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2010-08-25(Wed)

死に方、生き方

8月25日(水)

ここ数日、京都は同じような天気だ。朝は薄曇りでいつの間にか青空が覗き、相変わらず太陽は強い光を浴びせかける。
午前中、まだ気温が上がりきらないうちに…と思ってゴミ出しついでにコンビニへパンを買いに出るが、9時ころにもなればもうじゅうぶん外は「あったまって」おり、今のうちもヘチマもないのであった。じゅうぶん、暑い。その中を感染防止のためにマスクをして行くのだから、たった道路一本隔てたところへの往復とはいえ暑いものは暑い。何よりこの時期にマスクは明らかに変質者ぽいので出来ればやめたいが、用心に越したことはない。自分はもう普通の体ではないのだ、解ってはいたはずなのに、解っていなかった。
Nanacoにお金をチャージして、いつも買う朝用のホットドッグを買おうとカゴを手に持つ。マスクの中、鼻の下にもう汗をかいている。レジの見かけないバイトがチラチラこちらを伺う気がする。見せの中にいたおっさんが明らかに不審者を見る目で俺をチラ見した。
はいはい、といったんマスクを下げてハンカチでグイと汗を拭い、同時に怪しいもんじゃありませんアピールをしつつ元に戻すが、その一瞬でけっこうな「におい」がグワッと鼻に入ってきた。
コンビニの入口外でタバコを吸っていた男のキツいニコチン臭、連れの女性の香水。別な男の汗の臭い。薄いマスク一枚でもこれほど違うかと言うほどで、いつもながら妙に感心してしまう。これでもウィルスは防げないんだよなあ。
買い物を済ませてすぐマンションに戻るが、部屋に戻ったら少し汗ばんでいたので朝食前にシャワーをしてしまい、その後は仕事をして昼は弁当を食べてまた仕事。

それにしても、今日の朝イチで知った今敏さんの訃報には驚いた。
もちろん闘病中であることも全く存じ上げなかったし、近年はアニメの監督として活躍されていたから、アニメ・漫画業界の過労死またも、とか勘違いしそうになった。
今監督の作品は「東京ゴッドファーザーズ」「千年女優」「パプリカ」しか見ていないし、漫画家時代のこともあまり知らないから、熱心なファンと呼ぶにはおこがましい。でも47歳というほぼ同世代ということ、北海道出身ということ、何より同じ広い意味での漫画・アニメ業界の著名な人ということで、才能ある人の早すぎる死はショックではある。
後でいろいろ、詳細が一次情報を含めて明らかになっていく。
膵臓癌だったこと、解った時はもう骨転移していたこと、末期は治療をやめ自宅へ戻ったこと、諸々の「準備」をし、旅だったことなど。それらを綴った「遺書」のような日記。

自分も5年前に、連れ合いと一緒に「白血病告知」と「余命宣告」を受けた。背中に嫌な汗が流れて、連れの手前平静を装いつつも、その後階段を降りる足が震えた。
一年ないと言われた余命告知は幸い血液腫瘍のタイプが違うことで撤回され、死ぬのが延びたかわりに効果のある薬剤もなく、そのまま無治療で経過を注意深く見ていこうということになった。5年生存率は50%、そこからだいたい一年ごとに数%ずつ脱落=死ぬということらしかった。10年生きられる人は10〜15%。
その時とりあえずは5年生きることを目指そうとぼんやり考えた。その時は死ぬというより生きることを考えよう、と思っていた。
死に方より生き方だ、と。

その半分に何とか残って、今こうしている。その間に最愛の連れ合いを失った。何度かの入院もした。
当たり前だが遺書も書いたし、死んだ後のことを考えて保険や仕事の段取りその他をまとめて、いつも目につくところにファイルを置いている(拙宅に来たことのある人なら、気付いた人もいるだろう)。遺す財産など皆無であるが、保険金が下りるのでそれら証券やら、仕事関連の残務のこと、やまだ紫の著作権管理・原稿などのことなどを書き記してある。正式な遺言ではないが、少なくとも後始末をさせてしまうことになる人が「途方に暮れないように」はしてある。
一人になってしまった、しかっもいつ死ぬか解らん病人ゆえに、遠隔地にいる身内のための「今日もちゃんと生きている」生存確認は、当初ブログの更新にしようと思っていたが、今はツイッターに切り替えている。
つぶやきが一日ないと、携帯にメールが来る。それに返答が無ければ携帯か自宅に電話が来る。それらに返答が無ければ京都にいる「明青」さんのおかあさんが様子を見に来てくれることになっている。ファイルには俺が死んだ後の指示と、最低の「事後処理」をするだけのお金も、入れてある。
要するに一人で部屋で長く死体になっていないようにするため、出来るだけ人さまへの迷惑は最小限にとどめるための準備はしておくに越したことはない。

今監督はその最後のいろいろを、どうやら終えてから逝かれたということが、残された文章から伝わってくる。あまり時間がなく死ぬことが避けられないと解ったあと、ではどう死ぬか、死んだあとに残った人に迷惑をかけぬようにするにはどうしたら良いか、これらを整えて逝けるなら、それが一番いいに決まっている。
不慮の事故、突然の死で全く準備が出来ぬまま、逝く人も多い。ならば健康な人であっても不測の事態に備えて最低限の準備はしておけばよかろう。もし出来るなら、各種検査を定期的に受けておくことが望ましいとも思う。
「死んだらおしまい」「人はいつだって孤独」と格好付けるのもいいが、人が一人死ぬと、結局必ず誰かの手を煩わせる。身内か他人か行政か知らぬがそれだけは確かで、無縁なら無縁で、そう解るまで色々とあちこち調べさせることになったりもする。身元が解れば身内に連絡が取られるだろうし、結局は誰かの力を借りて「死んだあとのこと」の処理が行われる。

夕方「明青」のおかあさんから電話。
先日壊れたプリンタを買い換えたので、お店のパソコンに接続してドライバのインストールなどを、明日お店に伺って行うことにする。何の、そんなことぐらいおやすい御用です。

夜になって、アニメーターの山内昇寿郎さん(http://bit.ly/cfX39D)が亡くなられたという情報を知った。お名前を拝見してもピンと来なかったが、経歴を拝見して凄い作品に関わって来られた方だと改めて思った。劇場版「うる星やつら」見に行ったなあ、と懐かしく思い出す。合掌。
一人の作家が一つの作品を創る場合、作品と名前が直結することが多いけれども、アニメなどたくさんの人が関わって制作されるものは、当然役割が分担されているから、原作者や監督、ファンなら声優などは憶えていても、なかなか原画、作画などの方面はオタクでもない限りうろ憶えだ。どちらかというと一般には裏方、職人的なイメージであろう。でも関わってこられた作品の数々を見るにつけ、ああ、凄い人だったんだな、と思う。アニメファンにとっては裏方呼ばわりはないと怒られるかも知れないが、自分も知っているたくさんの作品に関わって来られたということを亡くなられてから知る人も多いだろう。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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