2011-03-08(Tue)

村野守美さんが亡くなった

3月8日(火)

知り合い…というかお世話になっているライターのローリングクレイドルさんのリツイートで、漫画家の村野守美さんが亡くなったことを知った。元は飯田耕一郎さんのツイートだった。(ちなみに飯田耕一郎さんは、やまだ紫にそう太という猫を譲っていただいた「猫つながり」でもある)
村野さんは漫画家デビュー後に「COM」に執筆、虫プロで手塚治虫先生にも師事された人だが、作家論、作品論は偉い人たちがきっと書いてくださるだろうと思い、凡人としては実際にあった接点だけ、思い出として書かせていただく。
村野さんはずっと下半身に障害があり、車椅子生活をされていた。俺がご挨拶をさせていただいたのは、青林堂「ガロ」編集部に入ってからで、最初は85年くらいだったと思う。先輩のY田部さんが担当で、酒の席で怒鳴られたりイジられたと、よく愚痴っていた。
「村野さん、怖いんだよ。腕が丸太ん棒みたいだしさあ、それをブンブン振り回されたら敵わないよ」と情けない顔で言っていたのがおかしかった。
繊細な筆致、情感溢れる作風に比して、ご本人は豪放磊落というか、今風に言うと体育会系的なノリのお方だった。
いつだったか、何かのパーティ…神楽坂の出版クラブ会館だったか、村野さんがいつものように車椅子で来られた。こちらは記帳台にへばりついていたのだけど、受付も一段落して会場に入って挨拶回りをしていた。Y田部さんが「あ、村野さんだ」と言って俺と一緒に村野さんのところへ行き、俺を紹介してくれた。
北海道から出て来たのか、若いうちはどんどん苦労して色んなことを経験して、それから「ガロ」は君ら若い人が引っ張っていかないと、というような話をされた。
とても上機嫌で、Y田部さんにも「なあ!お前もしっかりしろよ!」みたいな感じで笑っておられたのを憶えている。担当でもなかったし世代的にもこちらはチンピラみたいな若造だったので、俺はとても恐縮していた。その後何度かお会いする機会はあったけれど、基本的に全く態度は変わらず、気持ちのいい人だった。
青林堂には「傑作シリーズ」というA5判上製のシリーズがあって、大手の作品集から漏れていたり、青林堂だからいいよ、と作家さんと版元のしがらみなく出させていただいた作品を刊行していた。渋い、玄人好みの作品が多くて、俺も青林堂入社前からいくつかは持って居たけれど、その中に村野さんの「龍神」もあった。それから「だめ鬼」「泥沼」「媚薬行」も「秘戯御法」も知った。
村野さんはとても絵の上手い作家さんなのだけど、とりわけ、女性を描く何とも言えぬエロティックで繊細な筆致が大好きだった。
一緒になった連れ合い・やまだ紫が「あれ、村野さんの本持ってるんだ。うちにもあるよ」と笑っていた。
やまだも村野さんの大ファンだった。彼女は女性作家だけど、「男性の目線で描く女性の体がうまい人って、女性から見てもなまめかしいんだよ」と言っていた。代表として、白土三平や小島剛夕、ちばてつや先生らをあげていた。女性では何といっても一ノ関圭さんだ、とも。
関係ないが、やまだと一緒に暮らすようになった時、同じ本を持って居るシンクロ率にお互い唖然としたほどだった。村野さんやカムイ伝からAKIRAに絶対安全剃刀などは当然としても、りぼん連載「お父さんは心配性」まで。

それにしても。
自分は白血病を告知され一時は余命一年未満と言われて、もうこの夏で6年になる。
無治療で生きられるのはもう数年だろうと思うし、過酷な治療をしても無理なのはとうに理解している。
でも、なんか知らんけどまだ生きている。というか生かされているのか。
そうして大好きだった先達を、何人も何人も見送ってきた。
世代というか順番なので仕方ない。40代も半ばになれば、青春期に憧れだった、あるいは先輩だった人らで鬼籍に入っていく人も当然増える。連れ合いだって、先に逝ってしまった。
寂しいがそれは仕方ない。永遠に生きられる人はいない。
でも、作品は遺る。いや、遺ると信じたい。俺は連れ合いを、亡くなる前から作家として尊敬し評価し後世に遺すべきと思っていたので、そう言い続けてきた。それでも、死んでからしゃあしゃあと「評価してました」というとってつけたようなことを言う方が多かったし、かって「ファンです」「大好きです」と言って媚びてきながら、手の平を返すような連中も多かった。日記を元に日時と発言を添えて名前を列挙してもいいが、やめておこう。

本当に好きなら、作家が存命のうちに言ってあげて欲しい。
本当に好きなら、作家が亡くなってしまったなら、せめてその作品を遺すよう声をあげて欲しい。
おためごかしだったら、何も言うな。黙ってすっこんでろ。


とにかく村野さんはその作品ともども、忘れられていい人ではない。
本当に心から、ご冥福をお祈りいたします。
江戸の人情劇とか、今思い出しても目頭が熱くなる名作がある。そういう作品を描ける作家が激減した今だからこそ、忘れて欲しくないと思います。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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