸部レントゲンに関しては良くなっているわけではなく、かといってもちろん悪化しているわけでもなく、あまり変化がないということだった。
ただ肺炎治療前に映っていた「穴」だが、肺炎治療後、そして今日と穴の中に何かが溜まっているような様子になっていて、それがいい傾向か悪い傾向かはちょっと判断つきかねるということ。それと縦隔に近い中央の気管支付近の大きな膨らみみたいなものも、水が溜まったように見えるのが気になるが、とりあえず様子を見てみましょうということ。

また俺の場合、今回のニューモシスチス肺炎に関しての治療は終えているが、今後は予防的に毎日錠剤を飲んでいくより、月に一度くらいのペースで外来で薬を吸引をされた方がいいでしょう、とのこと。今日からさっそく始めて下さい、と言われる。
I先生は採血の結果のプリントと、「医学情報にご興味がおありのようなので」と言ってご自分の研究が報道された記事をプリントして下さる。黄砂がぜんそくに与える影響についての研究記事で、思わずその場で読んでしまった。京都市内ではさほど大きな影響はまだ出ていないようだが、富山など日本海沿岸の地方ではかなり影響が出ているというデータもあり、肺を病む者としては気になる。

とにかく状況は退院のあたりとさほど変化はないようで、次回の診察日は血液内科が7日なので一緒の日にしましょうか、とご配慮いただくが、こちらは間があまり開くのも心配だし、病人ゆえ「病院の診察日を生活の中で最優先にしてますから」ということで、再来週に入れていただいた。
あとは保険請求用の診断書を用意していただく間廊下で待ち、しばらくして「じゃあ診断書は事務へ廻しておきますから、処置室で吸引をして行って下さい」と言われる。

御礼を言って廊下を進み、どんつきを右折して少し行ったところに処置室があった。
看護婦さんが数人いて、これこれこうで肺炎の薬を吸引するように言われたというと、ちょっとお待ち下さい、とベッドの上に座るよう言われる。その間にPCや電話で確認をされて、どうやら薬剤やら段取りをされている感じ。途中、事務の人が来て診断書を届けてくれた。
それからさらに奥の部屋へ通されて、ベッドの上でいったん待つように言われる。
回りは老人、それもなぜかお婆さんが数人ベッドで点滴で何かを入れている様子。ここは呼吸器と神経内科、老人科などの合同処置室なので何の処置なのかはよく解らない。

しばらくして用意が出来たと言われて、隅にある電話ボックス的な小部屋に入るよう言われた。すでに電話機ならぬ小型の吸引器がセットされていて、「そろそろ薬上がって来る頃ですので、これで吸って下さいね」と機械から伸びたパイプを渡され、先端を咥えるように言われる。先端は掃除機の狭いところ吸引用アダプタのような形で「口から吸って鼻から出す感じですかね」と言うと「そのまま出して貰っても、下から出るようになってますから」と言われる。よく見ると吸い口の下の先には穴が開いており、吐く息はそこから出るようになっている。
吸引器の小さいドームがぽこぽこ言っていて、蒸気がほわあっと先端から沸いてきたので、「じゃあちょっと咥えてみてください」と促される。咥えてみると、独特のプラスチックを噛む嫌な感じと、薬の若干の苦みというか嫌な味が相まって、オエッとなってしまった。
涙目で咳き込んでいると看護婦さんが「じゃあ、最初やからちょっと弱めにしておきますね」と言ってダイヤルのメモリを少し下げ、タイマーを20分にセットして「何かあったらそこのボタンを押して呼んで下さいね」と言ってガチャリとドアを閉められた。
俺はスキューバダイビングとかシュノーケルとか口に異物を咥える系は「オエ」となって絶対ダメなタイプだな、と思いつつ、でも気胸やっちゃったから金輪際潜ることすらないだろうし、そもそもシャワーでも溺れかける「プロカナヅチ」なので関係ねえや、とも思う。

さて狭い電話ボックスみたいなところで丸椅子に座り、吸引器の管を咥えて時々ヨダレをティッシュで拭いたり、エづいて咳き込んだりというマヌケな図なのだが、最初はけっこう辛くて何度かゲッとなりつつ、我慢して薬を肺に吸い込むように呼吸。
タイマーの液晶数字が1分ずつ減っていくのが長いこと。10分くらい経つとコツが解ってきたので、唾液が溜まったらティッシュに思い切り出して下のゴミ箱へ捨てて吸引、また気持ち悪くなったら唾液を出して一息ついて吸引…とリズムがつかめてきた。まずいもんはまずいが。
タイマーが0になるとピピピと鳴って、すぐに看護婦さんが「お疲れ様でした」と来てくれたが、それにしても20分は長く、そして薬はまずかった。

もうこれで何もないというと会計して帰っていいそうなので、「お世話さまでした」と挨拶をして処置室を出る。免疫力が落ちているので予防的にこれは毎月やらねばならんのか。正直しんどいが、錠剤を毎日飲むよりもこちらで、とわざわざ先生が指示したということは、こちらの方が俺の体にとってはいいということなのだろう。黙って言うことを聞くのみ。

もう1時を軽くまわっていたので会計の待ちもほとんど無く、あっさりと受理され、金額もすぐに出て会計を終えると1時半ちょい。
とりあえず処方箋を持って病院前の調剤薬局へ行き、2週間分の薬を貰って、今度は川端方面へ向かう。
そう、こないだまで入院生活をしていた南西病棟へ行くのだ。
それにしても暑い。軽く35℃はあるだろう、シャツが体に貼り付く。シャトルバスで外来棟と行き来していて、徒歩で行くのは初めてだったが、歩いてみると暑い中は病み上がりにはやっぱりきつかった。
門の手前まで来ると、見覚えのあるおじさんが煙草を吸っていた。近くまで寄ると、やっぱりシャトルバスを運転しているKさんだった。俺がマスクを外して「どうも、入院中はお世話になりました」と言うとすぐに解ったようで、「ああ、これはどうも」と笑顔になって答えてくれた。「もう退院して一週間で、さっき外来終わったんですよ」とか少しだけ話して「お大事に」と言って貰い、別れた。いやもう本当にお世話になりました。

そんなこんなで南西病棟の玄関を入ると、もう汗だくのくたくた。とりあえず用件は、退院会計で7月8月分を郵送頼んだがまだ届いていないということと、8月分に関しては高額医療費の超過分免除の書類があるのでそれで計算して欲しい、ということを窓口に伝える。
するとなぜか保険証未確認ということでまだ送ってなかったそうで(退院の日に窓口で保険証を確認したはずだが=この日の日記参照(笑)「退院した」)、すぐに発送します、ということ。
金額はすでに出ていて、6月と7月に関しては合計で3ケタの万に届く金額ドキがムネムネする。
高額医療費の負担額超過分に関しては後で還付されるのと、保険に入っているので給付金があるにしても、にしても、いったんそれだけの大金を支払わねばならないことに暗澹たる気持ちになった。
要するに健康が一番いいということです。

病棟の5階へ上がって看護婦さんたちに挨拶でもして行こうと当初は思っていたのに、外を延々炎天下歩いてきてへとへとの汗だくになったのと、支払いの金額に頭がクラクラしてそのまま外に出てしまった。また来るし、その時でいいや…という感じ。

汗を拭き拭き、来た道をゆっくり逆に歩いて、途中丸太町通りへ折れて熊野神社前まで行き、スーパーに寄って調味料などで買い忘れたものをちょいと買い足し、交差点のカレー屋でテイクアウトのカレー弁当を買ってタクシーで帰宅、2時40分ころ。くたびれた。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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