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2010-11-14(Sun)

ビーフシチューと相撲

11月14日(日)

このところ寒くなってきたので鍋や汁、煮物系が多くなった我が料理生活(笑)であるが、どうもマンネリ。思い立って、仕事を終えて午後からビーフシチューを作ることにした。材料はささっとスーパーで買ってきた。何を作るか決めていれば買い物は一瞬で終わる。ただ、普段は免疫不全の自分の場合毎日買い物に出るのも怖い気がして、どうしても数日分のものを適当に買ってしまう。

下ごしらえを終え、夕方相撲を見つつシチューを煮るが、初日なのに結びの一番になっても空席が目立つ。それも溜まり席、土俵に近い特等席に空きの紫座布団が目立つのは、地方場所とはいえあまり見たことのない光景だ。
今場所の見所といえば相変わらず白鵬の連勝だけということもある。特に今場所は双葉山の69連勝に並ぶか抜くかというところで、そこへ向かっていよいよ…と盛り上がるにはあと数日かかる。それ以外は相変わらず上位は外人力士ばかりだし、白鵬と大関陣の力の差も歴然としていて、スター不在という感は否めない。
にしても、このガラガラ具合は異様な印象だ。

物心ついた時には相撲ファンの曾祖母の影響もあって、すでに茶の間には相撲中継があった。もっとも昭和中期の生まれなら誰でもそうだろうが、そう考えればもう40年以上相撲を見てきたことになる。近年外人対外人という取り組みも何ら珍しい一番ではなくなり、幕内上位だとむしろ日本人同士の対戦の方が珍しいかも知らんという中、結びも白鵬と栃ノ心という外人同士の戦い。
東欧、旧ソ連系の力士はアマレスからの転向が多いと見られ、どうも廻しを取っても起重機のように持ち上げようとしたり振り回すだけの力だのみが多いのだが、体が出来ていることもあって、ちょっとコツを憶えるとスイッと上位に来る力士も多い。
把瑠都や阿覧などもそうだが例えば柔道のコツ、押して相手に踏ん張らせておいて引くとか、体を預けるとみせかけて投げるとか、「崩す」ということを憶えていくと強くなりそうなタイプは多いんだけどな、と思いつつシチュー鍋を時々かき回す。そういうテクニックに加えて、突っ張りなど飛び道具を兼ね備えればかなりモンゴル勢に対抗しうる勢力になると思うのになあ……などと考えつつ見ていたが、白鵬と栃ノ心は残念ながら相四つだ。がっぷり組めば栃ノ心に勝ち目はない。
解説で舞の海が言っていたように思い切って左に変わって振り回して崩れたところを一気に押すとか寄るとか、何か奇策が無ければ……と思っていたら中途半端に左に変化気味に上手を取りに行き、案の定白鵬に電光石火の投げで上手を切られると、逆に白鵬十分の体勢からの上手投げであっさり土俵に叩き付けられた。それにしても思わず出て来た言葉は「強い…」。投げは下に打つ、とよく言うがまさに土俵に叩き付けるような上手投げ。これは双葉山の連勝記録に死角はないように思えた。
立ち会いの張り差し…格下の相手の頬を一度はたいてから廻しをさすという悪癖があるのは見苦しいが、これにより一手遅れる隙をつく力士もいないし、仮にそこをついても土俵さばきとスピードについて行けるのも見あたらないのは残念。白鵬は強いしいい力士ではあるが、ライバルがいないという状況は見る側にとって面白いものではない。
見所といえばこの連勝記録くらいで、後はご当地九州の人にとって魁皇の「勝ち越し」くらいか。これだけ日本人力士の有望株がなかなか浮上せず、外国人力士ばかりになるとさすがに結果かダイジェストでいいか、という気になる。

そんなこんなのうちにシチューが出来上がった。火を止めてしばらく放置。2時間くらいしてまた火をつけてふつふつと煮立つ寸前まで暖めてよそる。
うーん、うまい。だが連れ合いが生きていた頃によく作ってくれた味に比べると、やはり今一つ。だいぶ近いが何かが違う。隠し味には家庭それぞれで色々なものを入れるが、うちではそれほど特殊なものは入れてなかったはず。愛情、なのかも知れない。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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