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2010-09-28(Tue)

血液内科診察日、南西病棟に挨拶

9月28日(火)

朝は8時前に目が醒める。
夕べは休肝日だったし爽やかに…と思ったがどうにも眠い。ていうかそんなに毎日浴びるほど飲んでいるわけではないのだが、まあとにかく適当に休肝日をつくりセーブする日を作っている。
だが結局9時過ぎまでウトウトしてしまい、ハッと醒めて焦った。下へ降り支度をしてタクシーに乗り病院に着いたら9時50分頃。幸い採血は珍しく待ち無しで、受付後そのまま採血室へ。2本採血、10時ころ。

ここからは血液の成分分析が出ないと診察してもらう意味がないので、ひたすら「待ち」というわけだ。血液内科は呼び出し端末で呼ばれるので、病院内であれば基本的にどこに居てもいい。とりあえず採血受付前のベンチに座って時間を潰す…といってもすることもないし本も持って来てないので、そろそろiPhonにでも替える時期かと思いつつぼーっと通る人らを眺めていた。
そのうち朝を食べてなかったことを思い出し、採血結果が出るまでは1時間半程度、時計を見ると11時。となると今食うしかないな、というので1階へ降りる。
あいかわらず何故かドトールは行列が出来る混み具合なので、レストランへ入って天ぷらうどんを食べた。空いていたしすぐ来るし、すっかり関西のダシの聞いた薄い汁に慣れてしまったので美味。ただ涼しくなったとはいえ、熱いうどんを食べると汗が噴き出す。病院内の弱い冷房だとマスクもしていることもあって、凄い。

すぐに2階の元の場所…クーラーの効いた採血の外待合へ戻ってしばらく食休み。この場所の冷房は強く、自分にはちょうどいい。11時40分くらいになって、もうそろそろ呼ばれる頃合いかと思い、血液内科の外待合へ移動。採血があれだけ空いてたんなら診察もサクサク進むだろう、と思ったが全然呼ばれない。12時になりうとうとして首がガクンガクンしたりしつつ、結局12時40分頃にようやく端末が震えた。

診察室へ入るとI先生、いつものように「どうですか、何かお変わりないですか」といわれるので、ありません、と答える。採血データも前回とほぼ変わりないということ。
でここしばらく続いている左手の小指と薬指の弱い麻痺みたいな症状を聞いてみると、半身全部ではないことから脳の異常ではないということ。以前小指だけ軽く麻痺があった時に整形外科を受診したことがあったが、その時言われたように尺骨のあたりの神経を何かが圧迫したり癒着したりして指を麻痺させることはあるという。今回あまりひどいようだったら、もう一度整形へ行ってみては、とのこと。そういうことは調べればすぐ判るし、もしそういうことならば簡単に手術というかメスを入れて癒着をはがすなり、対処できるから、とのことであった。
それはいいが、I先生は今度転勤で他の病院へ移られるという。驚いてどちらへ、と聞くとK市だそうだ。次回一ヶ月後は新しい先生になるが、曜日はいつがいいかというのでお任せします、と話す。
先生は「とても珍しいご病気なので、(そっちに詳しい)専門家がちゃんと診た方がいいでしょうから…」と言って下さり、次回はやはり同じ火曜、後任の先生の予約を入れていただいた。
最後は「お世話になりました、お元気で」と挨拶して出る。
京都へ転居が決まった2007年の夏に、直接I先生にメールをしてお願いして以来3年間、ありがとうございました、お世話になりました。

その後会計に並ぶといつになくすさまじい長蛇の列。
3重に蛇行しており、俺が並んで少し経つと、さらに会計待ちの患者が増えて通路の方まで尻尾が伸びているという感じ。うしろのおっちゃんとおばちゃんの会話。
「しっかしあれやな、これだけ大きい立派な病院でやで、何でこんな行列せなあかんねん」
「何や機械でぱぱぱっとやったらええのになあ」
「カネ払う方が並ぶいうの、おかしないか? なあ」
「ほんまや。しかもこっち病人やで」
確かに(笑)。

杖をついたお年寄りは一人で来ているらしく、列が小さく動くたびに脇の椅子に座り、また立って移動を繰り返している。他の病院からの紹介らしい、重そうなレントゲンフィルムの束の入ったカバンを持って汗だくのおっさんもいる。家族が付き添いで並んでくれている人以外は、確かにみんな病人だ、俺も含めて。

会計を終えて、今日は「性悪猫」も持って来たので先月まで入院していた南西病棟へ向かう。
2ヶ月も入院してお世話になったんだから、元気になったら顔を出そうと思っていた。外来へは退院後も何度か来ていたが、暑かったのでしばらく延期していたのだ。
今日は涼しいとは言えないけれど、真夏に比べればずいぶんと楽である。散歩気分ではないが、てくてくと歩いて病棟へ向かう。
懐かしい(?)5階の呼吸器内科の病棟へ上がり、看護婦詰め所の受付部分の窓を見る。覗くと知らない看護婦さんだったので、処置室の方へ行って覗いてみると、二人の看護婦さんが何か作業をしている。ただ俺が二ヶ月とはいえ、いつも見ていたのはマスクをした顔だ。なので、すぐに一人はNさん(手術で外科に移る時に車椅子で連れてってくれた人)と判ったが、もう一人は…確か入院中に新人として入って来た子だと思う。

「すいません」と声をかけ振り向いた二人に「この前まで入院していた白取ですが…」というとNさんがすぐに笑顔で「ああ、こんにちは〜!」と言ってくれたので、封筒からやまだ紫の「性悪猫」を出し「今日外来に来たんで寄ったんですが、これ、控え室で読んでいただければと」と言うと、別の年配の看護婦さんも来て「あらあ! ひょっとして奥さんの書いた本?」というので「そうです」と言って手渡す。すると主任さんを呼んでくれたので、主任さんに預けた。婦長さんは不在のようす。
もちろん顔見知りの主任さんは「どうですか、その後!」というので「お陰様で元に戻りました、体重も」という。「少しはふっくらされました?」と顔をさして言うので「はい、お腹もふっくらと」と言って笑う。皆さんにもよろしく、と挨拶をして、そのままエレベータへ。看護婦さんたちは忙しいのを知ってるので、長居をして邪魔してはいけないのだ。

南西病棟を出て、入院中いつも見ていた天理教わきの小径にある食べ物屋の前を通り、ちらっとメニューを確認してから丸太町に出る。これまたいつも入院中、いつも見えていたファミリーマートの手前の薬局でウエルパスの補充を買い、ファミマに寄ってからタクシーでまっすぐ帰宅、1時40分頃だったか。

呼吸器の方も、肺は炎症もおさまり、手術の予後も順調。基礎疾患たる白血病の大きな動きもなく、ほっと一安心。生かされていることに、また感謝。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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