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2011-01-04(Tue)

血液内科・呼吸器内科ダブル受診

1月4日(火)

さて三が日は予定通りだらだらと過ごすことが出来た(笑)。元日と2日は昼間からビールを飲んで、昨日まで撮り溜めておいたスペシャル番組の類を消化。途中ウトウトして寝たり、見事な寝正月であった。
今日は血液内科と呼吸器内科のダブル受診日なので、夕べは節制してビールは飲まず(ウソ、小さい缶を3本だけ飲んだ…)、早寝をした。今朝は7時起床。
病院はどうせ8時半からなのでゆっくり支度をし、8時20分ころ家を出る。タクシーもすぐに来て道路はガラ空き、スイスイ走ってすぐ病院。さすがに今日は空いてるだろう…と思ったら、中央待合の再来患者用自動受付機5〜6台にそれぞれ長蛇の列。皆さんお早いことで…。
比較的短い列の方へ並ぶが、やはり巨大病院。視線をエスカレータにやると、受付を済ませた患者がどんどん自分のかかっている病棟の受付を目指して上っていく。
後ろの女に突き飛ばされて追い越されたりしつつ、まず2階の採血受付へ行くが、すでにここも長い列が出来ていて、ようやく貰った番号札は172番。すげえ。まだ8時45分になってないよ。15分くらい待ったか、採血3本終えて、次は1階のレントゲン受付へ。レントゲンは空いており、5分弱ですぐ呼ばれて撮影もすぐ終了。

ドトールは満員か、と思ったらちょうど席が1つ空いたので、カフェラテとジャーマンドッグのセットを食べる。さて、ここからはどちらの科に先に呼ばれるか微妙なところだ。採血の結果が出るまで1時間として、血液内科は10時10分、呼吸器内科はいつも11時頃のはず。しかし呼吸器内科はレントゲンの結果が出ればいったん呼ばれる可能性もある。となると血内は端末で呼ばれるから、アナウンスが聞こえる呼吸器内科の外待合だな…と判断して移動。
果たせるかな、40分ほどで呼吸器内科の方が先に呼ばれた。

I先生はレントゲンの画像を見て、変化なく、炎症もないし引き続きいいようです、とのこと。血液は細かい部分は出ていないが、もう大まかな項目が出ていて、それらも低値とはいえ変化なく安定。WBCは1900とちょっと増えていた。
で、I先生は今日血内もあると知っているので、この待ち時間の間に薬を吸引したらどうですか、と言って呼んでくれたのだが、この時点で9時50分、吸引は薬の用意やらで全部で35分くらい。途中で呼ばれるかも知れないので、血内へ廻って、終わったら呼吸器内科へ戻ることにした。

その後血内の外待合で音楽を聴きながら待つ。今日のBGMは2000年代以降のJ-POPごちゃ混ぜ。曲名もよく憶えていないのも多い。「桜坂」、「さよなら大好きな人」あたりがもう10年かよ! という感じ。「HOTEL PACIFIC」とかもそれくらいか。何かこの10年って自分ではもの凄く圧縮されているのが判る。クイズ出されたら全く正解出来ねえな。出されることもないが。
などとぼーっとしていたら端末で呼び出されて診察室へ。

N先生は「お変わりありませんか」と言われ「はい、特にないです」と答えると「良かったですね」とにっこりされる。今回はWBCがちょっと増えたのと、尿酸値が8.6と高かったのが変化といえば変化だが、数年の単位で見ると小さな上下かと。ただ尿酸値は思い切り思い当たるフシがあるので、これは病気のせいよりも日頃の行いのせいであろう。言わなかったけど。
N先生に「ちょっと手が冷たいのでごめんなさいね」と言われて「全然大丈夫です!」と言って首などを触診していただく。リンパの腫れも目立たないようで、引き続き様子見ということ。次は5週後の2月8日になった。

そのまま同じフロアの呼吸器内科の受付に移動し、戻ってきた旨報告。しばらくして呼ばれて、薬剤吸引の処方を貰って処置室へ。薬と吸入器の用意をしばらく待っていると下腹部に差し込みが来たので、トイレへ行く。戻ってくるとなぜか看護婦さんが「あ、良かった!」と言うので、どうやら捜されたみたい。いつもけっこう待たされるので、何も言わずにトイレへ行ってしまった。
さっそくいつもの電話ボックスみたいなところへ入って吸入開始。このオエッとくるのとだらだらと出るヨダレ、不快感は何度やっても全く慣れない。慣れたかな、と思った回もあったが気のせいだった。
ただ慣れたのは吸入器の「扱い」で、薬剤の混じった蒸気が出なくなっても、いったんその部分を外してから中央に集めるように揺さぶって再び装着すると、蒸気がまた出て来る。それを4〜5回繰り返すとようやく出なくなるので、終わりと判る。まあこんなことに慣れてもしょうがないけど。

終わってまた受付に報告してしばらく待つ。すぐI先生がひょこっと顔を出して呼んでくれ、診察室へ。
相変わらず免疫不全状態なので気をつけて下さい、とかインフルエンザワクチンは受けたことなどを話していると、先生が「肺炎球菌のワクチンは打ったことありますか?」と聞かれる。もちろんないので「ありません」と言うと、打っておいた方がいいかも知れませんね、とのこと。
いわゆる普通の肺炎、というとおかしいが、風邪が悪化して肺炎を併発する…という話がお年寄りにはよくあるが、その多くがコレだという。「お年寄り並、ということですね」というと先生も少し笑いつつ「そうですねえ」と言われる。ただし、これで予防出来る肺炎は全体の3分の1から4分の1程度。季節性と新型インフルは受けているから、さらにこれのワクチンを打っておけば、予防的には効果的でしょう、とのこと。
ただ、俺の場合保険が適用になる条件には入っていないようで、その場で調べていただいたが、年寄り並の免疫力といっても年寄りじゃないし、脾臓の巨大化によって正常に働いているとは思えないが脾臓の摘出はしていないし、抗癌剤などの薬剤投与による免疫低下が予想される状態にもない。
実際にこれほど免疫力が低下している患者が居るのに、「これこれの条件を満たしていない」というところがいかにもお役所仕事という感じだ。ただそこらに普通にある菌だし、感染した場合俺の場合は重症化する恐れもある。なのでついでといっては何だが、今日打っていただくことにした。
すぐI先生に注射の処方と処置室へ連絡を入れていただき、こちらは処方箋と次回の検査票を持って、再び処置室へ向かう。入っていくとさっきもいた看護婦さんが「白取さんですよね、お注射の」と言うので「はい」と言って紙を渡し、問診票を書かされた。その問診票はいったんI先生にサインを貰ってから、注射が発注される。なので廊下の椅子で待つ。処置室に常備されていない薬剤や注射は、下の院内薬局から注射が届くまで早くて10分、遅いと30分というところか。

今度はトイレも行かずに待っていると、10分ほどで注射が届いて、すぐに右肩に皮下注射された。この皮下注射はよく痛いという人が多いのだが、俺の場合全く平気。今回も「じゃあ、ちょっと痛いですけど我慢してくださいね」的なことを言われたが、全然平気だった。抗体が出来るまで3週間ほど、まあ普通の健康体の人ならしっかり出来るのだろう。俺の場合は不明ながら、打たないよりは遥かにいいはず。
これからまだまだ寒く乾燥した日が続く、風邪もインフルエンザもその他の感染症も怖い。普通の体なら何でもない菌やウィルスが俺には危険、というものも多い。

注射が終わっていったんまたI先生に報告して、俺が忘れていった会計用の紙などを渡していただき、下の会計へ。珍しく待つことなくスッと会計受付終了。何だ、朝一だから混んでるように見えただけなのか…と思いつつテレビを眺めていると、どこかの神社の様子が映っていた。
あ、初詣。
思い出して良かった。ただ、家のお札はそのままだ。持って来て交換するのだったが、仕方ない。10分以上経って何気なく会計受付前の方を見ると、何と長蛇の列、それもも2重に折り返しが出来ている。ちょうどエアポケット的な瞬間にスッと入れたようだった。同時に端末が鳴り、カード会計機で会計。高かった。命のためなら仕方ない。

それから病院を出て、熊野神社へ向かう。
曇りだが時おり青空が見える、という天気。気温はそれほど低くない。病院からは歩いて5、6分というところ。お賽銭を入れて鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。社務所で新しいお札を貰い、ついでにおみくじを引く。小学生お女の子二人が受付をしていて、可愛い。
おみくじは「半吉」何か良いこともあるが悪いこともある、どっちつかずという内容。木の枝に結んでから境内を出た。それからスーパーで買い物をし、タクシーでマンション前へ。先月同様、お隣の調剤薬局に処方箋を渡して荷物を部屋に置いて、薬を受け取り、コンビニでパンと週刊誌などを買ってようやく任務完了。1時半だった。

1日に続いて、今日も若干の年賀状をいただいた。
今年も年賀状は失礼したので、寒中お見舞いを返礼として換えさせていただきます。皆さんすみません、ありがとうございます。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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