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2011-03-12(Sat)

震災・・・にできること

3月12日(土)

ひどい震災の映像、ニュース、そして度重なる余震の速報の中、テレビをつけたまま寝てしまった。
寝室のベッドの脇に小さな液晶テレビがあるので、それを見つつ猫を抱っこしているうちにうとうとしたようだ。何度か目が醒め、朦朧としつつ起きる。
ここしばらくさぼっていたので、猫の毛が綿埃になっているのや、段ボールの爪研ぎのカスなどが見苦しい。掃除機は大労働なので、ダスキンモップを丁寧にかけてゴミを取り、最後は吸引させる。その他のホコリはハンディモップで極力取る。んなことやってたら猫がゲロ。
猫は、毛繕いを舐めて行うので、どうしても一緒に毛を飲み込み、それが溜まると毛玉として吐き出す。長毛種は頻繁だが、短毛種はたまにしか吐かない。それに飼い主がいつも気を付けてブラシをかけてやれば、その分だけ体に飲み込む毛は減る。うちの場合短毛種の白猫ユキちゃんはほとんど半年に一度吐くか吐かないかで、たまに空腹のあまりよく噛まずに大量にエサを食べては速攻で戻す程度。
もう一匹のシマ(オス)は12歳、おっさん猫である。こちらはアメショーの雑種で短毛ながらみっしりと密度の濃い毛の生え具合ながら、毛玉を吐くことはほとんどない。そのかわり、胃腸が弱ってきているのか、時々ご飯を食べてはげええと戻す。未消化の猫エサは胃液と混ざってそうとうキツい。そしてそういう場合は本人も気持ちが悪いらしく、二度三度、そしてだいたいは五度六度と、最後は胃が空っぽになるまで吐ききる。この間うろうろしてあちこちで、特にソファの上なんかで吐かれると後が大変ゆえにこちらは紙を持って追いかけることになる。
けれど物陰に隠れたり逃げたり、一番吐いてほしくないところ、例えば各種ケーブルを束ねている部分へ吐いたりされると、ほとほと嫌になる。
悪気があってじゃないことは解っているので、叱ることはしない。むしろ背中をさすってやる。「おまえもオッサンよのう…」と言いつつなでなで。最近はオッサン同志異常に仲が良いのが困るが。



さて。昨日から一日じゅう、地震のニュースと身内知人の安否確認、ツイッターでは明らかに不確定な情報をただ善意で拡散している人を諫めたり、もうとにかくこの一夜明けてよりはっきりした未曾有の大災害のニュースに釘付けだった。

そんな中でいくつか。
この震災直後でまだ余震などが続く状況。いまだ「復興」の前段階だ。
この段階で、我々遠隔地にあって無事だった人間が個人で出来ることは何か、と。
一番はただ、祈ってあげることしかないのだ。宗教的な意味ではなく、心から頑張れ、一人でも多く助かれ、みんなが無事であれと。
物理的に今、この段階で個人で物資を送ろうとか、あるいはボランティアで現地へ入りたいとか、そういうことは善意という名の暴力とまでは言わないが、明らかに「邪魔」なのである。
実際物流は道路の渋滞、破損、崩壊などで肝心の緊急車両や、公的支援輸送の車両の通行が妨げられている。もちろんそれは民間の物流も同様だ。
道路自体の通行も救護・救援のため、さらにはその先の復興のための車両と、物資輸送を優先すべきで、そこへ個人が「善意」で車やバイクで向かってもかえって迷惑になる。

同様に、報道されているとおり被災地で欲しいものは毛布や糧食、何より安全で暖かい場所、これらをかなりの数の被災者に、的確に組織だってまとまった数を支援できるのは自衛隊や自治体、警察、消防などなどの公的機関しかない。そして医療従事者などの専門家。
個人が何とかしたいという気持ちは解るが、今、この段階ではそういう組織だった初期支援への邪魔にしかならない。だから今はグッと我慢し、正式に「何が不足している」「何を全国の皆さんから集めて欲しい」という具体的なアナウンスがあったら、それに出来る範囲で応じたい。その心構えは持っておきつつ、今は祈るしかないのだ。

さらに、東電では原発の停止や送電線の破損その他の理由で、首都圏・富士川以東の給電地区で電力不足に陥る懸念が大きいというアナウンスがあった。
節電だ。
我々西日本に住む、被害を受けなかった人間に出来る一番簡単なことが節電である。関西電力などは余力の分を東電などへ分配する。東日本と西日本では変換が必要なので無駄、という人がいたがそれは違う。変換は必要だがそれには一日に出来るキャパシティがある、ということであって、一定の節電は効果的なのだ。
また、やみくもに西日本の連中が節電節電言うな、むしろ関西ががんばらなあかんのに、経済復興に水をさすなという意見もあった。
だが「日本という国家」全体で見れば、国家の石油備蓄タンクは破損、原発も破損したり運行停止の中、原油や天然ガスのコンビナートも港湾設備も多数罹災した。これらは全て「エネルギー不足」という部分でリンクしている。
西日本の非被災者も個人の節電という行為で、被災地はじめ関東などで広域に発生している停電や電力不足のお役に立てるはずだ。
「そういうのはかえって関西の経済を縮小させ、よくない」という、何というか、本当に「正論」を言う人はいるが、何も商売しとるやつをけしからんと糾弾する意図じゃなし、個人レベルで節電をしようという呼びかけに「今」難癖をつけなくてもよかろう、と思う。
一万歩譲っても、日本全体で使用するエネルギーの節約を個人レベルで行うことは悪いことじゃない。ただ「あそこの工場は電気使い過ぎ」、「パチンコ屋おかしいやろ」という必要以上のそれこそヒステリックな糾弾を諫める…という物言いなら、ヒステリーを起こしている相手に直接そう言えばいい。

そういうわけでタイミングよく、比較的早い時期に誰かがこの「節電」による連帯をシャレで「ヤシマ作戦」というツイートがあって、なるほどと思ってたらNERVが公式サイトでも呼びかけたりして、ネット上で盛りあがった。(ご存知エヴァンゲリオン中、全国から電力を集めて使徒を倒すエピソードからであるが、そういう元ネタは別に何でもいい)
人が「被災地のためになれば」と一つにまとまって行動する、それが節電という地味な行為であっても、いや、だからこそ、勇ましいアニメの一場面になぞらえて団結するというのは悪くない。そして嫌いじゃない。元ネタを知らない人は文字通り「節電」でいいわけだし。
とはいえうちではエアコンを切り、待機電力を極力減らして対応するという地味な「作戦参加」である。
夕方になると少し寒くなってきたので毛布を持って来て猫とくるまってあったまった。こんな程度の節電でも何十万何百万人と重なれば大きいだろう。
ただ自分は病人。風邪でもひいてえらいことになれば、また他人様にご迷惑をおかけする身なんで、そこは割切って二階へ移動し、布団へ入って小さいテレビとモバイルノートに切り替える。他はほとんど電力消費はないはずだ。

いや、実際に効果があったか無かったか、そういうことよりも、「やれることをやった」ということが重要。
こういうとき、往々にして精神的に「自分は何も出来ない」「自分は非力」と、自分を過度に責めてしまう人もいる。
でも、たとえば俺の半生ちょっと振り返ると、精神的にも、また病気でも、冗談抜きで4回くらい死んでてもおかしくはない。いいからやれることをやるよ。それでいい。
小さいか大きいかは問題じゃない。会社へ行き普通に働く、「経済行為」を遅延なく滞りなく、自分たちの日常として粛々と行う。それも「できること」。
まあ節電に関しては「しょせんは自己満足でしょ」と笑う奴がいてもいい。自己が満足したことに他人がどうこう言う筋合いもないだろう。
そういう人は別に何か満足でき、他人とそれを共有し笑い合えることを他に見つけて、すればいい。

さてツイッターでは、昨日からほぼ友人知人の安否は確認済みであった。学校時代の教え子も無事だと知らせてくれた。

しかし困ったのは、ブログのコメント欄を承認制にしてからけっこういらっしゃる、匿名(ハンドル)で「お体にさわりますから、コメントの反映やお返事もお気になさらず…」といって下さる方々。
そういう方は何人かいらっしゃるのだが、明らかに仙台(かその近郊)にお住まいということだけは解っている、ある女性の方がいらっしゃる。ところがこちらはこうなって気付くと、名前すら知らない。ハンドルは知っているが、本名も住所も知らない。ああ、よく考えたら顔も声も何も知らないのだ。
でも俺が病気になったこと、連れ合いを亡くし悲しみの極致に居たこと、そこから這い上がってきたこと、それらを知っていて、困難・苦痛のたびに励まし、支えて下さった大事な大事なたくさんの方々のお一人なのだ。
名前も、顔も、住所も知らない、それでもとても大事な人。「ご負担になりますから、コメント反映は結構ですよ」といつもしめくくってくれた人だ。

いろいろ出来る方法は試したというか試そうとしたこともあった(類推してこの人なら知ってないか、など)が、結局こちらからは何も出来なかった。大げさな言い方をすれば匿名ネット社会の落とし穴、みたいな。
ずっとずっと心配していたが、夜になって、ようやく、俺のツイートを読んで下さったらしく、いつものようにブログのコメント欄に「ご心配おかけしたようですみません。こちらは無事でしたが、離れたところに住む親戚が避難した結果連絡が取れず…」という事情らしかった。
こちらこそ勝手に気をもんでいただけなのだが、とにかく、本当に良かったと思った。ネットだけの繋がりを否定し、リアルな肉体的なつながりを礼賛する人もいるが、どっちも大事に思うか・思わないか、気持ちの問題でどっちがいい悪いじゃないだろう。

その間もツイッター上ではソースが未確定な情報を善意だと判断したユーザがRTでどんどん拡散させていく、そのことの是非はもう個別に案件の確度と善意悪意の確認が出来ない以上何とも言い難いものがあるが、とりあえず自分の場合は「拡散希望」はまず無視した。
「無視」ではないか、というよりはまず、読んだ後は必ずソースを確認した。確度に疑問のあるもの、途中途中で主観や私見が挟まれていくようなものは本当に無視させてもらった。一次ツイート(?)というか当人からの拡散希望の場合、その人の身元やこれまでのツイートを確認させてもらった。ただ、まず匿名のうえ自己紹介文で類推できる材料が何もなければ、一次ソースの提示もない。そうなるともう、その人の言うことを信用しようにも、信用すべく判断する材料がないうえ、デマか本当かの確証がない。つまりこちらからは何も確かめる術がない。とすればあとは自分の「勘」しかなく、そんな未確定なものでTLを汚すわけにはいかない、と思った。
被災地から遠く離れた場所で、こちらがパニックになって巻き込まれては何もならない。むしろ客観的冷静に落ち着く余裕があると構えなきゃ。

被災地や近県でもツイッターが頼り、ネットで励まされたという若い世代も多いのは教え子のおかげで知っている。
よって、もっとも的確な判断基準は「ソースの明記のないRTは拡散しない」「一次ソースが書かれていても、そこに余計な情報…個人の主観や予想、感想などが付加されていたら、拡散しない」「専門的・科学的な情報(地震、津波、原発・放射線、医療、心理…)」は発信者がその専門家である場合や、RTが公式である場合は参考にしよう。それ以外は基本、RTはやめよう。…これは誰かに言われたわけではなく、一応ニフティ時代も含めるとネット歴15年以上になる者としての自主ルール、だ。だから別に他人に勧めるものでもない。
それにしても、被災者でも受け取り方は様々だ。もちろん被災の状況、程度にもよるのだろうが、先のように「ツイッターでの励ましが嬉しかった」というのもあれば、「根拠のないデマに本当に腹が立った」まで、さまざまだった。

繰り返しになるが、今この段階、被災直後で余震も続くという状態で、個人での救援物資の配送やボランティアとしての現地入り、募金など全て、俺はまだ時期尚早だと思う。自分が今できることをやる。
今一番必要なのは家を失った人や孤立した人の保護、食事や安全の提供、それから被災地のライフラインの復旧と瓦礫の除去〜道路や公共交通の復旧。それからようやく、復興だ。
今の段階でどういう支援が必要かは、阪神淡路の教訓もあり、自衛隊や警察・消防・自治体の連携で今行われているところ。そこで足りないものが出れば、大きな数とかたちで政府なりがまとめて的確に渡すべきことで、個人がものを送ったりボランティア志願で現地入りするのはもう少し先。
必要とされていないのにものを送ったり顔を出すのは、色々な意味で(余計な手間をかける、邪魔になる)助けにならないことの方が多い。
官による支援が行き届き、かつ足りない部分を民間(それもまずは企業など)に募り、最後に人出が足りないからボランティアの要請があれば申し出る、復興のための正式な募金の窓口が出来たら応じる。いてもたってもいられない、自分は何もできないなどと自分を過度に責める必要はない。
これらは友人の、阪神淡路の震災を経験した人から細かく伺ったことだ。
これから先に、たくさん出来ることが出て来る。でも、今できることは、せめて個人では節電に心がけ、一人でも多くの方の無事を祈り、やがて来るかも知れない支援の要請に出来うる限り応える準備をしておくこと。
今はそれしかない。

それからもう一つ、阪神を経験した知人からのひと言は、「テレビやラジオが普通に戻ること」が嬉しかったと。被災地の避難所での不安な暮らし、電気がついた、水が出た、という当たり前のことで歓声が上がった。自衛隊があったかい味噌汁を炊き出ししてくれた。街の灯りがついた。信号がちゃんと作動している…そんな一つ一つの日常への復帰が、感動的に嬉しかったそうだ。
電気が通りあったかくなり、空腹も満たされ、しかし自分の家ではない場所。そこで、聞き慣れた番組、見慣れたテレビを見聞きすることで、ずいぶんと気持ちが楽になったと。
NHKはもちろん、民放もCMを全く入れずにこの大災害の報道を続けているのは立派だけど、例えば週明けからは報道特番や速報はそれとして、徐々に「普通」に戻して行ってあげるのも、考えてもらいたいことの一つだろう。

3/13朝・追記 「関西電力から、節電のお願い」に関するまとめ

★3/15
全国から想像以上に早いスピードで消防や警察、自衛隊が集まり現地と協力して道路の復旧に全力をあげている。
道路が復旧すれば、物資や一般ボランティアの移動も可能になる。
専門家ではない一般ボランティアは必ず受け入れ先に問い合わせ、自分のスキルを伝え、受け入れ可能とされたところへ向かうこと…と、震災を経験している専門家が言っていた。

また「災害時躁病」みたいなものがあり、「何とかしなきゃ」「何も出来ない自分はつらい」と言って闇雲に動き出す人もいるそうだ。何しろ平常心ではなく落ち着きを失っているので、先々でトラブルを起こす。「人が好意で来ているのに」と逆切れしたり、心理療法的にもやってはいけない、極限にある人たちに「頑張れ!」を多用したりする。相手に合わせるのではなく、自分のテンションを押しつける。聞き役に回るところを、自分語りを始める…挙げ句、あろうことか、ボランティア先で障害事件を起こした例もある。
くれぐれも、勢いで闇雲に動かないこと。
あと、入ったはいいが自分たちが貴重な食事や休む場所、燃料を被災者から奪わないようにすることも考え、そういう用意もして向かう。(今の段階ではそれらがしっかりできる体制を持ったスペシャリスト=NGOなどのボランティア経験豊富な人たちと、近県から入って作業後は戻れる人たちだけ)

個人で被災地に直接物資を送るのは絶対にやめる。まず自分の住む自治体に連絡をいれ、まとめて送る受け入れ窓口があればそこへ集約させる。受け入れている自治体も被災地以外にもあるので、調べてみること(まだ数カ所しかない)。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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