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2011-02-01(Tue)

豪雪

2月1日(火)

北陸、日本海側の豪雪が凄い。国道や高速道路上が渋滞で何十時間も車中で過ごす人の映像など見ると、大変だなあと思う。
京都市中は、周りが山のせいか気温は下がるが雪自体はそれほど降らない。昔から暮らす人は「昔はよう降りましたわ」と言うのだが、ここ最近はやはり暖かくなってきていて、昔より降らなくなったそうだ。2007年秋〜冬からもう4回目の冬だが、今年の正月の積雪が一番多かった。その後もちょくちょく降ったし、今年は雪が多いと思う。
今日あたりから強い冬型の気圧配置がゆるんだために降雪が止み、除雪なども進んで徐々に解消されつつあると、朝のニュースでやっていた。明日からは日中の気温も二桁になるというから、今度は雪崩や住居に積もった雪の崩落、日中溶けた雪の夜間凍結など別な問題が出て来る。


北海道といっても最南端で比較的温暖だった函館に18まで住んでいた。
気温は北海道内陸部ほど激烈に低くはなく、降雪も東北・北陸の日本海側ほど多くもなく、かといって決して暖かいわけではなかった。普通に冬は氷点下になり、雪も降る時はドカッと降ったりした。

実家の家の屋根は、三十数年前に母親が気合いを入れて新築した時に、大金をかけて融雪用の電熱線を導入した。そしてその冬に壊れた(笑)。何でも雪の重みで電熱線が断線したそうで、まあ今なら訴訟ものというか、要するに欠陥システム・手抜き工事であったということだ。
結局普通の家と同じく、ある程度屋根に雪が積もると、それを下ろすのが男手の仕事で、自分も北国ならどこの家にもある、先が大きなプラ製のスコップを持ってよく雪下ろしをした。
といってもかなりの重労働だし面倒臭い大仕事なので、ギリギリにならないと動かないのが常。母親から「そろそろやってくれないと潰れちゃうよ」と急かされて渋々、という感じだったと思う。

しんしんと雪が降り続いている時に雪下ろしをするのは意味無いので(長く大量に降る地方は別にして)、大体冬晴れのピーカンの青空の下、せっせと屋根の雪を放っていたのを憶えている。雪は重いし屋根は傾斜がついているので、足腰に常に力を入れていないと滑り落ちる危険もあり、けっこう大変なのだ。よくお年寄りが転落死したりするが、あれはそもそも年寄りにやらせる仕事ではない。(過疎地では社会問題になっているように)
アノラック的なものを着込んでせっせと雪下ろしをしていると汗ばむほどで、真冬のキーンと澄んだ空気と冷気、なのに真っ青な空と太陽、そして汗。不思議な感覚だった。今思い出すと、とても懐かしい。
数十センチ積もった雪を「そろそろ下ろさなきゃ」なんて思いつつちょっと油断していると、寒さがぬるんで軒先のつらら(というより1m以上の氷柱)たちからポタポタと水滴が落ち始める。これはまずい兆候。生活熱が昇るので屋根の上の雪は降り始め〜止む、を繰り返すとシャーベット状〜氷となり、その上に雪がまた積もった場合、ベースの氷が溶けると、その上の雪が一気に滑落してくることがある。

一度、よく晴れた冬のある日、実家の居間で母親とテレビを見てくつろいでいた。真冬とはいえ、快晴で日中比較的気温が上がったため、軒先からすだれのように下がっているつららが溶け始めた。
そろそろ雪下ろさないと、と言われて「そうかなあ」と渋々確認のために玄関から出て、屋根を見上げたところで、軒先のつらら群が一気に脱落した。ぐわしゃがしゃがしゃぐわっしゃーん!と大量の氷が降ってきて、慌てて避けたため、幸い直撃は免れた。何しろ氷の塊、太いつららは根元の直系10cm近く、長さは1m超というものもある。というか根元は暖簾の元のように繋がっていて、それらも当然氷の塊だから、頭部に直撃すると命の問題になる。
「あぶねえ!」と避けたすぐそこに砕け散って積もった大量の氷、顔を上げるとリビング横にあった和室…玄関の真横の窓から、母親のびっくりした顔が見えた、と思った次の瞬間、屋根から氷の帯という堰を失った大量の雪が滑り落ちてくるのが見えた。今度は声を出す暇もなく、間一髪、駆け足で玄関に飛び込んだ。
「どどどどどど!!!」という「轟音」が数秒響いて、リビングの真上にある屋根の雪全てが崩落してきた。もの凄い音と振動だった。軒下のささやかな庭木と竹でお洒落に作ってあった柵も何も、自分が数秒前まで立っていたところも、落ちた氷と大量の崩落した雪で見えなくなっていた。恐らく反対側、裏口と庭をつなぐ細い道も通れなくなっているだろう。

あれは本当に肝を冷やした。何かのんびりした日常に突然「死」というか、大惨事・事故が起きてもおかしくない現象が起きる不条理な感じ。大げさでも何でもなく、こんなことは北国の人(で一軒家に住む人)なら大抵は経験していることだ。
雪をあまり知らない地方の人は雪かき中の転落事故や、こういう崩落、あるいはそれに埋もれたための凍死などを「そうなる前に何とかしてろよ、どんだけ暮らしてんだよ」と思うだろうが、そもそも雪と日常暮らしてるからこその事故で、慣れからくる油断もある。雪があまり降らない地方でドカッと降ったりすると慌てて除雪をしたり対策に奔走する映像をよく見るが、雪が日常だと普段から四六時中そんなにピリピリしていては仕事も生活もしていられない。

冬は寒くないと冬という感じはしないし、冬来たりなば春遠からじ、季節の移ろいというのも人生のメリハリには必要だと思う。何というかこう、日本人的な感性というか情感の涵養にも「四季」は重要だ。病人にはしんどい季節だし事故や雪害は嫌だが、暖かい部屋から眺める冬の京都というのもまた、いいものではある。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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