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2010-12-31(Fri)

大晦日の大雪

12月31日(金)

夕べは結局仕事を片付けてしまおうと作業をして寝たら2時過ぎ。今朝は9時過ぎにやけに外が明るいなあ、と思いつつうとうと。10時半ころゆっくり起きて、いつものようにベランダの障子を開けて比叡山を見ようとしたら、何と一面真っ白。すでに5cm以上積もっていて、なおもしんしんと大きめのぼたん雪が降り続いている。
今日は正月の分の野菜類をちょっと買い足しに出かけようと思っていたが、これはちょっと…。一階に下りて朝のもろもろを済ませ、仕事の完了を確認。
ベランダに出てちょっとカメラで撮影。こういう雪の時は、真冬の快晴時よりむしろ暖かいことを知っている。
ツイートを見たゆうちゃんから「京都は雪なの?」とメール、MとSが羨ましがってるそうなので、あたりをパンして、ムービーメールを送ってやる。
買い物へ出ようかどうしようか思案。北海道出身で氷点下の寒さも大雪も当たり前のように経験してきたが、それも18まで。それ以後はずっと関東に暮らし、冬に帰省したのは2・3回という程度だ。もっとも帰省したこと自体が5・6回くらいという親不孝だが。
寒さには元もと強い体質ながら、外に出て滑って転ぶ方が怖い。もう雪道の歩き方を忘れている気がする。いや、ああいうのは体が覚えていて忘れようがないのだけど、今の筋力・体力で再現可能かどうかが心配。

それにしても「親不孝」といえば、最大のそれは逆縁の不幸だろう。父は俺が生まれてすぐに病死しているが、昭和ヒトケタ世代の母親は俺と兄、二人の幼子を抱えて、死に物狂いで頑張ってきた。人生も後半になり、息子が白血病になり、その妻、つまり俺の連れ合いが急逝した。
連れ合いと俺は年齢差もあったが、実子はいない。つまりお袋にしてみれば孫の顔が見られなかったということになる。俺自身は連れの子供たち…ももちゃんやゆうちゃんを子供とは思わないが、そういう血がどうだとかいう区分け以上に大事に思っている。そういうことだから、すまんねえ…というようなことを話した記憶もあるが、正直、お袋は本音を言えば孫の顔が見たかっただろう。
だがしかしこういうことは全て「縁」。ご縁が無かったということだし、そういうことを言えば血のつながった親戚でも、全くソリが合わず幼児期の法事以来一度も会ってない人らもいる、その人らに正直何の「ご縁」も感じない。
俺自身がそう割切っていても、相変わらず独身のままと思われる兄、そしてこの先亡くした最愛の連れ合い以上に愛せる人など絶対に見つかるはずがないと思う俺が、新しい孫を作る可能性はほぼゼロである。その上で親より先に逝くとなれば、これはもう「ご縁だから」と俺が言うことさえ傲岸不遜に思われても仕方が無い。
「逆縁」とはそういう、大罪のようなものだと思う。自殺にしろ病気にしろ、誰しもそう考えれば望んで犯す大罪ではなかろうが、不幸にして、結果としてそうなってしまうことはある。
連れ合いと俺のお袋は近年とくに仲が良く、お袋も「これからもっと仲良く色々な話が出来ると思っていたのにねえ」と残念がっていた。連れも結果的に逆縁となってしまったのだが、遺された者の喪失感、悲しみ、寂寥感は消えることがない。
連れも長く病気に苦しんだ。さらに病気になった俺を心配し、二人でそろそろと手を取り合って、ようやくゆっくり同じスピードで安寧に暮らしていた、それが突然壊れた。残念などという言葉ではとても表現しきれない。

遠くで自分の無事を祈ってくれる人が身内や友人など、少なくない数居てくれる以上、やはり一日でも長く生きることで報いる、そうするしかないと思う。
今年は長く入院し手術をしたり、はっきりと免疫力が低下・つまり体が弱っていることを思い知らされた。それゆえ来年は「絶対に頑張る!」ではなく、「もうちょっと頑張ろう」くらいの感じで行きたい。

皆さんも良いお年を。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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