--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2011-03-19(Sat)

母の自転車

3月19日(土)

今日は青空に薄く雲がかかる、穏やかな天気。気温も午後には17度になるという。やはりちょっとでも暖かいと、体調もやや上向く感じ。

ゆうべ、さいたまに住むゆうちゃんに電話。様子を聞いたところ、依然ガソリン不足と、一部の商品不足はあるが、今のところ大きな不便はないから大丈夫とのこと。神奈川に住む長女のももちゃんからも、何か足りないものはないか、こっちは大丈夫だと連絡があったという。
震災のあと一度連絡した時は、車のガソリンを入れようと思ったら長蛇の列だったそうで、その状態がいっこうに改善されていないということだ。小学生の子供が二人いるし、会社へ通勤するにも車が無いと不便なところに住んでいるのだが、「自転車使ってるから」と言っていた。その自転車というのは彼女の母である三津子…やまだ紫が京都で使おうと買った折り畳みのもの。

やまだは元もと、小さい頃は自転車に乗れなかった。それが二人の子を一人で育てることになってから、幼稚園への送迎のために必死で練習したそうだ。もっとも、子供を乗せるにはあまりに危険ということで、三輪自転車を買い、一人で子供たちを送迎した。そんな感じで歯を食いしばって子育てをし、漫画を描いてきた。

その後彼女は普通の婦人用自転車にももちろん乗れるようにはなり、俺と一緒になってからもよく二人で自転車で出かけた。買い物や近くの川原や公園までサイクリングがてらに出るのだが、漕ぎ出しがちょっと不安だったし、スピードが落ちるとハンドルがふらつくことがあって、どうにも危なっかしかった。
病気やら手術やらが色々あって、京都へ越す前の数年はほとんど自転車は利用しなかった。元もとあまり得意じゃなかったのに、さらに体力が落ちたわけで、こちらが「危ないから」と止めたのもある。
京都へ越してきて、病気の方も落ち着き、二人共通の趣味でもある神社仏閣巡りを楽しみ、とてもいい時間を過ごしていた。どこへ行くというわけでもなく、ただ近所の疎水わきを散歩したりするのも楽しかった。そういう中で、自転車があるといいね、という話になって買ったのが折り畳み自転車。
俺の方は自転車大好き男なので京都でも乗っていたわけだけど、彼女の場合は何年ぶりか記憶にないというレベル。なので一度俺がサポートしつつ練習をしてみた…が結局勘は戻らず、とても危なかったので「使用不可」にして、ゆうちゃんに送ったのだった(2007年10月20日)。

まあそんなことを思い出しつつ話していると、ゆうちゃんは「知り合いのママさんでも買いだめとかしてる人がいて、本当に呆れちゃう」と言い、今は車も次にガソリンスタンドへ行く分くらいのガスを残して使っていないそうだ。「自転車頑張って漕いでるよ」と笑うのを聞いていると、あの母にしてこの子だなあ、と思った。
今も毎日のように停電があり、子供たちもいて不安もあるだろうけど、「近所のお年寄りたちが夜回りもしてくれてるから」という。遠くに離れて居ると心配だが、大丈夫と明るく言っていたので少し安心する。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

自転車

車輪小さいんで、めっちゃ漕がないと進まないんですよね。
ゆうちゃんは自転車乗るようになって、自分ちの周りが意外と坂が多いことに気付いたと言ってました。

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

心温まる

こんなところにもやまださんが生きている。心温まるお話、ありがとうございます。
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。