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2010-09-07(Tue)

診察日

9月7日(火)

退院後最初の血液腫瘍内科の受診日。
9時には病院で採血を終えていないと、と思って8時過ぎには起きていたのに、バタバタと色々あれころ用事を片付けている間に9時半を廻ってしまった。
外に出ると暑いことは暑いが、ちょっと前までの「殺人的」な感じではない。それでもぶわっと汗が滲む。すぐにタクシーで病院へ到着10時過ぎ。

採血受付へ行くと行列が出来ていたので「なんで?」と一瞬驚くが、受付自体はスムースに進行。けっこう待つかと思ったが10時20分ころには無事終了。
同じフロアの血液内科外来へ移動し、外待合の椅子にいったん座るが、ここは冷房が弱く、たちまち首筋に汗が落ちてくる。気持ちが悪いのでウエットタオルで拭きながら、先ほどの採血受付正面の待合へ戻った。
ここが一番、冷房が強い。何しろ吹き出し口の真下に椅子があるので、あっという間に汗が引く。呼吸器内科のようにPHSの呼び出し端末ではなく、アナウンスで呼ばれる場合はこんなところに居られないが、血液内科はちゃんと呼び出し端末で表示してくれるので、アナウンスが聞こえない場所にいてもいいのだ。

巷の人は「暑い暑い」と言いながら、冷房は嫌いという人もいて、自分としては意味がよくわからない。この冷房の真下の椅子もガラガラで、俺一人か、後ろに入れ替わりで時々おっさんが来るくらい。女性やお年寄りは冷房に弱いから来ないのだろう。暑がりの自分にとっては離れられないほどの快適さだ。

12時近くになって診察室へ入るよう端末が震動したので、小走りで向かう。
「どうですか」「変わりありません」というやりとりはいつも通りなのだが、採血の結果で先生は「血小板(PLT)が…ちょっと減ってるんですよね」と顔を曇らせる。
数値を見ると10万以上あったものが、このところ減り出して、今日は6.5万になっている。ただ先生は「でもまあその他には変化がないですし…血小板は以前も減って、その後増えたりしていますからね」とのこと。
そういえば去年あたりからはずっと5万〜7、8万くらいじゃなかったか。
今は肺炎の予後なので慎重にということなのか、次回は28日ということになった。来週が呼吸器内科なので、恐らく次はその2週間後だろうから、同じ日にしましょうというご配慮。

今回は呼吸器で出して貰っているため処方薬もなく、会計もすぐに出て、じゃあ何か食べて行くか…と思ったらもう12時半、レストランも一杯だった。タクシーでうちの近くのスーパーまで行ってもらい、少し買い物をして帰る。
帰路、交差点で信号待ちになったが、暑いとはいえやはりつい先日の40℃近い気温を記録した頃の暑さとはちょっと違う。秋を感じさせるとまではいかないものの、荷物があって数百mとはいえ歩く病人にとってはちょっとでも暑さが軽いと有り難い。

家へ戻り、買ってきた巻き寿司を食べつつ採血のデータを入力する。
入院中の分などは放置してあったので、それらもまとめて入力してしまうが、やはりPLTは2007年の胆嚢切除手術以来、10万を超えたことはない。それが入院中の7月中はずっと、134−122−123−125−162−175−152−116と10万超え、退院後8/17が127、前回8/31に99ときて、今回が65。
この10万台〜10万切り〜6.5万という降下具合だけを取り出して見ると「大丈夫か!?」という推移ではあるが、自分の場合2005年からほとんどのデータを記録してあるので、長い目で見るとこれくらいの動きは普通。先生もそのあたりを見てのことだと思う。
その長〜い目でデータを5年分眺めると、素人の自分でもいくつか明らかに変わったところ、変わってきていると思えるところがある。
けれどしょせんは素人、これまで通り感染に気をつけつつ大人しく暮らすしかない。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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