--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2010-12-28(Tue)

今年もあと数日

12月28日(火)

昼は焼きそば。

年の瀬も押し迫ってきた…というようなことをテレビをつけてると聞くのだけど、相変わらず何の変化もないので普通に日々が過ぎて行くだけ。
といっても廃人のように過ごしているわけではなく(笑)、それなりに仕事をして、そういう関連の電話なり連絡は取り合い、時おり友人から連絡もあり家族とも連絡は取っている。
先日は御歳暮というものを頂いてしまい、そのお返しを送ったり会話をしたりもしてます。ええ、何か仙人みたいな生活してるわけじゃありませんから。
外出こそ、冬になって特に感染症に注意する意味で控え気味とはいえ、呼吸器内科の先生が言うように「あんまり気にしないで、普通に生活して下さい」というのを心がけようとは思っている。
テレビは報道関連、スポーツやドキュメンタリとドラマの一部を除いて、特に「バラエティ」というジャンルをほとんど見なくなった。何か学べるものでもなく刹那的に笑ったり、単純に暇潰し以外に何の役に経たないジャンルなので見なくても一向に困らない。ただ「バラエティ」という分野でのしてきてる「タレント」という人種の名前と顔が解らなくなると、時おりそういう人らが報道バラエティ的なシームレスな場に出て来ると、「あんた誰?」的な感覚になる。こちらにしてみれば「いきなり報道とかジャーナリズムにご意見垂れてるけど、お前何なの?」だし、向こう様にしてみりゃ「あんた自分のこと知らんのかよ」ということなんだろう。
そのあたりのバランス感覚って、引きこもりには恐らく難しいのだと思う。引きこもりは基本的に対面して他者とコミュニケイションをとることはないから、「相手に合わせる」ことをしない。情報も自分の興味のある範囲でしか集めないから、当然恐ろしく偏る。
では普通に社会に出てさまざまな人らと(否が応でも)コミュニケイトしなければならない、普通の人はどうかというと、別段興味もなければ好きでもないが、相手…大抵は卑近な職場なり交友関係の人たちに「合わせる」ために、そういう情報を仕入れるという側面もある。まあ自分もそういう部分は今でもある。
昔は引きこもっているとほとんど全ての情報から遮断されてしまうため、テレビや新聞雑誌程度に頼るしか無かったが、今では引きこもっていてもネットがあり、逆にマスコミから「提供される」情報以上に、自分から積極的に集めることも出来る。
けれど引きこもっていると、その情報をでは実際にどう活用するか、簡単に言えば誰かとその情報を元に話し合い共感したり、あるいは価値観の違いをぶつけ合ったりという「対人コミュニケイト」が出来ない。
ネットで活字で、あるいは映像+チャットなりの手段は増えたが、やはり顔を付き合わせての会話、対話、議論とはかなり隔たりがあるように思う。
まあ簡単に言えば「会って話せば簡単に得られる情報」を得るのにもの凄い手間と時間がかかるのだ。ちょっとした呼吸、間、表情の機微。それと組合わされた「言葉」。
感染は怖いとはいえ、元もと自分は編集という、外に出て人と会ってナンボの商売。来年は用心しながら、体の許す範囲でもうちょっと外に出たいというのが目標であり希望である。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

良いお年を!

こちらこそ、いろいろお世話になりました。
入院、手術など大変な年でしたが、明青さんご夫婦のおかげもあって何とか乗り越えられました。
その明青さんでまたお酒をいただく、というのが何よりの恩返しでもあると思っています。
ぜひまた、ご一緒に!

良いお年を

今年はいろいろありがとうございました。来年が白取さんにとって良い年になりますように。また、明青さんで呑みましょう。
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。